土村芳が語る名作『二十四の瞳』と恩師の思い出
多くの人々を感動させてきた名作『二十四の瞳』が新たにNHK BSでドラマ化され、2022年8月8日より放送される。主演は邦画での活躍が目覚ましい土村芳だ。
土村が演じるのは、今からほぼ100年前に教師として島へ赴任、結婚・出産を経て戦争を体験し、再び学校に戻ってくる大石久子。その間に、担任した1年生の生徒たちは成長し、それぞれ出征したり就職したりと大人になっていく。昭和初期の感覚では“ひと世代”を見守ることになる、そんな難役かつ大役に挑んだ気持ちを聞いた。
「“今この瞬間の想い”を大事にすればいいんだ」
―今回は18年という長い時間の女性の人生にチャレンジなさっていますね。どんなことにとくに気をつかわれましたか。
長いスパンではあるんですが、年をとっていく過程や見た目などは衣装さんやメイクさんに、台詞のスピードや技術的な部分は監督に微調整していただきながら演じました。すごく翻弄される18年間ではあるんですが、久子先生の一本筋が通った感じを大切にしていれば、と思いながら演じました。
―モダンガールとして教壇に立った久子先生と、戦後学校に戻った久子先生は姿勢も声も違っていましたね。
声はやり過ぎてもおかしくなってしまうと思うので、 いいバランスを相談させていただきながら。ちょっと低めに出したり、年をとったら少しゆっくりしたスピード感にしたり、ちょっとしたところではあるんですが、気をつけました。
たくさんの人たちから愛され続けているからこそ今も生きている作品だと思うので、久子先生を演じさせていただく時点で私の中では一大事で、プレッシャーもありつつ目の前のことに集中して……という毎日でした。それでも現場に行くと、子どもたちが「大石先生!」と、いろんな呼び方で駆け寄ってきてくれるんです。子どもたちの存在にすごく救われながらやっていました。本当に毎日、私の中では大変だったんですが、すごく助けてもらいながら撮影していました。
―そのプレッシャーについてですが、これまで『二十四の瞳』は高峰秀子さんや田中裕子さん、黒木瞳さん、松下奈緒さんと錚錚たる俳優さんが演じてこられています。土村さんは、どんな久子を演じたかったですか?
撮影に入る前に、もちろん原作を読んだり、以前の作品を改めて拝見したりしたんですが、やっぱりすごくぐるぐると考えてしまうんですよね。どんな風に演じたらいいだろうとか、私もこんな風にできるかなとか……。でも私の場合、頭で考えすぎてしまうとあまり良い方に働かないんです。なので出口のないところに行きそうになってしまったんですが、撮影に入る前に一番若い世代の子たちと少し上くらいの子たちと、それぞれリハーサルをする時間をいただくことができました。
そこで初めて子どもたちを見たら、もう本当に最初から可愛らしかったんです。みんなすごく私に興味を持ってくれて、たくさん話しかけに来てくれましたし、「私が構える必要はまったくなかったな」と思えたというか。今ここにいる子どもたちとのやり取りや、可愛いなと思う気持ち、「今この瞬間の想い」を大事にすればいいんだ、この感情を信じれば大丈夫だという部分を拠り所にしたというか。(歴代の俳優たちを)真似したいと思っても、絶対にできないですしね。
「共演の皆さんは大先輩ばかりなので胸をお借りする感覚で」
―本当に子どもたちが可愛くて、癒されながら映画を拝見しました。生徒さんたちも成長してきて、高学年から中学生、そして成人になって、注目度が高い若い俳優さんもいっぱい出演されていますよね。子役の方も含めて、若手俳優さんたちとの思い出は何かありますか?
小さな子たちに関しては、これからの可能性が無限に広がっていて、なんだか眩しかったです。一番下の世代の子たちは1月の小豆島で、すごく寒い中での撮影だったので身体的にもすごく大変な撮影だったと思うんですが、誰一人弱音を漏らすこともなく、みんな楽しそうにきゃっきゃしながら現場にいてくれて。最初は「もうやだ、帰りたい」なんてことになると思っていたけれど、そういう子は一人もいなかった。だから元気をもらったり、勉強させてもらった部分もあったし、本当にすごいなあっていう印象でした。
浜辺でみんなで撮影しているときも、色んな子が「貝がらを拾った」とか「綺麗な石を見つけた」と言って見せてくれたり、瞬間瞬間を生きて楽しんでいる。そのおかげで、久子先生としても子どもたちが愛おしく感じられましたし、その想いが久子先生にとってすごく大事な部分だと思ったので、この感覚を信じていこうと思えました。
高学年くらいの子になるとちょっと大人になって、女の子はよりお姉さんらしく話す内容もぐんと変わって、でも男の子たちともすごく仲が良くて、実際に子どもたちが成長した姿のように見えました。それは大人世代(の俳優たち)に関してもそうなんですが、違う人間が演じていても、ひとりの役として私には見えたんです。皆さんそれぞれが持っている力だと思うんですが、大人になって再会したシーンでは小さいころの面影が蘇ったり、すごく感慨深くなりました。
―キャスティングも良いなあと思って観ていました。似た顔立ちの俳優さんたちがちゃんとキャスティングされていて。
そうですね。実際の兄弟の子もいたんです。仁太と琴やんは小さい頃と、ちょっと成長してからをそれぞれ兄弟で演じていて、本当にそっくりだなと。
―素晴らしいキャスティングですね。成人では濱田マリさんや宇野祥平さん、國村隼さんも出演されていますが、共演者の方とは何か思い出はありますか。
皆さん大先輩ばかりなので胸をお借りする感覚で、子どもたちと接しているときと違って甘えさせていただいたというか。 お芝居を通してすごくサポートしていただいた実感もありましたし、宇野さんとは『本気のしるし』(2019年)以来だったので、またお会いできてすごくうれしかったです。
濱田マリさんとは『ライオンのおやつ』(2021年)以来だったんですが、「島女優やね」なんて言われて。ご一緒したときに2回とも(撮影場所が)島で、『ライオンのおやつ』は八丈島でした。國村さんは、昔からたくさん作品を拝見していたのですごく緊張したんですが、とっても優しくて。私は現場を盛り上げたりするのは不得意なほうなんですが、國村さんは現場の空気を和らげてくださったり、すごく支えてくださいました。
―小豆島で1ヶ月ロケをされていたんですか。
小豆島が半分、京都でもう半分と、また別のところでも。
―“うどん”が印象的でした。
ああ、うどん!(笑)。撮影期間中はお店に入る時間がなかなか取れなくて、多分スタッフの皆さんもそうだったんだと思うんですが、小豆島ではうどんを食べられなかったので、小豆島から京都へ向かう途中のフェリーでうどんを食べたんです。それがすごく美味しくて、「うどん食べられて良かった!」って思いました(笑)。
「最近は自分の中で“映画週間”みたいになっています」
―方言のトレーニングなど、苦労なさったことはありませんでしたか?
方言指導の先生も現場に来てくださったので、何回も聴きに行っていました。イントネーションも独特なんです。でも、ずっと現場に(先生が)付き添ってくださったので、テスト撮影が終わるとすぐに行って「大丈夫でしたか?」と細かく確認させてもらっていました。
―久子先生が最初に赴任するのが1928年ということで、ほぼ100年前ですが、ここは現在と共通しているなあと感じるところはありましたか?
先生という立場で子どもたちと接していると、なんだか本当に愛おしくてしょうがなくなってくるんです。そういう先生が生徒を想う気持ち、人が人を想う気持ちとか絆であったり、そういった心のやりとりみたいなものは、時代背景が違えど今も昔も通じるところがあるんじゃないかなと。私にも久子先生のような恩師がいますし、私自身も久子先生として子どもたちから同じように思ってもらえるように……という思いを大事にしてたので、そこは時代と関係なく万国共通なのかなという気はしています。
―その恩師の方のお話をぜひ伺いたいです。
私は地元で子ども劇団に入っていたんですが、そのときの先生です。今の私があるのは当時の、お二人の先生のおかげですね。お一人は女性の先生で、みんなのお母さんのような、久子先生とも少し似ている部分がある方です。もうお一人は演出の先生で本当におっかなかったんですが、怖さの中にも愛情のある方で。子ども劇団の頃なのでずっと連絡をとっていたわけではないんですが、このお仕事を始めてから、子ども劇団でも演じていた「銀河鉄道の夜」を地元で公演する機会があって、そのときにお二人が見に来てくださったんです。すごくびっくりしましたが嬉しかった思い出です。演出の先生はもう亡くなられてしまったんですが、大人になって役者として再会できたこと……あのとき会えてすごく良かったなと思っていますし、そのときの応援してくれた言葉なども今でもずっと心に残っています。撮影現場では、私もそういう存在でありたいなと思いました。
―そのとき、どんな言葉で応援してくださったんですか?
元々消極的な性格だった私の為に、両親が子供劇団に入れたこともあって、昔はお芝居に積極的なほうではなく、いつも怒られていたんです(笑)。本当に怒られて怒られて、もう稽古に行くのも嫌だったくらい。そのことを先生はちゃんと分かっていたんですよね。「銀河鉄道〜」の舞台後ロビーでご挨拶した時、私を励ます為に「そうやってちょっと後ろに下がり気味なところがあるから、東京でこういう仕事をするならもっとガツガツしないとダメだぞ」って、そこでもちょっとお説教されて。「ちゃんとやってんのか?」「ガツガツ行けよ」って、大人になってからも言われてしまいました(笑)。
―その先生に『二十四の瞳』をお見せしたかったですね。
はい。でも、もう一人の女性の先生からは何か作品を見てくださったら連絡をいただいたり、今でもすごく応援してもらえているなと感じます。それと同じくらい、亡くなられた先生からも、どこかでまだ応援してもらえているような気もしますし、ちょっと怒られているような気もしたりとか(笑)、ずっと自分の中に残っていて。そういう存在がいる私は、すごくラッキーなのかもしれないなと思います。
―2021年までは『本気のしるし』など、ふわっとした役柄が多かった印象がありますが、最近は落ち着いた役柄が多いように見えます。
落ち着いてるかな……そうですね、きちんとした人柄の役もあれば、『ゆるキャン△』(2020年)のときのような個性的だけど一応先生のようなキャラクターを演じさせていただけているので……。
―『おいしい給食』シリーズ(2019年)の先生だったり。
確かに、先生役は多いですね。でもそれぞれキャラクターは全然違うので、いろいろな人格の先生をやらせていただけることはすごくありがたいです。
―かと思えば、『スパゲティコード・ラブ』(2021年)では不倫相手に包丁を持ち出してしまう女性なども演じられました。普段のご自身と落差がある役のときは、どのように役作りするのですか?
私自身、作品毎にゼロからのスタートになるんです。毎回そうして役柄と向き合っていくので、自分との落差をあまり考えたことはなくて。『スパゲティコード・ラブ』に関しては、結構な行動には出ちゃうんですが、行動そのものよりも、どれくらい自分が相手を好きなのか、もはや執着なのか、もう分からないところではあるんですが、それが結果的に行動に結びついたことでこうなってしまった、という考え方で演じていたように思います。気持ちからの行動、という。
―確かに、一途な人のダークサイドという感じでした。ところで前回のインタビューの際に、あまり気分転換とかは考えていらっしゃらないという感じだったんですが、最近何かいい気分転換はできましたか?
最近はまた家で映画を観ています。もともとインドア派なので外にはほとんど出かけないんですが、とくに今は自分の中で映画週間みたいになっています。海外作品が多いけれど、とにかくジャンルもバラバラに色んな作品を観ているので、「あ、これ前に観たな」ということもあったり(笑)。最近では『ミナリ』(2020年)がすごく好きな作品の一つでした。
―それこそ『ミナリ』でお祖母ちゃんを演じられたユン・ヨジョンさんのように、長くお仕事ができたらいいですね。
これから年を重ねていって、重ねたからこそできるお仕事が増えていく中で、逆にできなくなっていく仕事もあると思います。今はそこを埋めていくというか、30代なら30代でできることを探していきたいですね。
取材・文:遠藤京子
撮影:川野結李歌
衣装:
トップス:ISSEY MIYAKE (問)03-5454-1706
スカート:SHIROMA (問)03-6411-4779
ピアス / リング2点:共にAURORA GRAN 表参道SHOP (問)03-6432-9761
シューズ:me (問) 0120-183-123
『二十四の瞳』は2022年8月8日(月)よる9時よりNHK BSプレミアム/BS4Kで同時放送
『二十四の瞳』
1954年(昭和29年)に公開された「二十四の瞳」は、壺井栄の原作を監督・木下惠介が映画化した、今も日本映画の歴史に残る不朽の名作です。昭和初期の物語ですが、そこで描かれる戦争・貧困・差別・弾圧などは、決して遠い過去の時代に限った問題ではありません。
主人公・大石久子は島の平凡な教師。12人の新1年生との出会いからの約20年間が描かれます。奉公に出される子、病にたおれる子、戦争から帰らぬ子……自分にはどうすることも出来ないという無力感に苛まれながらも、また久子自身も時代に翻弄されながらも、彼女は子どもたちに向き合い続けます。そこにあるのは、皆に幸せになってほしいという、ささやかな、そして当たり前の願いだけなのです。
「二十四の瞳」を、私たちが次世代に伝えるべき<祈り>の物語としてよみがえらせます。
原作:壺井栄 「二十四の瞳」
脚本・演出:吉田康弘
音楽:富貴晴美
制作統括:原克子(松竹) 樋渡典英(NHKエンタープライズ) 岡本幸江(NHK)
出演:土村芳 中島歩 麻生祐未 國村隼
宇野祥平 濱田マリ 近藤公園 赤間麻里子 水澤紳吾
今井悠貴 川島鈴遥 加藤小夏 仁村紗和 森田想 川添野愛 高瀬あい 草野大成
白鳥玉季 番家天嵩 浅田芭路 志水心音
制作年: | 2022 |
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2022年8月8日(月)よる9時よりNHK BSプレミアム/BS4Kで同時放送