「この人たちがいないと、一人じゃできなかった」
Netflixオリジナルドキュメンタリーシリーズ『ARASHI’s Diary -Voyage- 』の演出を手掛けるのは、原田陽介監督。開高健、山口瞳らが設立した広告会社の演出家としてキャリアを始め、「キッコーマン うちのごはん」「KIRIN 一番搾り」「JINS」など嵐のメンバーとも長い付き合いとなる。いずれにしても、信頼関係がなければ撮れない映像。第4話「ずっと 5人で」では、「5×20」のライブが描かれる。カメラは、俯瞰、寄り、移動と、ライブ映像を撮るものと別に、原田監督自身が撮影するものがあるのではないだろうか。
「20の数字より横の5が変わらない。数字の意味が変わらず、ここまでこれたことが財産。ファンの皆さんのおかげです」と挨拶する櫻井の言葉に続いて、歌唱される「5×20」の途中、カメラがほんの少し揺れる。「5×20」はラップのリリックを櫻井が、そして二宮がメンバーの言葉を集めて詞に落とし込んだ。「嵐が歌うと、すべてがポジティブに聞こえる力強さ」と二宮が言うこの詞が、ライブ再開初日の気持ちに共鳴し、原田監督のカメラを揺さぶった、のではないか。
第7話「AIBA’s Diary」で、相葉は「自分は周りに恵まれている」という。だが、それ以上に自身が良い空気を醸成していることに気づいていない。7話で相葉とカラオケを楽しむ友人たちの顔は、彼と一緒に過ごす時間でどんどんエイジングされていく。第8話「SHO’s Diary」の櫻井もそうだ。社会人になるとき、そして社会人になって苦戦する同級生に向けて曲を作って贈ったというエピソードが、学生時代の友人から明かされる。「この曲にどんなに助けられたか」と。嵐のメンバーは、気づかずして周囲を豊かにしている。
第10話「世界中に嵐を」では、世界へ向けて発信していく際にコラボするアーティストをロサンゼルスに訪ねた松本が、「ふつうに来たら絶対、会えないからね」と嬉しそうに言う。だが先方の顔にも「あなたに会ってみたかった」と書いてある。受け取る一方でも彼らは許される存在である。だが彼らには、物事を一方通行で終わらせるつもりはない。嵐のメンバーは“してもらう”ことを当然とせず、自身も相手に“もたらしたい”と思い、そうすることで自分たちが、社会が動いていることを自覚しているのだと思う。
松本が、音楽プロデューサーであるアンドレアス・カールソンとエリック・リドボンを訪ねると、思いがけなく、すでにいくつかの曲が用意されていた。コード進行や音楽性などJ-POPの要素、特にこれまでの嵐の楽曲を調べた上で作ったとエリックは言う。その「Turning Up」の原曲のイントロダクションが流れると、メロディに胸が高鳴るのを感じた。松本も同じように感じているのが分かる。映像上ではあるが、ファンは松本と“同時体験”するのだ。
「Turning Up」のミュージックビデオは、国家歴史登録財であるロサンゼルスの「ザ・フォーラム」を核に撮影された。ローリング・ストーンズ、ステッペンウルフ、レッド・ツェッペリン、ジャクソン5、エルヴィス・プレスリー、ザ・ビートルズ、イーグルス、ビージーズ、アイアン・メイデン、マイケル・ジャクソン、プリンス、美空ひばりなどがコンサートを行ってきた音楽の聖地だ。第11話「Tuning Up」では、そんなロサンゼルスでの撮影の模様が描かれる。「あの空気感。デビュー当時の感じにもどった」と大野が言えば、二宮は「この人たちがいないと、一人じゃできなかった」という。
5大ドーム50公演! 20年間支えてくれたファンに直接、感謝を伝えたい
嵐が、デジタル配信、およびSNSを解禁したのは2019年11月3日。19時半にサプライズでインスタライブを開始するや、あっという間に視聴数は100万人を超えた。21時には「Turning Up」を公式YouTubeチャンネルでプレミア公開。第12話「デジタルの世界へ」では、デジタルメディアを使って、嵐が一足飛びに世界へと発信していく様が描かれる。現在、Twitterのフォロワーは243.8万人、Instagramは427.1万人を記録する(2020年11月11日時点)。
デジタルメディアを解禁したきっかけは、YouTube本社を訪ねた際、すぐさま全SNSを開始すべきだとCEOに勧められたからだろうが、松本は「CDがなくなったときに、自分たちの音楽がなかったことにされるのが悔しい」という。
第13話「2019年11月」では、そんな嵐がいかにワーカホリックな集団であるかが描かれる。同年11月5日、英会話を習いに行く松本。松本にとって英語は、新たにチャレンジしたいことのためのツールだった。10月31日に東京ドームでのライブが終わり、11月14日に札幌ドームでも開催される。約半月の間に、9日、天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典で奉祝曲を披露。9日23時30分に東京を発ち、11日15時まで、約39時間でジャカルタ、シンガポール、バンコク、台湾のアジア4都市を回るジェットストーム。「いつまでが今日で、いつまでが昨日かわからない」というヘロヘロな櫻井が、行った先で待ち受けるファンの「11年、待っていました!」のバナーで気力をみなぎらせる。
「Turning Up」のプロデューサーは言う。「彼らは異常なほど忙しいスケジュールで、かつ大きなプレッシャーのある中、見事なパフォーマンスを見せた」と。櫻井も「あんなに忙しいことはなかった。でもまだまだこっちには手玉がある」という。どこまでワーカホリックな集団なんだ。
ワーカホリックと言えば、「5×20」のツアーだ。約237万5000人動員できる5大ドームの50公演は、ひとり1回ライブに当選する計算を元に行った。20年間支えてくれたファンの人たちに直接、感謝の気持ちを伝えたい。だから「セットリストを変えない」のだと松本は言うが、単純に毎週1回、5万人弱を迎えるコンサートを開催する計算。脳と胸が破裂しそうだ。
「俺のことをリーダーって言ってくれるけど、(櫻井は)おにいちゃんなのよ」
第14話「5×20 Tour Final」では、そんなツアー最終日の模様が描かれる。「どんな関係性になっても、どんな状態になっていてもやる。ファンのために」と。音楽が始まると、会場に「うぉぉ」とも「きゃぁ」ともつかないファンの歓声があがる。二宮はこれを、「休止したら聞けない声援」だという。「世界中に嵐を巻き起こす。これ、いまから本気でやりたいと思っています。皆さんそれぞれの力を僕らに貸してください。そして同じ景色を一緒に観ましょう」という松本の挨拶の後、“終わったはずの夢がまだ 僕らの背中に迫る”と「PIKANCHI DOUBLE」の歌詞が流れる。
第16話「OHNO’s Diary」で大野は、嵐の結成当時の気持ちをこう語っている。「ジャニーさんに“高校辞めた”と言ったら、京都に新しい劇場できるから行くかと言われ、約2年。完全燃焼したんだよね」。表情が一瞬、輝く。だが次の瞬間、また元に戻り、「そのとき、もうやめようと思ってたんだよ。もういいやと。そこがゴールだと思っていたし、踊りも極まったし、その先のビジョンは見えていなかった」。でも、家に帰って、「なんかデビューらしいんだよね」と伝えると、母親が号泣したのだという。「勉強も嫌いだし、何もないけど、京都に行ったり、あなたが頑張っていたから、なんとかならないかなと思っていた」と。そのとき「あ、これが就職だ」と受け入れたという。
18歳の就職が、現在の“未来”を予想したものでないことは誰もが分かる。アイドルの在り方も、芸能界も、1999年当時は現在と大きく異なっていた。20年も第一線を走り続けるアイドルが誕生するとは誰も思っていない。だからこそ、彼の負担は誰も想像し得ないくらい大きくなっていったのだろう。
「ジャニーさんがグループを組んでくれた以上、それを無責任に1人でパッとやめるわけにはいかない。そこの責任、4人を背負っている責任。5人でグループやっているから」という大野に、原田監督は第7話「AIBA’s Diary」で、「リーダーはグループを一番に考えているから、一番自分を捨てなきゃならなかった。そこを守るためにすべてを捧げる人だから。それを20年やってくれた」と相葉が語る映像を見せる。大野は、「ずっと嵐のことしか祈ってないの、俺。相葉ちゃんがそう言うのであれば、祈ってきてよかったなと(笑)」と笑う。
16話の後半で大野は、アトリエを訪ねてきた櫻井に本音を漏らす。「俺のことをリーダーって言ってくれるけど、(櫻井は)おにいちゃんなのよ」「どうせ一回散るなら、気持ちよく散りたい」「翔ちゃんと話してよかった。メンバー4人はやばいね」と。
嵐の生み出す幸福感は、彼らが受け取ったものを“感謝”で返そうとすることで生まれる
そして第17話「アラフェス 2020に向かう」。「この5人っていいなぁと思う。奇跡の5人」と「IN THE SUMMER」のMV撮影を行った与論島の夜、バーベキューの火を見つめながら大野は言う。7月4日、東京に戻ったその足で、ワーカホリックな5人はスタジオに直行。ブルーノ・マーズが手掛けた「Whenever You Call」を聴く。詞の世界観が今の自分たちにマッチしていることに胸を熱くする。
<アラフェス 2020>が、無観客でリアル配信でなくなって唯一よかったのは「皆が同じ環境でライブが見られるということ」。無観客、または中止と選択肢があった中、櫻井が「やりたい」と強く言ったことで実行へと移り、「今だから表現できることは何か。それをどう届けるか。5人で」をデジタルというツールを駆使して見せてくれた。
2部構成で行われたライブ。1部の前には、かつて嵐の冠バラエティ番組で行っていたゲームや、大野智が得意とするカレーを全員で作る様子、ニューアルバム「This is 嵐」のセルフライナーノーツというコンテンツが配信された。幕間には1部を見ていたメンバーの感想、2部終了後も打ち上げのように5人が乾杯する様が映し出され、多くのファンが嵐と共にリアルタイムでライブを楽しみ、乾杯のグラスを交わす体験をした。こんな時代が来るとは誰が想像しただろう。
嵐の言う「自分たちにできること」は、いわゆる消費活動――テレビ番組に出演する、ライブを行う、CDやサブスク・ライブで楽曲を売るといったビジネス――を、一歩踏み越えたところにある。“互酬的”というか、“道徳的”というか、受け取ったファンからの声援を、彼らは有形無形に心情でも返そうとする。コロナ禍でのコンテンツの配信はもちろん、バラエティ番組で身を挺して笑いを取ろうとするのも、その一種だと私は思う。
私たちの行いは、それが良いことであっても、悪いことであっても、必ず自他に影響を及ぼす。狙いすましたところだけで収まることはないのだ。それが良い循環になれば幸福感が、負の循環になれば厭世観が、社会に広がっていく。嵐の生み出す幸福感は、彼らが人として判断し、受け取ったものを“感謝”で返そうとすることで生まれる。それは“ファンに向けて”の行為なのかもしれないが、その幸福感は漏れ、拡大してファン以外をも巻き込むし、幸福感が循環する限りファンは彼らを応援し続けたくなる。
『ARASHI’s Diary -Voyage-』は、そんな幸福の循環を目撃させてくれる。
文:関口裕子
Netflixオリジナルドキュメンタリーシリーズ『ARASHI’s Diary -Voyage- 』はNetflixで独占配信中
『ARASHI's Diary -Voyage- 』
デビューから20年、国民的アイドルへと成長した嵐。新たな門出を迎え、さらなるチャレンジに取り組む5人の素顔に迫り、その魅力を世界に届ける。
制作年: | 2019 |
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出演: |