現在Huluプレミアで配信中の製作費81億円、5シーズン全299話というインド製TVドラマ『ポロス ~古代インド英雄伝~』。実在したインドの王ポロスとギリシアのアレクサンドロス大王が同じ誕生日だった、という言説をきっかけにした、壮大な大河ドラマだ。
本作の字幕翻訳を手掛けるのは、『バーフバリ』シリーズでインド映画ファンを爆発的に増加させた藤井美佳さん。本作『ポロス』でも、『バーフバリ』ファンが心酔したような名台詞は考えられているのだろうか?
10代で興味を持った、字幕翻訳者という仕事への道のり
―ここでちょっと藤井さんご自身のことについて伺いたいのですが、東京外国語大学のヒンディー語科ご出身ですよね。高校時代にアメリカへの留学経験もおありだとうかがったのですが、どうして欧米の言語ではなく、インドのヒンディー語を専攻されたのですか?
藤井:欧米系の言語にも興味はあったんですが、英語ではない言語を専攻したかったんです。フランス映画が好きだったので、フランス語を話せるようになりたいな、と思い、私立の大学はフランス語専攻を受験しました。東京外大は、フランス語科だと歯が立たないと思い(笑)、合格することを第一に別の言語にしました。で、どうしてヒンディー語かということなんですが、中・高時代の美術の先生がインドに結構行ってらした方で、授業中にインドの話を割とよく聞かされていたんです。その時に多分、映画がたくさん製作されている国だというのも知ったんじゃないかと思います。“映画の仕事をしたい”というぼんやりとした希望もあったので、いくつかある候補の言語の中で、インドかな、と思って選んだわけです。でも、受かると思っていなくて。多分フランス語を勉強することになるんだろう、と思っていたら東京外大に受かったので、授業料の安い国立大学に行きました(笑)。
―大学で勉強してらした時から、字幕翻訳者になろうと決めていたんですか?
藤井:最初は映画の仕事というものがよくわかっていなくて、中・高時代に映画を見に行って、字幕という仕事があることに気づき、こういう仕事だったらできるのかな、と思いました。大学2年の時にバベルの字幕学校に通い始めたんですが、2年間ぐらいのコースだったので、大学卒業とほぼ同時に字幕学校も修了した、という形でした。字幕コースの受講が終わってみると、意外とその勉強が向いていた感じで、できるかも知れないな、と思ったのと、偶然お仕事も頂けたので、字幕翻訳を始めました。
―バベルで2年間学ばれたほかに、別の学校にもいらしていたのでは?
藤井:バベルでは、私が勉強していた頃は「吹き替えコース」がなくて、字幕コースか翻訳コース、という選択だったんですね。当時も吹き替えはかなり需要があったので、字幕の先生が勉強会という形で1年くらい教えて下さっていました。その後も仕事としては字幕ばかりやっていたんですが、吹き替えについても、どこか学校で学んだ形を残した方がいいよ、と言ってくれる人がいて、5年ぐらい前に学校に行き、半年ほどコースに通って修了しました。
―勉強家ですね~。昨年は『バーフバリ』2作(2015年『伝説誕生』、2017年『王の凱旋』)の字幕で、大ブームを起こされましたよね。あれはテルグ語だったと思いますが、ご専門のヒンディー語以外の言語の時はどういう風になさるのか、そのあたりのやり方を教えて下さい。
藤井:その場合は、英語字幕の台本をもらって英語から翻訳するんですけれど、『バーフバリ』に限っては、素材としてヒンディー語版のDVDとその台本もあったんです。英語台本が割とざっくりしたものだったので、ちょっとわからないな、という時はヒンディー語台本を見て字幕を完成させました。そのあと、テルグ語がご専門の山田桂子先生に見ていただいたわけですが、そうすると大分違うかも、という箇所が出てきました。監修者の方にはいろんなタイプがあって、「いいよ、いいよ」という感じでほんの少しだけ直して下さる方もいらっしゃいますが、山田先生は丁寧に、ひとつひとつ詳しく見て下さいました。山田先生自身、以前字幕翻訳をされたこともあるので、ここはこういう感じですよ、というご提案がいっぱい出てきました。それを参考にしながら、また自分で字幕を作り直す、みたいな感じで、最初の字幕と監修していただいた後とでは、ガラッと変わった字幕もありました。そのお陰で、いいものができたのではないかと思います。
『バーフバリ』シリーズのようなカッコいい決め台詞は『ポロス』にも?
―『ポロス』も歴史ものということで、つい『バーフバリ』と比べてしまうのですが、『バーフバリ』の時は仏教用語をたくさん使われて、格調高い字幕になっていたりとか、シヴァガミ様の決めゼリフ「この宣誓を法と心得よ!」とか、印象に残る字幕がありましたね。今回も『ポロス』全体を通じての工夫とか、何か決めゼリフを作った、というようなことがありますか?
藤井:シヴァガミ様の決めゼリフは、決めゼリフを作ろうと意識的にやったわけではないんです。作っている時にその言葉が出てきて、ちょうどいいな、みたいな感じで使ったんですね。『ポロス』も、もう少し回が進んでポロスが王になったらカッコいいセリフがあるかも知れないんですが、今のところ「プルは責務を完遂する」でしょうか。インドでのポロスの名前は、正式には「プルショッタム」と言い、それを縮めてみんなから「プル」と言われているんですが、それで「プルは自分の責務を放棄しない」といつも言うんですね。字数の関係で「プルは責務を完遂する」にしてみたら、ちょうどいいと皆さんが言って下さるので使っています。
翻訳者を目指す皆さんへ「映画に愛情を持って、これを一生の仕事にしてやろうという気持ちで」
―私はまだ4話しか拝見していないのですが、作りが非常にうまいというか、次の回への続け方がうまいですね。韓国や中国のドラマも、「次回を見たい!」と思わせるところがあると思うんですが、『ポロス』の“見ていてクセになるところ”などがあれば教えて下さい。
藤井:きれいな人がたくさん出てくるところがクセになりますね。男女とも見目麗しい人ばかりで、一緒に翻訳している濱野さんはよくいろいろ調べてくれるんですが、「出演者はみんなモデルなのよね」と教えてくれたりします。何人もイケメンばかりが登場、というようなところがすごいですね。あとは、見得を切るようなシーンが、ポロスの父パウラヴァ国王の兄、つまり伯父のシヴダットにはよくあるんですけれど、歌舞伎役者みたいに表情が豊かで、特に強い目力が見る人を釘付けにしてしまう感じです。衣装や身にまとっている宝石もすごいですし、それから今でも残っているお祭りのシーンがところどころに挟まれたりしていて、お祭りの儀式などを見る楽しみもあります。そのほか、裏切りとかが連続して出てくるので、本当は誰が悪なのかとか、そういうスリルも盛り込まれています。さらに付け加えると、古代インドを描きながら、女性の描き方については現代の文脈に即して工夫がなされている、という点にも注目していただきたいです。
―見どころが盛りだくさんですね。藤井さんの字幕で拝見できるのが楽しみですが、藤井さんに憧れて字幕翻訳者になりたい、と希望する人も出てきていると思います。そんな人たちに、何かアドバイスをお願いできますか。
藤井:私が字幕翻訳を始めた頃と今とでは時代が変化していて、今はパソコンを使えば趣味で字幕が付けられたりしますよね。勝手に訳すのは本当はいけないことなんですが、個人的に楽しむために字幕を付けて見ることもできる時代になりました。字幕翻訳のハードルは結構下がってきているかもしれないんですが、やっぱり映画もドラマも脚本はすごく時間をかけて作られているわけで、そういうものに対する敬意をもって接していただきたいですね。あとは、言葉ができるのは当たり前のことで、映画の読解力というか、“映画を読む力”がないと翻訳しきれないところが出てくると思います。その力をどうやって身につければいいのかわかりませんが、映画に対して愛情を持って接していればいいのかもしれないですね。この仕事を一生の仕事としてやろう、みたいな気持ちでやって下さると嬉しいかな、と思います。
<豪華絢爛な超大河ドラマ『ポロス ~古代インド英雄伝~』翻訳者が語る 『バーフバリ』との違いと字幕制作舞台裏 >
取材・文:松岡環
『ポロス~古代インド英雄伝~』シーズン1 Huluにて独占配信中、新エピソード毎週月~金曜12:00追加
『ポロス ~古代インド英雄伝~』
紀元前350年。資源に恵まれたインドは黄金の鳥と呼ばれ、市場には金、銀、エメラルドなどの貴石が並び、交易が行われていた。物語の始まりは、パウラヴァのバムニ王とアヌスヤ妃の子であるプルと、ギリシャのフィリッポス王とオリュンピアス妃の子であるアレクサンドロスの誕生の頃までさかのぼる。プルとアレクサンドロスは同じ日に生を受けたが、全く異なる育ち方をした。1人は最強の世界征服者となり、もう1人はインドで最も偉大な守護者となった。
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Huluで独占配信中