ピクサー新世代による傑作アニメ誕生
優れた実写映画でも取ってつけたような“多様化”が気になることはあるが、アニメ『私ときどきレッサーパンダ』には、もはやそんな枕言葉すら不要だ。ディズニープラスで配信中のピクサー最新作の舞台は、カナダ・トロントのチャイナタウン。あるとき巨大なレッサーパンダに変身してしまった13歳の少女メイリンと、家族や友人たちとの悲喜こもごもなドタバタを描く。
監督のドミー・シーは1989年生まれの若手だが、『インサイド・ヘッド』(2015年)のストーリーボード(絵コンテよりも詳細に作り込まれたアニメの根幹となるもの)を務めるなど早くから才能を発揮。ピクサーの主力スタッフとなり『トイ・ストーリー4』(2019年)などの製作に携わる。そして中国系家族をモチーフにした『Bao』(2018年)でピクサー初の女性/アジア系監督としてアカデミー賞短編アニメ賞を受賞、『私ときどきレッサーパンダ』が初の長編監督作となる。
13歳だった自分を振り返り、かつての母親を理解するために
ドミー・シーは主人公メイリンと同じくトロントで育った中国系カナダ人であり、本作は移民二世のドミーやロナ・リウ(プロダクション・デザイナー)らのパーソナルな背景が反映された物語になっている。母国のアイデンティティを尊重する母親、思春期の訪れと愛する家族とのすれ違い、東アジア系らしい(と言うと語弊があるかもしれないが)不器用な愛情表現など、彼女たちの実体験が極限までデフォルメされたキャラクターにリアリティを持たせ、ドラバタコメディらしからぬ普遍的な感動を与えてくれる。
言うまでもなくレッサーパンダへの変身は、ほとんどの女性が10代前半で経験する事象のメタファーだ。都合よくコントロールすることは不可能だし、自分でも理解できないような様々な変化が内面にも外面にも表れる。だが、たとえばメイリンがベッドの下に隠す“秘密のノート”などは、性別を問わず共感性羞恥をゴリゴリに刺激されるはずだし、同じような“恥の遺産”を私たちの親が(良かれと思って)保管していないことを祈ってしまう。
かつての母親と近い歳になったドミー・シー監督は、当時の母の心境を理解するためにも、13歳だった自身の葛藤をアニメ作品に昇華させた。多大な影響を受けたジブリの諸作品や「美少女戦士セーラームーン」、「らんま1/2」などの高橋留美子作品、そして「フルーツバスケット」といった漫画/アニメへのオマージュは必然だったはずだが、しかしその辺りは観れば分かることなので、“日本のアニメからの影響が~”と言及するまでもないだろう。
There's no shortage of inspiration this #WomensHistoryMonth when women #InsidePixar honor their female heroes. From #Bao Director Domee Shi: “Rumiko Takahashi is a renowned Japanese comic artist. Her work is full of appealing characters, wacky romances, and engrossing stories." pic.twitter.com/2OI19HdAHc
— Pixar (@Pixar) March 29, 2019
本作がこれまでのピクサー作品と異なるのは、キャラクター同士の対立や従来のコミュニティを飛び出すような冒険を課すのではなく、子どもの手の届く範囲で、家族や友人たちとのオープンな関係性をもって成長を描いている点だ。厄介ごとのように見えるレッサーパンダ化も、乗り越えるべきウィークポイントなどではなく、もう一人の自分/生涯を通して付き合っていく内なる友人として優しく抱きとめる。
赤面モノの青春時代、かけがえのない友人、子どもを持つこと、生活環境の変化……。ドミーやロナは自身の実体験を物語に取り入れることで、メイリンや母ミンと共に新たな一歩を踏み出した。本作の制作過程を追った『レッサーパンダを抱きしめて』は、多様な背景を持った女性クリエイターたちの優れた仕事ぶりが理解できる完璧なドキュメンタリー作品になっている。単なるメイキング映像と思って観ているとめちゃめちゃに泣かされるので、ぜひ本編と併せて(ハンカチを握りしめつつ)観てほしい。
Y世代クリエイターによるY2K讃歌
「もしレッサーパンダがデカくなったら最高にかわいい」という思いつきに、2000年代初頭に青春を過ごしたY世代が親しんだポップカルチャーなど、様々なY2Kネタを散りばめた本作。ストーリーやビジュアル面の素晴らしさは挙げはじめたらキリがないのだが、やはり最大の見所はメイリンが変身したレッサーパンダの可愛らしさだ。全身のモフ表現が秀逸なのはもちろん、丸い瞳とウィスカーパッド(ヒゲ袋)を中心とした豊かな表情やノシノシ・ジタバタしたモーションは、どのカットを切り取っても悶絶もののキュートさである。
時代設定は2002年なので、劇中に登場するボーイバンド・4★TOWNはバックストリート・ボーイズやイン・シンク(もはや誰も覚えていないO-Townも!)がモチーフになっているのはもちろんだが、やはりBIGBANGや2PM、そして世界的ブレイクを果たしたBTSらK-POP勢の影響も感じられる。
本作はキッズや親世代だけでなく、ネット上でキャラクターの二次創作が盛んに行われていることから、幅広い層に受け入れられていることも伝わってくる。実際ここ10年で振り返ってもトップクラスのアニメ映画と断言できる、全人類におすすめのアニメ映画だ。We are 4★Towny!!
余談だが、『私ときどきレッサーパンダ』という邦題は『くもりときどきミートボール』(2009年)、もとい絵本「はれときどきぶた」シリーズ(矢玉四郎 著)が元ネタだろうか。珍しく(?)完璧に作品とハマっている、英語圏のファンもサムズアップするであろう邦題だ。
『私ときどきレッサーパンダ』はディズニープラスで独占配信中
『私ときどきレッサーパンダ』
舞台は1990年代のカナダ・トロントのチャイナタウン。そこに暮らすメイは伝統を重んじる家庭に生まれ、両親を敬い、母親の期待に応えようと頑張る13歳の女の子。
でも一方で、親には理解されないアイドルや流行りの音楽も大好き。恋をしたり、友達とハメを外して遊んだり、やりたいことがたくさんある側面も持っていた。そんな、母親の前ではいつも “マジメで頑張り屋”のメイは、ある出来事をきっかけに本当の自分を見失い、感情をコントロールできなくなってしまう。悩み込んだまま眠りについたメイが翌朝に目を覚ますと…なんと、レッサーパンダになってしまった!
この突然の変身に隠された、メイも知らない驚きの〈秘密〉とは?一体どうすれば、メイは元の人間の姿に戻ることができるのか?ありのままの自分を受け入れてくれる友人。メイを愛しているのに、その思いがうまく伝わらずお互いの心がすれ違う母親。様々な人との関係を通してメイが見つけた、本当の自分とは――。
監督:ドミー・シー
脚本:ジュリア・チョー ドミー・シー
製作:リンジー・コリンズ
プロダクションデザイン:ロナ・リウ
音楽:ルートヴィッヒ・ヨーランソン
オリジナルソングス:ビリー・アイリッシュ フィニアス・オコンネル
声の出演:ロザリー・チャン サンドラ・オー
エヴァ・モース マイトレイ・ラマクリシュナン ヘイン・パク
制作年: | 2022 |
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