『この世界の片隅に』と並ぶ“歴史的傑作”の手応え
『漁港の肉子ちゃん』を鑑賞後、多少興奮気味に作品の印象を配給会社のプロデューサー氏に伝えると、「ニッポン放送の吉田尚記さんも同じことをおっしゃってましたよ」と告げられた。それが“『この世界の片隅に』(2016年)以来の手応え”なのである。単館上映ということもあり地味な印象を免れなかったが、否応なく感じざるを得ない作品のパワーに圧倒された『この世界の片隅に』。その時の感覚が『漁港の肉子ちゃん』を観てよみがえったのである。
それだけではなく、『この世界の片隅に』の片渕須直監督が師と仰ぐ高畑勲監の『じゃりン子チエ』(1981年)、『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)、さらにその先には野村芳太郎や森崎東、山田洋次といった松竹人情喜劇が見えてきた。そんな思いを抱きながら渡辺歩監督のインタビューに向かった先は雨の吉祥寺、本作の制作基地となったSTUDIO4℃であった。
「この企画が成立したこと自体が奇跡的」
―小西賢一作画監督が「この企画が通るとしたらスタジオジブリくらい」とおっしゃってましたが、今回、原作はもちろん、プロデュース環境(吉本興業、明石家さんま氏)、制作環境(STUDIO4℃、小西賢一作画監督など)、キャスティング環境(大竹しのぶ、Cocomi、花江夏樹など)がすべて揃うといった環境の中で監督されましたが、かなり手応えを感じられたのではないでしょうか?
そもそも、この企画が成立したこと自体が奇跡的です。もちろん、それはさんまさんの力によって実現したのですが、同時に全部の制作条件がスポッとはまったことも奇跡的でした。役にはまった演技はもちろんですが、劇場アニメの現場はスタッフが他の作品に拘束されると参加が適いません。美術監督の木村真二さん(代表作『スチームボーイ STEAMBOY』[2003年]『海獣の子供』[2019年]など)を抱え込めたのも絶妙のタイミングでした。
その一方で、これだけの環境を与えられ、その期待に応えられるかという気持ちが強くありました。原作を含め諸々の要素、素材を十分に生かしきれるかどうか、恵まれた機会を与えられた作品の代表として、なんとか形になってよかったというのが正直なところです。
―高畑勲監督や片渕監督の作品を想起させる素晴らしい作品でした。歴史に残る作品になるのではないかと思います。
そうであれば光栄です。ただ、それは観る人が決めるものなのでなんとも言えませんが、もしそういう作品になっていると大変うれしいです。
「アニメのことは全てシンエイ動画で学んだ」
―人情喜劇の感動作である本作は、渡辺監督のお得意分野ではないかと思いました。というのもシンエイ動画時代、劇場版ドラえもんの『帰ってきたドラえもん』(1998年)、『のび太の結婚前夜 The night before a wedding』(1999年)、『ドラえもん おばあちゃんの思い出』(2000年)、『ぼくの生まれた日』(2002年)などを監督されているからです。これらの作品は、後に『STAND BY ME ドラえもん』(2014年)、『STAND BY ME ドラえもん2』(2020年)でリメイクされて大ヒットしたことを見ても分かりますが、涙あり、笑いありの感動作品でした。この一連の作品を監督されたことが、今回の作品にも繋がっているのではないでしょうか?
これら一連の企画は、当時シンエイ動画の専務であった別紙壮一さんからいただいたものです。感動的な作品をつくろうというテーマだったのですが、それが今回の作品に生きていたらうれしい限りです。
アニメのことは全てシンエイ動画で学びました。シンエイ時代、先輩の原恵一監督(代表作『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』[2002年]『河童のクゥと夏休み』[2007年]など)と「映画をやりたいね」とよく話をしていました。その後、独立してフリーになりましたが、このような志に沿って映画を撮れるチャンスを与えていただいた、さんまさんやSTUDIO4℃には本当に感謝の気持ちで一杯です。
―2001年の監督作品『がんばれ!ジャイアン!! 』でテレビに林家三平が登場するワンシーンがありましたが、落語など笑いの分野にも造詣が深いとお見受けしました。
初代三平師匠が大好きでした。当時いっ平だった二代目林家三平師匠に声を担当してもらったのですが、アニメがお好きで盛り上がった記憶があります。アニメの師匠であるシンエイ動画の芝山努監督(テレビ・劇場版ドラえもん監督)は浅草出身、江戸前の佇(たたず)まいの方でした。
―そのまま高座に上がってもおかしくないような趣があった方でしたね。
そうなんですよ(笑)。笑いに関しては、さんまさんの前で知ったかぶりはできません。カットも長っ尻ではなく、落語の語り口のようにテンポよくスポッと落としたいと思いました。
「大竹しのぶさんやCocomiさんら声優陣が本当に頑張ってくれました」
―『漁港の肉子ちゃん』が映画として成功している要因のひとつに、声優のキャスティングもあるかと思います。それぞれ役柄にぴったりのキャストで驚きました。特に、あれほどのキャリアを誇る大竹さんが全身全霊で演じた肉子ちゃんとの対比で、Cocomiさん演じるキクコの爽やかさも際立っていましたね。思ったことをそのまま口に出す肉子ちゃんとの受け答えの中で、子どもとしてはかなり際どい言葉も出てきますが、初々しさを保ちつつもしっかりと演技できているというのは凄いことだと感じました。しかも初めての出演作です。
声優陣は本当に頑張ってくれたと思います。是非その辺りをプッシュして欲しいですね(笑)。Cocomiさんに関しては、決定的に勘がいいんです。やはりアニメが大好きでたくさん見ているぶん耳慣れしているのか、キャラクターの演技に同化しやすいというか、ニュアンスを込めやすいのかなと思いました。いずれにせよ、今回の作品は彼女にかかっているといっても過言ではないと思います。持って生まれたというか、彼女の声のトーンに惹かれたのですが、演技がもしダメでも、この声にかけようと思いました。結果的には演技も素晴らしく、大変な才能と出会える結果となりました。
―無垢で天真爛漫な肉子ちゃんを見ていると、フェデリコ・フェリーニの『道』(1954年)に登場するジェルソミーナを見る思いがしました。作品にとって、原作ファンを含め女性からの支持が重要だと思いますが、その辺は意識されたところでしょうか?
もともと原作者が女性ですし、女性の気持を中心に描かれていますから。もちろん良い部分だけじゃなく、非常にダークな部分、ずるくて汚い部分もつまびらかに書かれています。ワケあり母娘の肉子とキクコの、ある種ハラハラする会話のやりとりなども含めオブラートに包むと小説の味わいが薄れるので、いかにアニメ的な比喩表現で落とし込めるのかに注意を払いました。
「もし長尺版製作のチャンスがあれば、是非」
―作品の主題歌である「イメージの詩」にも大きなインパクトを受けました。あの吉田拓郎さんのデビュー作ですし。
これは、さんまさんのたってのリクエストでした。いろいろ考えた末に主題歌となったのですが、歌のディテールが鮮明になったのではないかと思います。唄ってくれた稲垣来泉(くるみ)ちゃんにも末恐ろしい才能を感じました。
―非常によいテンポの作品に仕上がっていましたが、あくまで個人的な希望として、もう少し長く肉子ちゃんの世界に浸っていたかったという気持ちが残りました。
劇場アニメは時間がかかります。この作品も企画から完成まで5年くらいかかっています。準備期間が長かったのですが、実作業も絵コンテを含めて2年ほどかかりました。当初の野望としては、やりたいことが一杯あったのですが、残念ながらタイムアップとなってしまいました。あと1年あれば、あれこれ考えていたアイデアを膨らませることができたと思うのですが……。
―日本のアニメ人は最後の最後までつくり込む職人気質の方が多いですが、『この世界の片隅に』の場合は40分の新カットを加えた『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(2019年)がつくられました。『漁港の肉子ちゃん』も是非、長尺版を制作して欲しいと個人的に希望します。
そういうことができた片渕監督は、うらやましかったです(笑)。『漁港の肉子ちゃん』も、もしそういうチャンスがいただければ是非挑戦してみたいと思います。
―では最後に、次回作のご予定は?
2021年中にテレビアニメを一本やる予定です。劇場作品はまだ決まっていませんが、オリジナルも含めた可能性を探っていければと思っています。
取材・文:増田弘道
『漁港の肉子ちゃん』は2021年6月11日(金)より全国公開
『漁港の肉子ちゃん』
愛情深い性格ゆえに、これまでの人生、ダメ男ばかりを引き寄せては、何度もだまされてきた母・肉子ちゃん。とんでもなく豪快で、子どもみたいに純粋な母に比べて、しっかりもので大人びた性格の小学5年の娘・キクコ。ふたりは肉子ちゃんの恋が終わるたびに各地を放浪し、北の漁港の町へと流れ着く。
漁港で途方にくれる母娘の胃を満たしたのは、一軒の焼き肉屋「うをがし」の焼肉だった。妻に先立たれ、店をたたもうとしていた店主・サッサンは、目の前に現れた肉子ちゃんを“肉の神様”だと思い、「決しておなかを壊さないこと」を条件に肉子ちゃんを雇いいれる。こうして、サッサンが所有する漁港の船を住処に、肉子ちゃんとキクコの新しい生活が始まった……!
キクコは地元の小学校に転入する。土地の言葉をきちんと使い、運動神経がよく、まわりの友達から「かわいい」と言われることが多いキクコは、大阪出身でもないのに大阪弁で思ったことをすぐ口に出し、町中でマトリョーシカと噂される母・肉子ちゃんの存在を、最近ちょっと恥ずかしいと思っている。一方、学校ではこの年頃特有の女子グループ間のやっかいな抗争に巻き込まれたり、風変わりな少年・二宮との出会いで、キクコは少しずつ成長し、この漁港の町をどんどん好きになっていく。
肉子ちゃんの次の恋が終わったら、またこの町を出て行かなければならない。
そんな不安がよぎるキクコと肉子ちゃんの大きな秘密が明らかになり……
制作年: | 2021 |
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監督: | |
声の出演: |
2021年6月11日(金)より全国公開