韓国アニメーション映画、最前線の気迫
近年、韓国発の映画・ドラマへの注目が急激に高まっている。ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』(2019年)や『新感染』シリーズ(2016年/2020年)、ドラマ『愛の不時着』(2019~2020年)、『梨泰院クラス』(2020年)あたりは、きっと韓国作品に詳しくない方でも聞いたことがあるはずだ。そのほか日本には、多種多様なジャンルの、いずれも創作の胆力をうかがわせる力作が次々に上陸している。
アニメーション映画『整形水』は、そんな韓国から届けられた、とりわけダークな一本だ。日本のアニメとは一味もふた味も違う魅力が詰まった本作は、『新感染』シリーズのヨン・サンホ監督が絶賛し、世界中の映画祭から招待を受けた。日本においても、世界各国から最新のアニメーションが集結する「新千歳空港国際アニメーション映画祭」で長編部門コンペティションにノミネートされている。
誰でも美形になれる! 奇跡の水「整形水」
“整形サイコホラー”と称された本作は、どんな人間でも美しい容貌に変わることができる奇跡の水・整形水をめぐる物語。自分の外見にコンプレックスを持つメイクアップアーティストのイェジは、担当する人気タレントのミリに侮辱され、周囲から笑い者にされ、怒りと苦しみを抱えていた。
両親にさえ怒りをぶつけるイェジのもとに、ある日、整形水のサンプルが届く。試しに整形水を使ったイェジは、自分の顔そのものが別人に変わっていることに気づく。全身に整形水を浸して“完璧な美”を手に入れたイェジは、名前をソレと変え、新しい人生を歩みはじめた。しかし、イェジ=ソレに襲いかかるのは、手に入れた“美”が失われることへの恐怖。その頃、街では若い女性の連続失踪事件が起こっており……。
原作は、韓国の人気ウェブコミック「奇々怪々」の一編<整形水>。もともと『世にも奇妙な物語』(1990年ほか)や『トワイライト・ゾーン』(1959年ほか)のようなホラー/スリラー・シリーズを目指して始まったオムニバス作品とあって、映画化された『整形水』も、物語の導入部は『世にも奇妙な物語』を思わせるタッチとなっている(ちなみに「奇々怪々」の一編<妻の記憶>は、実際に『世にも奇妙な物語』で映像化された)。
ただし本作のキモは、そういった『世にも奇妙な物語』風の展開を途中から逸脱していくところにある。監督のチョ・ギョンフンは、原作が“整形水”というアイデアを中心に据えていたのに対し、映画は主人公であるイェジの性格や周囲との関係性を描き込むことに注力したことを認めている。たとえば、自らの外見を理由に夢を諦め、また虐められてきたという背景は、彼女が整形水に手を出す心境を十分想像させるだろう。
社会問題を反映する、複雑なテーマとキャラクター
特筆すべきは、イェジがただ“かわいそう”なキャラクターではないことだ。ミリへの怒りと嫉妬から、彼女は匿名でミリへの誹謗中傷をネットに書き込むし、整形水を大量に購入するため、同居する両親に巨額の調達を頼む。美しさを手に入れた後は、自分に言い寄ってくる冴えない男たちを露骨に蔑むのだ。いわゆる「容姿は美しくないが内面はキレイ」という、ある類型的な人物造形は回避されている。なお、主要スタッフは男性が多かったため、脚本を含む制作の各段階には女性スタッフのフィードバックが全面的に反映されたという。
整形水とイェジの物語には、ルッキズムをはじめとする現代社会の諸問題や、人間のアイデンティティといったテーマが浮かび上がる。監督は「美しさにも暗い側面はあります。美しくなったイェジは、今度はじろじろと見られることに耐えねばならない。これもひとつの暴力であり、美しさにかかわらず、我々はルッキズムの悪循環から逃れられないのです」と語った。複雑な人物造形からは、テーマをできるだけ複雑に扱おうという狙いも見てとれる。事実、本作は整形で美しくなることをある面では肯定しているのだ。問題は整形ではなく、むしろ人を追い込んでいくルッキズムの方にある。
冒頭に触れた『パラサイト 半地下の家族』や『新感染』シリーズに代表されるように、高い評価を受ける韓国映画が同時代の問題を意識的に取り込んできたことは確かだろう。『新感染』のヨン・サンホ監督は、もともとシビアな題材とリアルなドラマが特徴のアニメーション映画で注目された人物。『豚の王』(2011年)では社会階層といじめを、『我は神なり』(2013年)では新興宗教を、『ソウル・ステーション パンデミック』(2016年)では貧困問題を、それぞれダイレクトかつ残酷な筆致で描いたのだ。『整形水』はまぎれもなくその流れを汲む作品だから、サンホ監督が絶賛評を寄せたのも大いに頷ける。
ところが、である。『整形水』という作品の最も恐ろしいところは、『世にも奇妙な物語』風の出発点を、また現代の諸問題をえぐり出すテーマ性をも超えて、観る者の想像を軽く上回る着地を見せる点なのだ。きっと読者の中には、「なぜその話をアニメでやるの? どうして実写で作らないの?」とお思いの方もいるかもしれないし、実際に映画の前半を観てもその思いを払拭できない方もいるだろう。しかし本作は、アニメーションでなければ成立しない、アニメーションだからこそ獲得できるリアリティのもとに幕を閉じることになる。
あえてひとつ付言しておきたいのは、そこに故・今敏監督の影響が濃厚に表れていることだ。題材などは『PERFECT BLUE パーフェクトブルー』(1998年)を否応なく思わせるが、『パプリカ』(2006年)や『妄想代理人』(2004年)などに通じる要素や演出もある。今敏作品のファンにもぜひお薦めしたい一作だ。
文:稲垣貴俊
『整形水』は2021年9月23日(木・祝)より全国公開
『整形水』
小さい頃から外見に強いコンプレックスを持ち、人気タレントのメイクを担当しているイェジ。タレントからは罵倒され、ふとした偶然で出演したTV番組では、自分への悪意ある書き込みで自暴自棄に。そしてある日、巷で噂になっている“整形水”がイェジの元へ届けられた。顔を浸せば、自らの手で自由自在に思い通りの容姿へと変えることができてしまう奇跡の水。後遺症も副作用もない。美しくなりたいという欲望に駆られ、イェジは“整形水”を試すことを決意する。全く新しい人生を歩むために。それからしばらくして、周囲で不審な出来事が起こり始める……。
制作年: | 2020 |
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監督: | |
声の出演: |
2021年9月23日(木・祝)より全国公開