異例の地上波放送
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の公開直前と直後に急遽決まったフジテレビでの『鬼滅の刃』(「兄弟の絆」「那田蜘蛛山編」)の放映で作品を見返した人も多いと思うが、一度他局(TOKYO MX)、しかも深夜で放送された作品が、地上波全国ネット、それもゴールデン・プライム帯(19時~23時)でオンエアーされることは前代未聞であった。快挙とも言えるこの出来事は、それだけ『鬼滅の刃』に注目が集まっているということの裏付けであろう。そして、2020年10月10日放映の前編「兄弟の絆」の視聴率が何と16.7%(関東地区)というジブリ並の視聴率となり、劇場版公開への期待が大きく膨らむことになった。
大ヒットアニメのセカンドシリーズ問題
『鬼滅の刃』はセカンドシリーズを待たず、劇場版という形で続編が公開されることとなった。これには急速に数を増やしつつある『鬼滅の刃』のファンに対し、早くそれに応えたいという製作者サイドの気持ちの表れであるが、そこには大ヒットアニメのセカンドシリーズ問題が潜んでいるのである。
ここ数年、大成功を収めたテレビアニメシリーズがセカンドシーズンの頃には熱が冷めているというケースが続いた。例えば『進撃の巨人』は2013年4月から放映されて空前のブームとなったのは記憶に新しいが、2017年4月のセカンドシーズンになるとその熱気はかなり沈静化していたように見えたのは筆者だけではないであろう。また、『おそまつさん』の場合も2015年10月から放映され、こちらも大きな話題を呼んだが、2年後の2017年10月に放送されたときにはファーストシーズンのノイズは収まっていた。どちらもセカンドシーズンの放映までに間が空いてしまったのは致し方ないものの、その間の空白がブームに水を差してしまった感があるのは拭えない。
大正解の劇場版公開
その点『鬼滅の刃』は、2019年9月の放映終了後も作品に対する関心は一向に衰えず、むしろ今が頂点とも言える状態にある。そこに続編の劇場版が公開されるとはまさに絶妙なタイミングとしか言いようがない。26話780分ツークール(あるいは13話390分ワンクール)というまとまった単位が必要なテレビアニメではなく、117分の劇場版だからこそ放映後1年で完成にまでこぎ着けられたのであろうが、それは映画という表現を選択した製作サイドの勝利である。
コロナによって注目の大作・話題アニメが次々と延期される中、逆に絶好のタイミングとなったこの作品は、何と全国367館(2020年10月12日公式HP調査)で上映という異例の公開規模となった。劇場サイドの期待度も大きく、TOHOシネマズ新宿に至っては初日12スクリーン中11スクリーンで42回上映、ファースト・ウィークエンド(金・土・日)で何と118回! という「エヴァ」並みの上映スケジュールとなっている。こうした状況を見ていても、PG12(12歳未満は保護者の助言・指導が必要)とはなったものの、おそらく2020年映画興行収入ベスト3に入る大ヒットになるのは間違いないであろう。
劇場版『無限列車編』で見るべき点
『無限列車編』はテレビシリーズ“立志編”の続編そのものと思ってよい。その見所は何と言っても、美しいキャラクター造形と息をもつかせない壮絶なアクションにある。
2019年放映の『鬼滅の刃』が凄かったのは、ストーリーが進んでも一向にクオリティが衰えないところにあった。通常、テレビシリーズの2クールものは途中でダレる場合がしばしばある。特にアクションシーンが多い作品の場合、本来なら動くべきはずのシーンが止まっていたり、作画が乱れたりするケースが多々あるが、『鬼滅の刃』においては全くそれが見られず、作品が持つ美意識が最後の最後まで余すところなく表現されていた。
『無限列車編』でも観客は華麗な映像や神作画に引き込まれたまま、気がつけば最後を迎えているであろう。そして、そんな鬼滅の映像を支えているのが、アニメ制作における「鬼殺隊」こと<ufotable>だ。
アニメ制作の鬼殺隊? 気鋭のスタジオufotableとは
『鬼滅の刃』は、主人公の竈門炭次郎が所属する鬼殺隊が“鬼”と戦う姿を描いた群像劇である。そのアニメ版の見所は、次々と登場する鬼殺隊と鬼との熱い戦いぶりであるが、そこには鬼殺隊メンバー以上の熱さで制作に取り組むufotableとういうアニメスタジオの存在があるのだ。
劇場版『空の境界』シリーズ(2007年~)で一躍注目を浴び、以降2011年からの『Fate』シリーズでその地位を確固たるものとしたufotableは、2017年には『活撃 刀剣乱舞』、2019年には『鬼滅の刃』を手がけるのだが、彼らの作品に取り組む際の最大の特徴はその集中力と熱量の大きさである。
ufotableとディズニーの共通点
ufotableは基本的に寡作なスタジオで、年間を通じてひとつの作品に全力集中するスタイルを貫き通している。通常、大手アニメスタジオでは同時に3~4つの放映作品を制作しているケースが多いが、ufotableはスタジオの規模としてはすでに大手と言えるレベルになっているものの、その人員をひたすら作品のクオリティアップに投入している。
日本のアニメスタジオは多産主義で人数が増えると作品も増え、そして外注も増えるというスタイルが多いが、かつてのウォルト・ディズニー、最近ではピクサーがそうであるように、ufotableではひとつの作品に集中することで良い結果を生み出している。
結果的にそれが作品に対して最大の宣伝効果をもたらしているのだが、もし、そんなufotableの姿を追った『鬼滅の刃』メイキングをつくったら、その鬼気迫る姿が見られて面白いであろう(笑)。もしコロナ禍における日常を抜け出して、最高の非日常を楽しみたいのなら、それが約束された『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』見逃す手はない。
文:増田弘道
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は2020年10月16日(金)より公開