インドのTVドラマが日本で配信されるのは珍しい。しかも『ポロス ~古代インド英雄伝~』(2017年~)は、インドの王ポロスとギリシアのアレクサンドロス大王との戦いがクライマックスになるという、紀元前350年が舞台の超大河ドラマ。5シーズンで全299話、製作費も81億円という桁外れの大作だ。
Huluでの配信は2019年9月2日(月)からすでにスタートしており、毎週月~金曜日の12:00に新エピソード2話分が日々追加されている。そんな本作の字幕翻訳の中心になっているのが、昨年『バーフバリ』シリーズの字幕で映画ファンをうならせた藤井美佳さん。『ポロス』で長丁場に取り組んでいる藤井さんに話を聞いた。
多くの魅力的な登場人物たちに、どんな日本語を喋らせるか?
―本作は映像をちょっと見ただけでもお金がかかっていることがわかりますが、藤井さんがご覧になって驚かれた点や、注目された点があれば教えて下さい。
藤井:私もまだ全話は見ていなくて、3分の1を過ぎたところぐらいまでしかわかっていないのですが、“アレクサンドロス大王と主人公のポロスが同じ誕生日だった”、という言説があるらしいんです。インドでポロスが生まれ、一方ギリシアでアレクサンドロス3世が母オリュンピアスから生まれた日に、世界でビビビ……と何かが起こって、そのため二人とも、危機的な誕生秘話がまず描かれるんですけれども、その辺がドラマチックで面白いなと思いました。ポロスは王国同士の戦いに巻き込まれた結果、生まれてすぐ川に流されてしまい、その後助け上げられて、“ダスユ(Dasyu)”と呼ばれる盗賊集団の中で育ちます。このダスユに関しては、実際にダスユ族というのがいたのかどうかはわかりませんが、ファンタジーとしてすごく膨らませて描いてあるんですね。そこで育って、王国に戻ってくるまでの間に母と再会して……といった風に、すべてがドラマチックで、これまで聞いたことがない物語になっています。歴史的にはっきりしないところを物語で膨らませてある感じで、その辺りがとても面白いなと思いました。
―最初はポロスが生まれる以前のお話ですが、ポロスの父となるパウラヴァ国のバムニ王、母となるタクシラ国のアヌスヤ王女や、その兄アンビ王など、魅力的な登場人物がいっぱい出てきます。これらの人々にどんな日本語を語らせるのか、ご苦心があったのでは、と思いますが。
藤井:以前『バーフバリ』を翻訳させてもらった時に、ちょっと古めかしい感じの言葉で翻訳したことがあるのですが、実は『バーフバリ』のヒンディー語版は結構現代風のセリフをしゃべっていました。でも『ポロス』では、意図的に、とても古めかしい言葉をしゃべっています。まあ、視聴者が本当にわからないほど難しい言葉ではないのですが、日本で言うと時代劇のような感じの言葉なんですね。それで、ちょっと古くさい感じの日本語にしました。このドラマでは、ギリシアのシーンでもヒンディー語をしゃべっている訳ですが(笑)、ペルシア人が話すヒンディー語のセリフと、ちょっと変えてあったりします。ペルシア人のセリフは、ペルシア語、アラビア語が語源の単語がたくさん入っている、ウルドゥ語と言った方がいい言葉です。それに対し、ギリシアの人たちの言葉は、ヒンディー語でもウルドゥ語でもない単語が入っていたりします。日本語で訳し分けるのは難しいのですが、実際のセリフはそんな感じです。
単独での翻訳作業は絶対ムリ! 頼れる翻訳者の存在が膨大な仕事量を支える
―ポロスは赤ん坊の時に王国から川に流され、盗賊の仲間になって成長するという、インド人が大好きな貴種流離譚のようですが、ポロスが大人になってしゃべる一人称は何でしょう?
藤井:いま、まさにそれを入れ替えなくてはいけない時期の話を翻訳しています。ポロスは21年間、ダスユという盗賊の世界に暮らしています。そこでは言葉も、王宮の中よりずっとくだけた感じだったので、ポロスもその兄弟も全員「俺」と言わせていました。自分の出自がわかってポロスがパウラヴァ国に戻ったあとは、急に「俺」が「私」になるのも変なんですが、自分が王子だと自覚してからは、公の場では「私」にしました。普段の母親との会話などでは「俺」なんですが、徐々に「私」にしていかなくちゃいけないと思っています。ちょうど、いま訳しているところが過渡期ですね(笑)。
―ポロス役の俳優さんですが、インド人にしては顔があまり濃くないですね(笑)。
藤井:そうなんですよ。それまでの登場人物はみんな顔が濃いから、ポロスの登場により落ち着きました(笑)。
―全話、お一人で訳されるのですか?
藤井:いえいえとんでもない、一人では到底できません。一緒にやって下さる方は、第一にはヒンディー語ができる方がいいんですが、ヒンディー語字幕翻訳者の福永詩乃さんがちょうど産休中で、すぐにはお願いできませんでした。それで、以前英語の翻訳の仕事でドラマシリーズを何度か一緒にやったことのある、濱野恵津子さんにお願いしました。多分、私とキャリアは同じぐらいだと思います。翻訳学校も一緒で、私より少し早く修了なさった方なんですが、これまで何度かご一緒したので信頼関係もあり、お願いしました。実際に会ったのは一度か二度なんですが、長くかかる仕事をする上では、自分にも相手にもストレスにならない関係の方が一番ですね。
―大体どんな感じで、翻訳を分担しておられるのですか?
藤井:それぞれの家庭の事情もあるため、濱野さんのペースが5日に1本、福永さんが月に2~3本、私は3日に1本ということにしていたのですが、私がほかの仕事もやらなくちゃいけない事態になってしまって、2日に1本というペースでいままで来ています。もうこれ以上は無理、というペースですね(笑)、月に15本ですから。いま122話ぐらいまで済んでいるのですが、もうちょっと余裕ができたらお休みを取ってもいいですよ、と言われています(笑)。
取材・文:松岡環
<2/2に続く>
『ポロス~古代インド英雄伝~』シーズン1 Huluにて独占配信中、新エピソード毎週月~金曜12:00追加
『ポロス ~古代インド英雄伝~』
紀元前350年。資源に恵まれたインドは黄金の鳥と呼ばれ、市場には金、銀、エメラルドなどの貴石が並び、交易が行われていた。物語の始まりは、パウラヴァのバムニ王とアヌスヤ妃の子であるプルと、ギリシャのフィリッポス王とオリュンピアス妃の子であるアレクサンドロスの誕生の頃までさかのぼる。プルとアレクサンドロスは同じ日に生を受けたが、全く異なる育ち方をした。1人は最強の世界征服者となり、もう1人はインドで最も偉大な守護者となった。
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