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特撮マンの「コマ撮り魂」が炸裂! 苦節30年のアニメ『マッドゴッド』は情熱と偏愛が生んだ感動大作

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ライター:#多田遠志
特撮マンの「コマ撮り魂」が炸裂! 苦節30年のアニメ『マッドゴッド』は情熱と偏愛が生んだ感動大作
『マッドゴッド』メイキング ©2021 Tippett Studio

生ける伝説フィル・ティペット

SFX業界に燦然とその名を輝かせる、フィル・ティペット。そんな彼が、30年以上かけて作り上げてきたコマ撮りアニメ作品『マッドゴッド』が公開される。

『マッドゴッド』©2021 Tippett Studio

ティペットと言えば映画の特殊技術の世界において、余りに偉大な存在である。映画を見ていて、彼の仕事を見ないでいることは不可能なのではないかと思えるほど、関わってきたSFX作品は膨大な数に上る。

今でこそ『ジュラシック・パーク』(1993年)、『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997年)などのCG作品も多く手がけるティペットであるが、その華麗なフィルモグラフィの多くはコマ撮りである。

『マッドゴッド』メイキング ©2021 Tippett Studio

彼が映像の世界に魅せられたきっかけは、7才の時に見たウィリス・H・オブライエン『キング・コング』や、レイ・ハリーハウゼン『シンドバッド7回目の航海』(1958年)で、登場し躍動するクリーチャーたちに多大な衝撃を受ける。以降、想像上の生物を作るという衝動は、彼の創造の源泉となった。

子供の頃から絵と彫刻などの造形や、アニメーション作りに没頭、カリフォルニア大学の芸術学科で自分の知識を広げていく。そして映画業界に進んだ後も、青年フィルは憧れの存在であるハリーハウゼンと師匠と弟子、そして友人としての関係を育み、技術を磨いていく。

ティペットの大きなターニングポイントは、『スター・ウォーズ』(1977年)のミニチュアチェスのシーンの担当に起用されたことだろうか。このシーンでの、1体1体が生き生きと動くクリーチャーで彼は有名になるが、他にもカンティーナ酒場のエイリアンのデザインや操作なども担当している。コマ撮りに限らず、SFXならなんでもこなしていた。これも後のCG時代に対応できた理由かもしれない。

1978年に立ち上げられた<ILM>のアニメーションチームを率い、『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』(1980年)のコマ撮りを担当、スノーウォーカーと戦闘機の雪原での大迫力の戦闘のシーンで大いに名を馳せた。

1981年には同じILMのチームと、ストップモーションをさらに進化させ、コマ単位ではなく連続した映像から怪物の動きをコンバートする“ゴーモーション”を開発、その技術を使った『ドラゴンスレイヤー』でリアルなモンスターを作り、アカデミー賞にノミネートされる。

1983年にはILMのクリーチャーショップのリーダーとして『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』でジャバ・ザ・ハットやランコアなどの怪物をデザイン。ランコアはコマ撮り用、着ぐるみ、ハンドパペットまで様々なバージョンのものを造ったというから、ティペットの技術の幅広さが伺える。この作品で彼はアカデミー賞の特別業績賞を授与される。

1984年にフィルは10分のショートフィルム『Prehistoric Beast(原題)』を作るためにILMを去り、自らの名を冠した<ティペット・スタジオ>を立ち上げる。彼の豊富な経験に加え、動物学、医学などの専門的な知識も取り入れたモデリングで、クリーチャーに命を吹き込んでいった。

以降、『ウィロー』(1988年)や『ロボコップ』3部作(1987~1993年)など、彼とスタジオのメンバーはトップレベルのコマ撮りを、どんどん作り出していく。

仕事を奪われる? CGに宿ったティペットのコマ撮り魂

ストップモーションからゴーモーション、クリーチャーデザイナーからパペットの操演、と活動の幅を広げていったティペットだが、ここでSFX映画に一大転機が訪れる。CG時代の到来である。

1991年、スティーヴン・スピルバーグはティペットから恐竜の生態や動きなどの知識をレクチャーされ、彼を『ジュラシック・パーク』の恐竜アニメのスーパーバイザーに起用。ティペットも、この作品はコマ撮りで撮るものと意気込んでパイロット版などを制作していた。しかしスピルバーグは、そのころ隆盛してきたCGで恐竜を描くことを決断する。

『ジュラシック・パーク』がコマ撮りの代わりにCGを用いることになったと聞いたティペットは「俺はもう絶滅種だ!」と言い、数週間失意のどん底に沈み、親しい者とも連絡を絶つほどの落胆ぶりだった。これ以降、実際に特撮マンたちはCGに仕事を奪われ、経営難からスタジオを畳んだり、失意のなか業界を去るものなどが多かったのは事実だ。

しかし、そこでティペットは折れなかった。彼のスタジオはコマ撮りの技術や知識をうまくCGにコンバートしていった。それは、造った恐竜のリアルモデルをコマ撮り撮影同様に動かし、その動きをリアルタイムにCGにコンバートする、コマ撮りテイストの残った最新技術を用いたものであった。

CGを多用した映画の多くは、時間が経って見返すと時代遅れ感が否めなかったりすることもあるものだ。しかし『ジュラシック・パーク』は、今でも恐竜たちの迫力や恐怖を伝えてくる。これはひとえにティペットのコマ撮り魂がCGにも宿っていたからであろう。

この時、ティペットが作っていたコマ撮り版『ジュラシック・パーク』は特典映像や動画サイトで見ることができるが、有名なティラノサウルス登場シーンや、子供たちがラプターから隠れてキッチンを逃げるシーンなど、CG版と比べても全く遜色のない出来である。すでにコマ撮りで完成していたと言ってもいい。ティペットたちの努力の結果、この作品は2度目のオスカーに輝く。

デジタル時代も衰えない影響力! T-1000誕生につながった『アビス』

実はティペットは、『ジュラシック〜』の前にもCG仕事を務めていて、ジェームズ・キャメロン『アビス』(1989年)で水様異生物の造形に参加していた。最終的にはCGで描かれたものだが、誰も見たことのない生物の造形化を依頼されたティペットは、バケツの中の水を空中にブチまける映像を高速度カメラで何度も撮影、その形をもとに粘土で肉付けし、流動的な水状生物の原型を造りあげたのだ。

これで手応えを感じたキャメロンは、『ターミネーター2』(1991年)で液体金属の映像化に着手する。「未だ誰もやったことのない生物を作りたい、技術を試したい」というティペットの情熱と手腕なしには、CG技術を代表するような映像表現は生まれなかったのだ。

また、すでに『ジュラシック〜』の時に用いた技術は、身体の随所にセンサーをつけて動きを取り込むモーション・キャプチャーの原型だったと言えるだろう。この技術がコンピューターゲームの飛躍的な発展、リアルな人間の動きのコンバート、そこからのゲームの映画的な描写や展開を生んだことを考えても、ゲームにもティペットの与えた影響はあまりにも大きい。

次にティペットの手腕が注目されたのが、ポール・ヴァーホーヴェン『スターシップ・トゥルーパーズ』。巨大昆虫生物、アラクノイドの群を作るため、150人のCGアーティストから成るチームを結成し、この作品でもアカデミー賞にノミネート。同作は業界に、ティペット・スタジオをデジタル時代に欠かせない存在として、より認識させた。

ティペット自身も、造形の腕や、コマ撮り作品を手がけたキャリアと経験をデジタルの分野でも生かし、最近はティペット・スタジオのVFXスーパーバイザーとして、モンスターやエイリアンなどを作る後輩たちのアドバイザー/師匠役となり、後進を次々と業界に送り出している。それはまるで、自身がかつてハリーハウゼンに教わった時のように、である。

『ロボコップ』や『スターシップ〜』の脚本家エド・ニューマイヤーとの親交から、2人で物語を作りあげた『スターシップ・トゥルーパーズ2』(2003年)を自身で監督したりと、活動は多岐に渡っている。

また『トワイライト』シリーズ(2008年ほか)の狼の群れのデザインもやっていたりと、後進の活躍に負けず、まだまだ現役のクリエイターである。

苦節30年! 遂に完成した大作『マッドゴッド』

架空の生物に命を吹き込み続けてきたティペットだが、彼は実在の生物の発見にも関与している。実は、彼の名を冠した恐竜が存在するのだ。その名もElaphrosaurus philtippettorum。1995年にコロラドで発見された竜脚類で、ティペットにちなんで発見者によって名付けられたという。恐竜に愛を捧げてきたティペットならではのエピソードだ。

そんなティペットが他の映画の仕事の合間に、こつこつと作り続けてきたのが『マッドゴッド』である。この作品はティペットの長年の企画で、『ロボコップ2』(1990年)の後からスタートし、30年以上かかって完成させた。

しかし前述の、CGIを駆使した『ジュラシック・パーク』が公開されたときに、もうコマ撮りは過去の物である、と一度は頓挫しかけていた。だが近年、多くのファンが立ち上げたクラウドファンディングなどで得た資金で、ついに映画を完成させたのだ。

『マッドゴッド』メイキング ©2021 Tippett Studio

ハリウッドの商業作品を主戦場に活動してきたティペット。その仕事には、絶えず監督など製作者の意図や、納期に間に合わせなければならない、などといった制約が付き物だった。しかし『マッドゴッド』では、自分の望む世界を好きなように作れる。つまり方法論としてはアートアニメ的な、作家性あふれるものである。

『マッドゴッド』©2021 Tippett Studio

詩的表現や、メジャー作品ではお目にかからない残酷さや性的な描写があるのも共通点を感じる所だ。実際、『マッドゴッド』は『悦楽共犯者』(1996年)『オテサーネク』(2001年)のヤン・シュヴァンクマイエルなど、シュールレアリズムの要素を含んだヨーロッパのアニメ作家の影響を強く感じることができる。

『マッドゴッド』©2021 Tippett Studio

本作も、永遠の存在をめぐる1人の兵士の“地下世界の地獄巡り”的な旅を描く最小限の物語で、セリフもほとんどない。その間、ティペットのイメージの奔流と爆発を見させられている感がある。

『マッドゴッド』©2021 Tippett Studio

作中には、まるでティペットからのラブレターのように、今までのストップモーション史を彩ってきたクリーチャーたちがカメオ出演のように顔を出している。映画冒頭のロボットの墓場には、捨てられた機械の1つとして『ロボコップ」のED-209が見える。

https://twitter.com/SWinstonSchool/status/880119008586080257

石像が並んでいるシーンでは『シンドバッド7回目の航海』のサイクロップス『シンドバッド黄金の航海』(1973年)のカーリー『禁断の惑星』(1956年)のロボット、ロビーまである。探してみるのもいいのではないだろうか。

日本からは、模型独自のオリジナル世界観を打ち出していたプラモデルシリーズ、S.F.3.D.(マシーネンクリーガー)のファイアボールが登場している。これに気づけるのは日本人の特権かもしれない。

https://twitter.com/wave_corp/status/1034245414826831875

コマ撮りアニメ花盛りの今こそ見るべき作品

『マッドゴッド』製作に当たって、単に映画業界志望の若者を使うだけでなく、ティペットのもとで育った、今は業界トップで活躍する弟子たちも完成に一役買っている。造形の骨格(骨組)を担当したトム・セント・アマンドは、前述の『ジュラシック・パーク』の恐竜造形の動きをデジタル変換する装置の開発者。最近は『マレフィセント』(2014年)なども手がけている。

他にも『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015年)~『スカイウォーカーの夜明け』(2019年)のモンスターチェスを新たに担当したティム・ギボンズなど、ティペットの後輩、弟子的な存在が存分に腕を振るっているのだ。

『マッドゴッド』メイキング ©2021 Tippett Studio

本作には、まだ無名の若者たちも多く関わっている。作業の多くは映画学校の生徒たちの手伝いによって土曜日に進められ、場所もティペット宅のガレージなどで行われた。死んだ兵士の山のシーンでは、実際のおもちゃの兵隊を何千と溶かし、6人がかりで3年間かけて完成させた。気の遠くなる作業の積み重ねが、1シーン1シーンごとに詰まっているのだ。

『マッドゴッド』©2021 Tippett Studio

消えていった特撮マンとは対照的に、CG時代にも対応し生き残ったティペット。そんな彼が、実は心の奥底にコマ撮りへの情熱と偏愛の炎を30年間も燃やし続けてきた――そのことだけでも、もう十分に感動的である。そして、その結晶である『マッドゴッド』を劇場の大スクリーンで見られることの幸せを改めて感じる。

『マッドゴッド』©2021 Tippett Studio

「子供のころ、ハリーハウゼンの怪物たちに魅了された。今はそれを産み出す側だが、あのとき感じた、まるで魔法を見ているような感覚、それをこれからも作っていきたい」とティペットは語っている。オブライエン、ハリーハウゼン、ティペット、そして彼の弟子たち。コマ撮りアニメの技術は今も脈々と受け継がれている。

『マッドゴッド』メイキング ©2021 Tippett Studio

弟子たちに限らず、今はコマ撮りアニメ作品花盛りである。ジョーダン・ピールが『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993年)や『コララインとボタンの魔女』(2009年)のヘンリー・セリックと組んで、黒人版ハロウィン譚を作り上げた『ウェンディとワイルド』(2022年)、ギレルモ・デル・トロが自身のクリーチャー趣味を爆発させた『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』(2022年)、日本でも堀貴秀監督の『JUNK HEAD』(2017年)や、可愛さが様々な層の人々の心を掴んだ『とびだせ!ならせ! PUI PUI モルカー』(2021年)まで、絶滅危惧種どころか温かみやリアルさ、テクスチャーを感じさせる作品技法として、すっかり欠かせないものになっている感がある。これも、ティペットたち先人の蒔いた種が実った結果と言えるのではないか。

『マッドゴッド』メイキング ©2021 Tippett Studio

「アニメーション」という言葉の語源は「命なきものに命を与える」である。だとすると言葉通り、ティペットはその能力を今も持ち続けている稀有な存在だろう。そして、その原点や源泉に立ち返った作品が『マッドゴッド』と言えるだろう。

すでに次回作も構想中とのことで、ますます意気盛んなティペット。これからの活動も実に楽しみである。

『マッドゴッド』©2021 Tippett Studio

『マッドゴッド』は2022年12月2日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほかにて全国順次公開

文:多田遠志

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『マッドゴッド』

人類最後の男に派遣され、 地下深くの荒廃した暗黒世界に降りて行った孤高のアサシンは、無残な化け物たちの巣窟と化したこの世の終わりを目撃する。

監督・脚本:フィル・ティペット
撮影:クリス・モーリー
作曲:ダン・ウール
サウンドデザイン:リチャード・ベッグス

出演:アレックス・コックス

制作年: 2021