NHK総合で毎週火曜日22時から放送中のドラマ『正直不動産』が、連続再放送されるなど大きな話題を呼んでいる。
今期最注目のドラマ作品であることは間違いない本作、山下智久演じる不動産屋の営業マン・永瀬財地が、なぜか“嘘がつけない”正直者になってしまい、誠実な営業スタイルに転じる様子をコミカルに描く。そんな永瀬の成長に合わせて、毎話を追うごとに、山下の演技が光る。
本稿では「イケメンと映画」についての考察を続ける筆者が、細部に宿る山下の表情に注目しながら、役柄を超えた魅力を語り尽くしてみたい。
“正直な”営業スタイルに転じる緊張と緩和の瞬間
『正直不動産』の永瀬財地役は、山下智久にとっても視聴者にとっても、今期ドラマ最大のあたり役じゃないだろうか?
第1話では、『クロサギ』(2006年)で初共演し、『最高の人生の終り方〜エンディングプランナー〜』(2012年)以来10年ぶりの共演となった山﨑努がゲスト出演し、誰よりも愛情深い目線で、山下の見届人を買って出ていたような印象があった。山下と山﨑のTwitter上での引用リツイートのやり取りを見て、胸熱になった視聴者も多かったはずだ。
今僕が演技の仕事をできているのは努さんのおかげです。こんな事を言って頂けて感無量です。諦めずに挑戦し続けると必ずご褒美にありつけるのだと改めて確信しました。憧れの先輩です。ありがとうございます! https://t.co/tXHeu2fzTf
— 山下智久 TOMOHISA YAMASHITA (@Tomohisanine) April 5, 2022
とにかく嘘八百を並べ立てて、あくどい営業スタイルで登坂不動産の成績トップを誇り、第1話前半まではクールな佇まいを保っていた永瀬だが、ある日、不思議な力が籠った祠を破壊してしまったことから、嘘がつけなくなってしまう。それからというもの、嘘をつこうとした瞬間に、どこからか顔めがけて風が吹き込んできて、態度が一変し本音をぶちまけてしまう。
“ライアー永瀬”の異名を取った彼が、“正直な”営業スタイルに転じる緊張と緩和の瞬間。ここまで見事な演じ分けをする山Pの演技力に、正直どころか、心底切実に感動してしまった。
不思議な力が宿る細部
風が吹き込むその瞬間、コミカルに緩む表情の変化が素晴らしい。緊張から緩和に移行する表情の変化は、その後に永瀬の口から吐かれる「嘘がつけない人間なんです」の決め台詞で、絶妙なタイミングと緩すぎないギリギリの緊張感が保たれながらフィニッシュ。それが毎話を追うごとに、どんどん板についてきて、名人芸となっていく。
決め台詞の場面が、全編の一瞬の輝きであるように、山下はいたるところの細部や節々で、その他にもさりげない表情を光らせている。営業成績が下がったせいで、タワーマンションから侘びしいアパート暮らしになり、部屋着にメガネスタイルでカップ麺をすする時の横顔。あるいは、毎日のようにだる絡みしてくる大河部長(長谷川忍)をやりすごす時の、やや引きつり気味の涼し気な表情……。何気ない場面の細部にこそ煌めきの瞬間が生まれるのは、祠の力によって嘘がつけなくなっただけでなく、山下本人にも不思議な存在感を宿したからだと、筆者は思っている。
それくらい役柄を超えて生々しい演技と存在感が伝わってくる。とにかく全話、全編を通じてあらゆる場面に垣間見える、不思議な力が宿る山Pの細部が、見逃せない!
記憶に残る表情
本作を見ていて、つい「山P」と、昔からの山下の愛称を呼びたくなるのは、小松菜奈と共演した主演映画『近キョリ恋愛』(2014年)の教室の場面で、窓外に視線をすべらせる山Pをカメラの静かなドリー・バックが捉えていた瞬間が、未だに確かな記憶として目に焼き付いているからだ。それだけ山下の表情は、不思議と深く記憶に残る。『正直不動産』は、さらに磨きがかかった山下の表情が箱詰めされた作品なのだけれど、初めて回想場面があった第7話は、決定的な回だったように思う。
永瀬がまだ大学生だった頃、友人の保証人になって家を取られそうになった父親を悪徳不動産屋から救ったのが、登坂不動産の登坂社長(草刈正雄)だった。永瀬がカフェで登坂に頭を下げて、雇ってくれと頼む印象的な場面。後ろ髪が少し長くて、前髪が目に掛かりそうなくらいのヘアースタイルは、『ドラゴン桜』(2005年)の頃を思い出す。これこそ、筆者が記憶する山Pの姿だ。ちょっとした目配せとして、まさか懐かしい姿が見られるなんて夢にも思わず、うるっときてしまった。「在学中に宅建の資格が取れたら雇う」と登坂に言われた永瀬が外へ飛び出す時、爽やかな青春の風が髪の毛を靡かせていた。
こうした細やかな演出が施されている回想場面に対して、現在の永瀬が、マーカーがたくさん引かれた宅建の本を見開く。懐かしむように本を見つめ、過去の記憶を視聴者とともに共有するかのような表情がほんとうに素晴らしい。この瞬間、過去と現在が時空を超える美しさを感じながら、永瀬の表情が心に深く記憶されるワンショットとなった。
過去と現在を行き来する俳優
基本的に回想場面は、現在の時制の進行を止めてしまうものだから、視聴者に負担を強いることになる。にもかかわらず、ここでは山下智久というひとりの俳優の記憶が過去と現在を結び付け、溶け合うようなかけがえのない時間が流れている。本作の感動は、山下の現在の魅力を引き出すダイナミックな演出が、山Pの記憶そのものを全編を通じて浮き上がらせようとする試みにあるんだと思う。
第7話の「過去の自分と今の自分」というタイトルが意味深く感じる。永瀬は、過去の営業でついた嘘にしっぺ返しをくらって、今、そのつけを精算するのに苦労している。催促をしに来たお客さんから逃げることはせず、「自分がやった過去は変えられない。だったら、今できることを正直に誠意を持って伝える」と、今度は嘘なく正直に向き合う意志を見せる彼の台詞が響く。
大型案件だと思って飛びついて、危なく地面師詐欺に引っ掛ける寸前だった第8話では、土地の売買契約の大事な商談の場でまたしても“正直営業”してしまい、怒らせた相手に謝罪に行く場面が面白い。渋る永瀬を無理矢理にでも引っ張っていこうとする後輩の月下(福原遥)と大河部長。部長が「立つんだ!」と声をかければ、山下が主演した『あしたのジョー』(2011年)で何度も敵に向かって立ち上がってみせるリング上の矢吹仗の姿が、なんとなく頭をよぎったりもする。つまり山下智久は、過去と現在を行き来する俳優なのだ。
天使の微笑み!?
過去と現在の時間を超えるような山下のダイナミックな演技を見ていると、今度はいよいよ山下の存在自体が、現実を超越しているような錯覚を覚える。すると、毎話のクライマックスに置かれる決め台詞の場面では、正直に話す永瀬の肌艶が、嘘かと思うくらい美しいことに気がつく。くすみなんてどこにも見当たらない。瑞々しい表面を滑走するように、本音が口をついて出てくる。この不思議な自然さは、なぜここまで心地よさを感じさせるのだろう?
「不動産屋は、ただの仲介業者ではない」という永瀬の台詞に秘密が隠されている。人と人を媒介し、その人の幸せを繋ぐ。永瀬は、人々に幸せを与えるためにある日、この地上世界に舞い降りた天使だ、と言っては大げさかもしれない。けれど、永瀬が決め台詞を言い放つ瞬間には、いつも紛れもない後光が差している。後光が差す不動産屋の営業なんて、一体どこにいるのか。ひとりの天使が今、永瀬(=山下)の身体に憑依して、世界を変えてしまいそうな力を与えた。それが祠の力なのかもしれない。
地面師詐欺を切り抜けた永瀬が、オフィスでウイスキーを呑みながら、若い頃の写真を見つめる登坂に、なぜ自分のことを信じたのか聞く場面がある。裏切られたらそれは自分の責任。ただそれだけのこと。登坂がそう言い放った瞬間、全話を通じて最もソフトで情感のある風が永瀬の顔に吹き付ける。決め台詞の場面(初のナイトシーン!)では、間接照明が、山下の表情をさらに柔らかく縁取る。さらに第9話、ライバルのミネルヴァ不動産との戦いに負けた月下に対して、決め台詞を投げかけ、温かみがある表情で見つめるその表情は、まさに天使の微笑みだと思った。
文:加賀谷健
『正直不動産』最終話はNHK総合で2022年6月7日(火)午後10時から放送
『正直不動産』
登坂不動産の営業マン・永瀬財地は、“嘘もいとわない”セールストークで成績No.1を維持し続ける、やり手の営業マン。ある日、アパートの建設予定地にあったほこらを壊したことから、たたりで嘘がつけない体になってしまう……。言わなくてもいいことまでペラペラとしゃべる永瀬に、当然お客は激怒。契約寸前の案件まで次々と台なしに――。果たして、正直すぎる不動産屋となった永瀬は生き残れるのか!?家を売る人、そして求める人の痛快な人間ドラマが、今始まる!
原作:大谷アキラ(漫画) 夏原武(原案) 水野光博(脚本)
脚本:根本ノンジ
出演:山下智久
福原遥 市原隼人
草刈正雄 大地真央 高橋克典
倉科カナ 長谷川忍(シソンヌ) 泉里香
伊藤あさひ 財津優太郎 牧野莉佳
泉ノ波あみ 五島百花 湯江タケユキ 伊藤麻実子
最終話はNHK総合で2022年6月7日(火)午後10時から放送