アメコミを「ウォッチメン」以前「ウォッチメン」以降で変えしまった名作
1980年代半ばに刊行され、アメコミ界に衝撃をもたらした「ウォッチメン」を実写ドラマシリーズ化した『ウォッチメン』(HBO製作)が現在、Amazon Prime Video/スターチャンネルで配信/放送中だ。それまで盲目的に受け入れられていたスーパーヒーローの“概念”を覆したこの伝説的コミックは、2009年にザック・スナイダー監督によって映画化され、今回が2度目の映像化となる。
アメコミ映画全盛のいま、避けては通れない“現実世界におけるスーパーヒーローの存在”について改めて考えるのに、『ウォッチメン』は最適の参考書と言えるだろう。ということで、ドラマ『ウォッチメン』を観る前におさえておくべき原作コミック~映画版について、超! ざっくり解説させていただきたい。なお実際に「ウォッチメン」を読む/観ていただく前提で、あらすじの詳細やネタバレには触れないのでご安心を。
アメコミ好きでなくとも読んでくべき! まずは原作コミックをざっくり解説
アラン・ムーア原作、デイヴ・ギボンズ作画によるコミック(グラフィックノベル)「ウォッチメン」は1986~1987年に刊行されるや大反響を呼び、コミックの殿堂・アイズナー賞や、コミックでありながらSF文学賞の最高峰ヒューゴー賞などを獲得。時代を反映(当時は米ソ冷戦の末期)したリアルでダークな物語は、それ以前の無邪気でシンプルなスーパーヒーロー像を根本から覆し、「いったいスーパーヒーローとはなんぞや?」という深遠な問いを投げかけた。
原作コミックには複数のスーパーヒーロー(を自称しビジランテ活動を行う人々)が登場するが、政府の汚れ仕事を請け負っていた武闘派のヒーロー“コメディアン”が、何者かによって殺害されるところから物語が始まる。その事件を単独調査する“ロールシャッハ”は、政府管理下以外のヒーロー行為を禁止する<キーン条例>に反して自警活動を行っている覆面男(その名の通り模様が不規則に変化する不思議なマスクをかぶっている)で、彼の独白とともに物語が進んでいく構成だ。
ロールシャッハと並ぶ重要なキャラクターが、人類の中でもっとも高度な頭脳と身体能力を持つチートなヒーロー“オジマンディアス”と、核実験中の事故によって人知を超える超能力者となった“Dr.マンハッタン”。前者は大企業を経営する億万長者で、後者は本作で唯一の特殊能力者(超スーパーマン級)だ。
その他、ロールシャッハの元相棒“ナイトオウル”と、Dr.マンハッタンと恋仲になる女性ヒーロー“シルク・スペクター”が主な登場人物となる。
本作はいわゆる歴史改変モノで、スーパーヒーローの参戦によってベトナム戦争に勝利しニクソン大統領が続投したアメリカが物語の舞台。ある陰謀により、アメリカがDr.マンハッタンを失ったことから再び米ソの関係が悪化し、核戦争勃発待ったなしの状況に陥る。そんなゴタゴタの陰で、ある恐ろしい計画が進んでいることを確信したロールシャッハとナイトオウルだったが、すでに想像を遥かに超える恐ろしい結末に向かって舵が切られていた……。
賛否両論! 大胆な改変でエンタメ性を追求した映画版『ウォッチメン』
実写化不可能と言われていたコミックを見事なエンタメ映画に仕上げたのは、『300 <スリーハンドレッド>』(2007年)や『ジャスティス・リーグ』(2017年)で知られるザック・スナイダー監督。ガチのアメコミ好きでもあるスナイダー監督は、コミックの考え抜かれた美しい構図を損なうことなく映像に落とし込み、ダイナミックなアクションシーンと容赦ないバイオレンス描写を盛り込むことで、コミックファンと一般の映画ファンの双方を納得させるような映画化を試みた。
ただし物語のハイライトとなる重要なシーンだけは、コミックならではの描写だったからか、もしくは予算的に実現不可能だったのか、少々地味な展開に置き換えられている。それでもスナイダー監督らしいダークな演出や、コミック版をビルドアップした衣装~小道具などはコミックファンも納得のクオリティ。なにより、あの傑作を実写化されたこと自体が奇跡なのであって、個性的すぎるキャラクターを違和感なく実写化させてみせた本作がなければ、ドラマ版のハードルはさらに上がっていたはずだ。コミックありきにはなるがドラマ版の設定も受け入れやすくなるので、ぜひ鑑賞していただきたい(ブラブラと揺れるDr.マンハッタンのチ○コは必見)。
『ゲーム・オブ・スローンズ』のHBO製作による待望のドラマ版『ウォッチメン』
不満も残った映画版に対し、ドラマ版はコミックをベースに“その34年後”を全9エピソードにわたってじっくりと描く、続編的な内容(※アラン・ムーアは映像化作品に関与していない)。史実を絡めている点はコミックから引き継いでいるものの、米史上もっとも悲劇的な人種間虐殺といわれるタルサ暴動(1921年)を世界設定における重要な出来事に据えていて、そもそもリアルなスーパーヒーロー作品だった「ウォッチメン」を、さらに現実の諸問題とリンクさせようと試みている。
そんなドラマ版の主人公は、レジーナ・キング演じるフード姿の刑事“シスター・ナイト”ことアンジェラ・エイバー。彼女のほか、ルッキングラスやレッドスケアなど何人かの刑事が覆面姿で勤務している。ヒーローと呼ぶには雑なコスチュームだが、素性を隠すついでにヒーロー名を名乗っているようなスタンスなのだろう。
また、制服警官たちも黄色い覆面で顔を隠しているが、これはKKK的な白人至上主義団体<第7機兵隊>による警察官虐殺事件によって激減した人員を確保するための苦肉の策。
そして、その第7機兵隊のメンバーが被っている覆面は、かつての非合法ヒーロー、ロールシャッハのそれを模したものだ。
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エピソード1である重要人物が惨殺されたことから、シスター・ナイトほか刑事たちが捜査に当たるが、それを取り巻く政治家や事業家などの思惑が徐々に明らかになっていく……というのが基本的な流れ。同時にシスター・ナイト(アンジェラ)の過去や、いくつもの謎がゆっくりと重なり合い、やがて陰謀の核心に迫っていく。コミックの展開を知らないと「???」な描写も多々あるので、映画版はともかくコミックは読んでおく必要があるだろう。
そのコミックからは、二代目シルク・スペクターことローリー・ブレイクと、オジマンディアスことエイドリアン・ヴェイト、そしてDr.マンハッタンが登場する。
シルクスペクターはFBI捜査官となり、オジマンディアスは隠遁している様子だが完全にマッドサイエンティスト化していて、Dr.マンハッタンは火星に引きこもっている模様。彼はフルチン云々でいまだにいイジられているようなのだが、そのネタ関連の衝撃(笑撃)的な小道具もドドンと出てきたりして、唐突に爆笑させられるので油断ならない。
世界設定としては、テクノロジー自体は現実と同じかそれ以上に進んでいるものの通信技術に関してはインターネット(の概念自体?)などが存在せず、テレビや新聞が情報メディアとして機能している模様。また、ニクソン政権を継いだのは俳優のロバート・レッドフォードであり、レーガン大統領が誕生しなかった歴史改変世界ならではの大胆な設定にニヤリとさせられる。レッドフォードが本人役で出演する……かどうかは見てのお楽しみ。
ザ・テンプテーションズなどのクラシカルなナンバーから、トレント・レズナー&アッティカス・ロスによるインダストリアルなスコアに繋いだりと、不穏な空気の醸成に一役買っている劇中音楽も◎。トレントたちが手掛けた近年の作品の中ではダントツにNINみが強いので、オリジナル・スコアの方も要チェックだ。
なんだかまとまりのない紹介になってしまったが、少しでも内容が気になったら、まずはとにかくコミック「ウォッチメン」(翻訳版:小学館集英社プロダクション刊)を読んでみてほしい。いわゆるアメコミの“キッズ向けマンガ”的なイメージをひっくり返してくれること請け合いだ。ひとまずシーズン1で完結する(説明されていない謎シーンもあるので終わってもらっては困るのだが)ドラマ『ウォッチメン』を観るのは、それからでも遅くない。
『ウォッチメン』はAmazon Prime Videoチャンネル<スターチャンネルEX>で配信中、2020年6月3日(水)よりブルーレイ/DVDリリース
https://www.youtube.com/watch?v=17Se06_r8DU&feature=emb_title
『ウォッチメン』
パラレルワールドのアメリカでは、テロ組織から身を守るために警官がマスクで身元を隠している。タルサ警察のアンジェラ・エイバーは、友人であり警察長官のジャッド・クロフォードの指導の下、銃撃戦で病院送りとなった同僚の殺人未遂事件を捜査する。彼女はルッキングラスと共にアジトが牧場であることを突き止めた。 一方、かつてヒーローだった実業家のエイドリアン・ヴェイトは忠実な使用人と共に「記念日」を祝っていた。
制作年: | 2019 |
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出演: |