『シン・エヴァ』✕『華麗なるギャツビー』
旧知の元編集者たちと『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021年3月8日より公開中:以下『シン・エヴァ』)の話でもしようということになり、オンラインで集合した。そのとき、ひとりが「『シン・エヴァ』を見て『華麗なるギャツビー』を思い出した」という感想を漏らした。その感想は確かにそうだなと思ったので、さっそく再見することにした。
『華麗なるギャツビー』は、F・スコット・フィッツジェラルドの小説「The Great Gatsby」が原作で過去5回映画化されている。中でも有名なのは、1974年公開のジャック・クレイトン監督/ロバート・レッドフォード主演のものと、2013年公開のバズ・ラーマン監督/レオナルド・ディカプリオ主演のものだろう。
失った愛を取り戻そうとする哀しき成り上がり者
タイトルロールであるジェイ・ギャツビーは、ニューヨークの郊外・ロングアイランドに巨大な邸宅を構える大富豪だ。語り手のニック・キャラウェイは、その隣の小さな家を借りている証券マン。夜ごと、出入り自由のパーティーを開いているギャツビーが、ニックに招待状を送ってきたことから2人の交流が始まる。
ギャツビーは大富豪の娘デイジーと愛し合っていたが、第一次世界大戦に従軍することになる。デイジーはギャツビーをあきらめ、富豪のトム・ブキャナンと結婚してしまう。やがて帰国したギャツビーは、禁酒法時代のアメリカで非合法なビジネスに手を染め大富豪となって、改めてデイジーの愛を取り戻そうとする。
ギャツビーの邸宅から、入り江を挟んだ反対側に見えるのはデイジーとトムの屋敷。ギャツビーが出入り自由のパーティーを開いていたのも、デイジーがふと足を運ばないかと考えたから。そしてギャッツビーは夜になると、ブキャナン家の桟橋にともされる緑色の灯火を、まるで自分を導く真実の証のように見つめているのだった。
ジェイ・ギャツビーと碇ゲンドウ
かつての恋人を忘れられないがために、驚くほどのお金をつぎ込むその姿勢。このギャツビーの行動が、死んでしまった妻・碇ユイと出会うために人類補完計画を横取りし、人類全体を巻き込んで世界のルールを書き換えようとする碇ゲンドウの行動と通じる部分がある――というのが、その編集さんが『華麗なるギャツビー』を思い出したというポイントというわけだ。
とはいえギャツビーとゲンドウでは、大きく違うところもある。碇ユイは母性の象徴、女神のようなキャラクターで、ゲンドウが執着するのもわかる存在だ。ところがギャツビーが愛したデイジーは、“理想の女性”ではない。手短にいうなら、彼女はギャツビーを愛したことはあっても、富裕層とそれ以外とに一線を引いており、だからこそ最終的にはギャツビーを選ばないのである。金持ちの世界に入り込んだように見えても、ギャツビーは本質的にその世界の住人ではなかったのだ。
ある世界の内側にいるようで本質的にストレンジャーである、という二重性は原作小説のポイントで、ギャツビーとニックはそういうキャラクターとして描かれている。その構造については、1974年版よりも2013年版のほうが自覚的だ。
例えば、トムに誘われて乱痴気騒に参加したニックが、自分が部屋の中にいながら、部屋の外にもいるような感覚になるという描写が原作に登場する。
私は(引用者注:自分たちがいる部屋の窓を)見上げて首をかしげる男でもあった。内部の人間であり部外者でもあった。さまざまな暮らしがあるものだと思って、魅惑されながら反発していた。(光文社古典新訳文庫、訳・小川高義)
ここに相当する部分をちゃんと映像化しているのが2013年版なのだ。そしてギャツビーに対するデイジーの残酷な結論も、2013年のほうがずばりと描いている(ただし2013年版は、1974年版では生かされているギャツビーの父親が登場するシーンを、まるっとカットするということもやっている)
もし『華麗なるギャツビー』そのものをアニメ化したら……?
今回、『シン・エヴァ』のゲンドウを念頭に、1974年版と2013年版(と原作小説)を比べてみたが、1974年のレッドフォードが演じたギャツビーのほうが、内心の願いをうちに秘め超然と振る舞っているシーンが多く、ゲンドウに近い印象だ。
一方、2013年版のディカプリオは、原作により近く感情表現も多彩なので、ゲンドウと近い印象はない。バズ・ラーマン監督らしいきらびやかな映像と、「過去の愛」に強く囚われた人物像がセットになることで、むしろ『秒速5センチメートル』(2007年:新海誠監督)を連想したくなる感触がある。
こうして書いているうちに『華麗なるギャツビー』そのものを翻案・アニメ化してみたらどうなるだろうか、と妄想が膨らんできた。これはこれで興味深い作品になるんじゃないだろうか。
文:藤津亮太
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は2021年3月8日(月)より公開中
『華麗なるギャツビー』(2013年)はNetflixほか配信中
『華麗なるギャツビー』(1974年)はAmazon Prime Videoほか配信中