安彦ガンダムがやり残した「ニュータイプじゃない未来」
1979年に放送された『機動戦士ガンダム』、いわゆるファーストガンダムでキャラクターデザイン・作画監督を担当した安彦良和氏が、2001年に自らの手でファーストガンダムのコミカライズとして連載を開始したのが「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」だ。
大筋では、原典であるファーストガンダムのストーリーに沿いつつ、前日譚や様々な追加要素を加えた「安彦ガンダム」と呼べるリメイク作となっていた。
安彦氏は、一貫して「ニュータイプ」という概念に違和感を表明しており、「THE ORIGIN」の執筆には「ニュータイプ」の捉え直しという目的もあったという。
ガンダムの世界=宇宙世紀には、宇宙での生活に適応した結果、超人的な感知能力に目覚め、言葉を介さずに相互理解が可能になった存在=「ニュータイプ」が登場し、シリーズ通しての重大な要素となっている。
安彦氏は「ガンダム=ニュータイプ」というイメージが広がっていったことを、「広い世界で小さな人間がどう生きているかというリアルな物語だったのに、いつのまにか飛び抜けた人間、特別な人間の物語に変わっていたのだ。選民思想の物語、何とも危うい」と述べている。
安彦氏の考えるガンダムとは、テレビシリーズの前半部分、戦争という時代に翻弄されながらも生き抜こうと必死であがく者たち、安彦氏の言葉を借りるなら「小さき者たちの物語」であったのだろう。
実際に、ガンダムの中盤で物語が「ニュータイプ思想」へと進んでいくことを発案した富野由悠季監督に、安彦氏は反対したという。
では、「THE ORIGIN」の中で、「安彦ガンダム」だからこそのニュータイプ論が描かれたかというと、一読者としての僕はそう考えられなかった。
たしかに「THE ORIGIN」におけるニュータイプは、一つの「能力」であって「本質」では無いというニュアンスで描かれている。だが、ガンダムのストーリーの大筋から外れずに、「ニュータイプ思想」だけを取り除くことは難しく、結果的に「ニュータイプ」を超える何かを描くことに成功していたとは言いづらい。「THE ORIGIN」は、様々な新要素を取り入れガンダム世界の拡張に成功したコンテンツだったが、その一点についてはやや中途半端な形で終幕となった。
「安彦ガンダム」が、やり残したこと。それが、「小さき者たち」による「ニュータイプじゃない未来」の形を描くことだったのではないか。
写し鏡のようなアムロとドアンが見せる「安彦ガンダムの到達点」
そこで、『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』である。安彦良和氏が、自身の「最後のガンダム」と公言しているこの作品。テレビシリーズの中での番外編、極端な言い方をすれば一種の「捨てエピソード」的な1話であり、その作画崩壊がネタ的に消費されてきた「ククルス・ドアンの島」で、安彦ガンダムの到達点を見ることになるとは、想像もしていなかった。僕は、エスパーじゃないみたいです、マチルダさん。話題性も含めて、なんて的確なチョイス。
ここで描かれるのは、ジオンの脱走兵ククルス・ドアンと、戦災孤児の子供たちによる、まさに大きな時代の流れに翻弄されながら生き抜こうとする「小さき者たちの物語」である。
この物語の中で、アムロたちホワイトベース隊は、もはや外からやってきた「戦いの匂い」が染み付いた大きな時代の流れの一部として登場する。
自ら戦争を捨てたドアンと、望まず戦争に巻き込まれながら、いつの間にかそこに居場所を見つけつつあるアムロ。
戦争から離れた世界で必死に日常を送る島の子供たちと、戦艦の中で必死に生き抜くホワイトベースの子供たち。
ドアンと島の子供たちは、「ニュータイプに目覚めることなく、戦いの中に居場所を見出さなかったら」という、アムロたちのifの姿のようにも見える。2つの世界は、鏡写しのようにそこに存在し、ある一瞬で交わり、また別れていく。
だが、たしかにそこにそれぞれの生き方が存在し、それはもっと多くの目に見えない「物語」がこの世界を覆い尽くしているという広がりへとつながっていく。この割り切れない「世界の複雑さ」と「広さ」が、安彦ガンダムが求めたものだったんじゃないだろうか。
「特別な人の物語」に収束していくでも、それを否定するでもなく、それすらも無数の「人の物語」として飲み込まれていくような、広大な世界を感じさせること。
(あぁ、それが「歴史」というものか)
表情豊かなキャラクター描写、宇宙一強いザクが拝めるモビルスーツ戦、ツボをおさえたBGM……。「ホワイトベース隊にまた会える」新作ガンダムとしてのエンタメ性を完全無欠に兼ね備えながら、「戦時下」という時代との結合も果たした稀有な作品。
あくまで独立したエピソード『ククルス・ドアンの島』だからこそ描けたのは、アムロでもシャアでもなく、ククルス・ドアンという男に託された「ニュータイプじゃない未来」。
そこに、安彦ガンダムの到達点を見ることが出来た。僕は、満足です。
文:タカハシヒョウリ
出典:東洋経済ONLINE「ガンダム生みの親が今のアニメに感じる疑問」
『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』は2022年6月3日(金)より全国公開
『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』
ジャブローでの防衛戦を耐えきった地球連邦軍は勢いのままにジオン地球進攻軍本拠地のオデッサを攻略すべく大反攻作戦に打って出た。アムロ達の乗るホワイトベースは作戦前の最後の補給を受ける為にベルファストへ向け航行。そんな中ホワイトベースにある任務が言い渡される。無人島、通称「帰らずの島」の残敵掃討任務。残置諜者の捜索に乗り出すアムロ達であったが、そこで見たのは、いるはずのない子供たちと一機のザクであった。戦闘の中でガンダムを失ったアムロは、ククルス・ドアンと名乗る男と出会う。島の秘密を暴き、アムロは再びガンダムを見つけて無事脱出できるのか……?
企画・制作:サンライズ
原作:矢立肇 富野由悠季
監督:安彦良和
副監督:イム ガヒ
脚本 : 根元歳三
キャラクターデザイン:安彦良和 田村篤 ことぶきつかさ
メカニカルデザイン:大河原邦男 カトキハジメ 山根公利
総作画監督 : 田村篤
美術監督:金子雄司
色彩設計:安部なぎさ
撮影監督:葛山剛士 飯島亮
3D演出:森田修平
3Dディレクター:安部保仁
編集:新居和弘
音響監督:藤野貞義
音楽:服部隆之
製作:バンダイナムコフィルムワークス
主題歌:森口博子「Ubugoe」(キングレコード)
声の出演:古谷徹 武内駿輔 成田剣
古川登志夫 潘めぐみ 中西英樹
池添朋文 新井里美 福圓美里
制作年: | 2022 |
---|
2022年6月3日(金)より全国公開