「ファーストレディ」。この言葉がアメリカ大統領夫人を指すことは、多くの人が知っている。
『JFK』(1991年)、『ブッシュ』(2008年)、『リンカーン』(2012年)など、これまで歴代のアメリカ大統領の“真実”に迫る映画は数多く作られてきたが、ではファーストレディを主人公にした作品はどうか。『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(2016年)などごくわずかだ。見方を変えれば、ファーストレディは“語られていない題材”の宝庫なのである。
「ミシェルを演じる前に大きな恐怖を抱えたのは事実」
タイトルもそのものの新作ドラマシリーズ『ファーストレディ』は、3人の大統領夫人に焦点を当てる。ミシェル・オバマ(第44代大統領夫人)、ベティ・フォード(同第38代)、エレノア・ルーズベルト(同第32代)だ。アメリカのファーストレディは世界中でも有名な存在となるが、特に人気が高く、個性が際立つ3人が題材となり、ドラマチックな運命が展開していく。しかも3人の物語が同時に進行し、時代を超えてシンクロする瞬間があったりもする。
多くの人々が知る実在の人物を俳優が演じる際、気になるのはいかに本人に似ているか、という点。ベティ・フォード、エレノア・ルーズベルトに関しては、特に日本では、そのイメージがすぐに脳裏に浮かぶ人は少ないだろう。しかしミシェル・オバマは、誰もが顔を思い浮かべることができるはずだ。
『ファーストレディ』で、そのミシェルを演じたのは、ヴィオラ・デイヴィス。デンゼル・ワシントンと共演した『フェンス』(2016年)でアカデミー賞助演女優賞を受賞。同賞にはそれ以前に2回ノミネートされ、エミー賞やトニー賞の受賞経験もある、超実力派である。そのヴィオラが、驚くほどミシェル・オバマのイメージと一体化しているのだ。実在の人物を名優が演じた過去の例と比べても、激似ぶりが最高レベルなのは間違いない。
ヴィオラ・デイヴィスをもってしてでも、ミシェル・オバマ役のハードルは高かったのではないだろうか。そんな質問をヴィオラにぶつけてみた。
そのとおり。演じる前に大きな恐怖を抱えたのは事実です。たとえば50年前の人物、いや10年前の人物の場合でも、多くの人の記憶が曖昧になっている可能性はあります。でもオバマ夫妻の姿は、誰もがありありと思い浮かべることができるでしょう。しかもミシェルはひじょうに愛された人物ですし、私が政治的な立ち位置を色濃く出して演じたら、反発を受けるリスクもあるかもしれない。しかもルーズベルトやフォードの時代と違って、ネットに多くのニュースが上がっていますから、紛らわしい情報に振り回されるかも……なんて考えてしまい、演じるうえで多くの制限を課されていた気がします。
「実在の人物になりきるためにロボットになったような気分(笑)」
では、遠い過去の人物の方が自由に演じやすいのだろうか? 3人のファーストレディのうち最も古い時代のエレノア・ルーズベルトは1962年に亡くなっているので、リアルタイムで記憶に留めているのは、おそらく70代以上の世代。そんなエレノアを演じたのはジリアン・アンダーソン。『X-ファイル』シリーズ(1993~1994年ほか)のスカリー捜査官でおなじみだが、ドラマシリーズ『ザ・クラウン』(2016~2020年)ではマーガレット・サッチャー役を名演し、実在の人物を演じるコツもつかんでいそう。
遠い過去とはいえ、エレノア・ルーズベルトを演じるうえでどんなアプローチを重視したのか、ジリアンに聞いてみた。
いちばん大切なのは、もちろんリサーチです。ヒントになる素材がたくさんある人物ほど、演技の助けになりますから。今回の場合は、まずエレノアの人生を綿密に調べ、頭に入れました。そうやって、演じる人物の「声」を見つけるわけです。撮影現場に入ってからは、その声を意識しながら、目の前の共演者と話したり、動き回ったりしているうちに、一人の人間が完成していく感覚ですね。最初のうちは、実在の人物になりきるために、自分がロボットになったような気分ですが(笑)、ゆっくりと馴染んでいくものです。
俳優にとって、実在の人物とフィクションの人物では、リサーチなどで役作りが異なるのは、このジリアンの言葉でうなずける。そのあたりをヴィオラ・デイヴィスは、どう考えているのか。
実在の人物の場合、最低限のルールを守る必要があります。たとえばオバマ大統領の就任時に直面した一般的な事実から、ミシェル・オバマが子供たちをどう呼んでいたかなど細部までが重要になります。でもミシェルとバラクの私生活での会話はどうでしょうか。正確なやりとりは当人以外に誰も知りません。そのパートで私たち俳優の創意工夫が試されます。正確な再現をしたうえで、事実の背後をフィクションの表現で埋めていくプロセスでしたね。
「ファーストレディを退いた後の現在も、大きな影響力を持っている」
『ファーストレディ』は主人公3人のそれぞれの時代を行き来しながら描いていくので、当然のごとくヴィオラ、ジリアン、そしてベティ・フォード役ミシェル・ファイファーの共演シーンは存在しない。ジリアン・アンダーソンも「こうして取材を受けることになって初めて顔を合わせた」と笑う。
そして、この「ファーストレディ」が伝えるのは、もしかしたら大統領本人に劣らぬほど彼女たちの功績は大きかったかもしれない、という事実。つまり何かの陰に隠れ、過小評価されやすい立場の人たちに、大きな勇気を与える作品でもある。そのあたりもエレノア・ルーズベルトを演じたジリアンは強く感じているという。
世界恐慌からの回復のために、ルーズベルト大統領がニューディール政策に取り組み始めた時に、エレノアは真剣に貧しい人たちに向き合って夫の背中を押しました。政治に関与する女性が少なかった時代に、彼女は例外的な存在だったと思います。ホワイトハウスで特権的な生活、そして大統領の“妻”という、ある意味で添え物的な立ち位置……。そんな状況に関係なく、エレノアが今も語り継がれる人なのは、当時のファーストレディとしては珍しく、政治意識が高かった女性だったからではないでしょうか。
一方でヴィオラ・デイヴィスは、ルーズベルトの時代と違って、ファーストレディの存在が大きくなったことを、ミシェル・オバマを演じて改めて実感できたという。
はっきり言って、バラク(・オバマ)よりもミシェルの方が世間の人気は高かったと思います(笑)。かつてファーストレディは、夫を支える縁の下の力持ちでしたが、ミシェルは自身の能力でプリンストン大学の法学の学位を取得し、弁護士として働き、非営利団体での実務にも尽力してきました。もちろんバラクの夢や政策をサポートしつつも、ジリアンがエレノアについて話したように、ミシェルは自分の確固たる生き方を見つけたと思います。だからこそ多くの人の支持を集めたうえに、ファーストレディを退いた後の現在も、大きな影響力を持っているのです。
『ファーストレディ』は、フランクリン・ルーズベルト大統領にキーファー・サザーランド、ジェラルド・フォード大統領にアーロン・エッカート、そしてバラク・オバマ大統領にO・T・ファグベンル(『ブラック・ウィドウ』[2020年]「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」[2017年~]など)と、男優たちも好演するが、ベティ・フォードの娘スーザンにエル・ファニング、フランクリン・ルーズベルトの母にエレン・バースティンがキャスティングされ、女優たちの見せ場が強調されている。改めて“縁の下の力持ち”だけではなかった人たちの輝きに、リスペクトを感じ、心が動かされる瞬間が多発するシリーズでもあるのだ。
取材・文:斉藤博昭
『ファーストレディ』は2022年9月23日(金)よりU-NEXTで独占配信
『ファーストレディ』
『ファーストレディ』は、ホワイトハウスを舞台に3人のファーストレディたちの驚きの人生に迫る伝記シリーズです。ホワイトハウスの東棟では、大胆でカリスマ的な魅力を持つファーストレディたちによって、歴史に影響を与え、世界を変える決断がなされていたー。3人の個性豊かな女性たちが、いかにワシントンへと辿りつき、どのような日々を送ったのか。本作では、ミシェル・オバマ、ベティ・フォード、エレノア・ルーズベルトの人生に焦点を当て、彼女たちとその家族のホワイトハウス内外での知られざる人生に迫り、さらにこれまでのアメリカ政治に新たな視点をもたらします。
出演:ヴィオラ・デイヴィス ミシェル・ファイファー ジリアン・アンダーソン
キーファー・サザーランド アーロン・エッカート
ダコタ・ファニング レジーナ・テイラー リリー・レーブ
スタッフ:キャシー・シュルマン スサンネ・ビア ヴィオラ・デイヴィス
ジュリアス・テノン アンドリュー・ワング アーロン・クーリー
パヴリナ・ハトゥピス アリソン・フェルツ ジェフ・ガスピン
制作年: | 2022 |
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