『パラサイト』4冠やNetflix作品の受賞などサプライズ満載だった第92回アカデミー賞
2020年2月、第92回アカデミー賞の結果に驚いた。韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞を受賞した。もちろんアジア映画初だ。そして、Netflixオリジナル作品が2つ(『マリッジ・ストーリー』『アイリッシュマン』)も作品賞にノミネートされた。これは映画界の新しい秩序の始まりなのだろうか。ニュー・ワールド・オーダー(NWO)ならぬ、ニュー・ムービーズ・オーダー(NMO)を暗示しているのだろうか。
『マリッジ・ストーリー』を昨年末に見た時は、素晴らしい作品だとは思ったが、まさかアカデミー賞にノミネートされるとは思わなかった。この作品は『ジョーカー』のようにテレビCMを流した訳ではない。この作品の認知はどれくらいあるのだろう。多分、日本では「知る人ぞ知る」作品と言ってよいのではないだろうか。そういう作品がノミネートされる時代なのだ。
私が『マレッジ・ストーリー』を見るきっかけとなったのは、アダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンソンが出演しているからだった。アダム・ドライバーは『マリッジ・ストーリー』と同じくノア・バームバックが監督した『ヤング・アダルト・ニューヨーク』(2014年)の、スケコマシの青年役が非常に印象的で気になっていた。超イケメンではないが、妙に色気があり、それでいて知的で「アイビーリーグに通うボビー・ギレスピー」、そんなふうに思った。
スカーレット・ヨハンソンは、やはりSF映画よりも、このようなおしゃれでウィットに富む現代劇の方が似合う。同じくトランジスタ・グラマーなセックスシンボル、ハル・ベリーはSF映画と非常に親和性が高い。この個性の違いはどこにあるのだろうと考えたりする。
『マリッジ・ストーリー』で注目しておきたいもう一人の女優、メリット・ウェヴァーってどんな人?
『マリッジ・ストーリー』には、私にとって非常にうれしい、予期せぬキャスティングがあった。「ゾーイだ!」――鑑賞中、私は心の中で声を上げた。「ゾーイ」とは、アメリカの連続ドラマ『ナース・ジャッキー』(2009~2015年)における、女優メリット・ウェヴァーの役名だ。隆盛を極めるアメリカの連続ドラマ――『ウォーキング・デッド』(2010年~)『ブレイキング・バッド』(2008~2013年)『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(2016年~)などなど私も多くのアメリカの連続ドラマにハマったが、1番好きな作品はこの『ナース・ジャッキー』だ。
『ナース・ジャッキー』は、NYマンハッタンの病院を舞台にしたコメディ。全7シーズン80話をもって作品は完結している。1話完結の物語だが、エピソードが繋がっていく連作短編である。主人公のジャッキー(イーディ・ファルコ)は2人の子供と夫がありながらドラック中毒であり、同僚と不倫関係を続けている。ジャッキーが依存しているドラッグは、プリンスやトム・ペティの命を奪ったことで知られる処方箋薬、いわゆる合成ヘロイン(※オピオイド系鎮痛薬)だ。痛み止めとして処方され、その乱用がアメリカの社会問題となっている。ジャッキーはナースの立場を利用して、薬を病院からくすねている。総シリーズの放送局である<ショウタイム>は、このドラマを「黒魔術、悲痛とおもしろさでいっぱい」と評している。過激で悲惨さを含む内容でありながら暗さは微塵もなく、声をあげて笑える。
From kitty cat scrubs to head nurse. Work it, Zoey. #TBT #NurseJackie pic.twitter.com/nTjPtyaMTT
— Nurse Jackie (@NurseJackie) July 9, 2015
明るさとお茶目さで番組に笑いをもたらしているのがメリット・ウェヴァー演ずる、ジャッキーの同僚看護師ゾーイだ。メリットは決して美人タイプではないし、女優としてはかなり体格も良い。ゾーイ役の時は『マリッジ・ストーリー』出演時よりも、さらに大きかった。しかし、その方が彼女のキャラクターに合っている。番組を見進めていくうちに、彼女のコミカルな可愛さにすっかり夢中になってしまい、ゾーイを見るとき、私の目はいつの間にかハート型になっていた。
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メリットは2013年の第65回エミー賞(コメディ部門)助演女優賞を受賞した際、授賞式の壇上でトロフィーを受け取った後に「本当にありがとう。行かなきゃ、バーイ」と言っただけで舞台の袖に引っ込み、会場の笑いを誘った。その時は頭が真っ白になってしまい、後でお礼を言わなければいけない人がたくさんいることに気がつき、後悔したそうだ。まったくのゾーイではないか! 可愛いすぎる!
Netflixの社会派サスペンス『アンビリーバブル たった1つの真実』で新たな魅力を披露!
そんなメリット・ウェーバーが出演するNetflixのリミテッドシリーズ『アンビリーバブル たった1つの真実』(2019年)が、『マリッジ・ストーリー』とほぼ同時期に配信された。アメリカで実際に起こったレイプ事件を基にした社会派サスペンスだ。
少女マリー(ケイトリン・デヴァー)がレイプ被害に遭う。警察は事情聴取を進めるうちに、彼女が嘘の供述をしていると判断し、マリーもそれを認めてしまう。しかしその後、酷似した手口のレイプ事件が連続して発生。その捜査に乗り出す女刑事を、メリット・ウェヴァーとトニ・コレットが演ずる。果たしてマリーの供述は嘘だったのか?
このドラマは沈鬱だ。重苦しい雰囲気が、全8話を通して通奏低音として流れ続ける。物語は淡々と語られる。それは真実を語るドキュメンタリータッチであり、社会派サスペンスの演出として正しく、作品に緊張感をもたらしている。役者の演技も抑え気味だ。メリット・ウェヴァーもゾーイ役の時とはうってかわり、常に眉間にしわを寄せ、ぼそぼそとしかしゃべらない。それが彼女の元来の知的さを際立たせ、新たな魅力を引き出している。
重苦しい淡々とした演出は、ラストシーンの開放感に繋がる。マリーのセリフひとつひとつの健気さと強さが、私の心に響いた。熱い涙が出た。マリーは新しい生活を始めるために街を出る。手に入れたベージュのジープ・ラングラーを運転して。ツードアタイプのラングラーは彼女に似合っていて、めちゃくちゃかっこいい。自由を謳歌するにはぴったりの車だ。
知的でかっこいいメリット・ウェヴァーも非常に良かった。しかしやはり、お茶目でドジなメリットがまた見たい。ただ『アンビリーバブル~』で、腕を組み上目遣いで人を見るゾーイ得意のポーズが、役作りではなく彼女自身の癖であることが確認できて嬉しかった。
文:椎名基樹
『アンビリーバブル たった1つの真実』『マリッジ・ストーリー』はNetflixで独占配信中
アンビリーバブル たった1つの真実
若い女性によるレイプ被害の訴えを作り話として片付ける警察。だが数年後、酷似した手口の事件が続き、2人の女刑事が捜査に乗り出す。実話に着想を得たシリーズ。
制作年: | 2019 |
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監督: | |
出演: |