ピクサー史上初の本格魔法物語
1995年の『トイ・ストーリー』から25年、ピクサー通算22作目となる『2分の1の魔法』が2020年8月21日(金)より公開となる。2020年のピクサーは2作品あって、同じく夏の予定だった『ソウルフル・ワールド』(ピート・ドクター監督)は12月11日(金)公開予定となった。
『2分の1の魔法』の見所は何といっても、ピクサーが初めて本格的に「魔法」に取り組んだということだろう。『メリダとおそろしの森』(2012年)にも魔法は出てきたが、決して主役ではなかった。しかし今回は、かつて魔法があふれていた世界がテクノロジーの進歩によってその力が弱まってしまった時代という設定を見ても、モロに魔法ものであり、しかもエルフの兄弟イアンとバーリーが幼い頃に失った父親を蘇らせるために冒険の旅に出るというストーリーは、今までのピクサーにはなかった展開である。そう、どちらかと言えば、むしろディズニーっぽい作品で、コロナ以前に公開されたアメリカでは『アナと雪の女王』(2013年)の兄弟版といった指摘もあったようだ。
今回の監督は、『モンスターズ・ユニバーシティ』(2013年)でデビューを果たしたダン・スキャンロン。ディズニー・アニメーション出身だが、2001年にピクサーに移籍し、演出家として頭角を現した若手監督である。ユニバーシティ以降、次回作を期待されながらも7年ぶりの新作となったのは、それだけピクサーの監督層が分厚いという事情によるものである。
『アベンジャーズ』が共通項のエルフ兄弟
いつものことながら、声を担当する俳優は日米共に豪華。主人公のエルフの少年は、『スパイダーマン』シリーズ(2017年~)のトム・ホランド(日本語吹替:志尊淳)、兄のバーリー役には『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズ(2014年~)や『ジュラシック・ワールド』(2015年)のクリス・プラット(日本語吹替:城田優)と、トム・ホランドとクリス・プラットは『アベンジャーズ』シリーズで共演した仲なので息はピッタリ。
https://www.youtube.com/watch?v=1XrrZgvi0yQ
アクション作品が多い二人だが演技力には定評があり、そこも作品の見所だ。というのも、アメリカの場合、アニメーションを作る前に声を録音してしまうプレ・スコアリングというシステムで、あとから声を吹き込むアフレコと違い、参考とする映像がまだない。そのため、俳優は単に声を録音するだけではなく、その後のアニメーション作業の参考になるように動きまで演じるのである。よくメイキング映像にあるように、ハリウッドの俳優が思い入れたっぷりにキャラクターを演じるのはそういった事情があるからだ。
すべての作品がヒットという奇跡のスタジオ
『2分の1の魔法』のテーマは正しく「魔法」であるが(原題は『Onward』)、そもそもピクサー自体が魔法の会社なのである。なぜなら、今まで作った22作品を全て大ヒットさせているという奇跡を起こしているからだ。
表1はピクサー第一作目の『トイ・ストーリー』から今回の『2分の1の魔法』までの北米でのBOX OFFICE(興行収入)。横に引かれている赤い線はアメリカで大ヒットの目安となる1億ドル(約110億円)のラインで、これを見ると、コロナの影響で公開中断中の『2分の1の魔法』を除き、すべての作品が上回っている。この確率は奇跡である。野球なら打率3割で強打者、バスケットでシュート成功率4割ならスーパースターの仲間入りだ。映画なら、良くて2~3割である。ピクサーと比べるのに適当なスタジオとしてスタジオジブリがあるが、その成功率は宮崎作品とそれ以外ではかなりムラがある。だがピクサーにはそれがない。
ディズニーにかけたピクサーマジック
ピクサーは映画づくり以外にも、非常に大きな功績を残している。その最大のものはディズニーにかけたマジックであろう。日本でディズニーといえばディズニーランドのことで、すっと華やかなイメージつきまとっているが、アニメーションに関しては結構波があったのである。
表2を見ると、1990年代前半の『美女と野獣』、『アラジン』、『ライオン・キング』3作品前後が低調だったということが分かる。特に2000年代に入って興行収入1億ドルの合格点に満たない作品が度々出るようになり、さらにショックだったのは、ウォルト・ディズニー生誕100周年記念の超大作『アトランティス/失われた帝国』(2001年)が思ったほどヒットしなかったことだ。リーダー不在、CGアニメーションへの転換に乗り遅れたことなどがその原因として挙げられるが、そこでディズニーはびっくりするような決断をする。ピクサーの買収である。
ウォルト・ディズニーの後継者はピクサーだった
スティーブ・ジョブズと犬猿の仲だったディズニーのマイケル・アイズナーに代わってボブ・アイガーがCEOになると、ピクサー買収の話が一気に進み2006年に傘下に入れた。さらに驚いたのは、ピクサー創業者でCEOのエドウィン・キャットマルがディズニー・アニメーションの社長に、監督のジョン・ラセターが同じくCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)に就任したことである。これは明らかにディズニーアニメーションの立て直しのためで、この起用が功を奏し、4年後に『塔の上のラプンツェル』(2010年)で再び復活を遂げた。そして、その後の『アナ雪』の大ヒット、さらには歴代北米市場2位となった2019年の『ライオン・キング』を見れば、ディズニーがピクサーマジックによって蘇ったのは明らかである。
このことでよくわかったのは、ディズニーの創業者であるウォルト・ディズニーの血を受け継いでいたのはピクサーであったということだ。ウォルト・ディズニーは挑戦が大好きで、常に新しい技術や表現を追い求めていたが、そのチャレンジ精神を継承したのが世界初のCGアニメーションに成功したピクサーだったのである 。ちなみに、同じように「東洋のディズニーになる」 という理念で出発した東映アニメーションの志を継いでいるのは、実はスタジオジブリだったりする 。
“天才”を必要としないスタジオ
では、ピクサーはどんな魔法を使ってアニメーションをつくっているのだろうか? それは一言でいうと「天才を必要としないシステム」という意外なものである。これは、ピクサーのやり方を間近で見たジブリの宮崎吾朗監督が思わず、「このやり方だと天才が要らない」とコメントしたことから来ている。
吉野屋タイプ(早くて安いがうまい)の日本のアニメづくりと違って、アメリカはステーキタイプ(時間とお金をかけるので美味しい)である。予算があるので(ということはスケジュールもあるということ)アニメーションを実際に作り、検討する余裕がある。それをみんなでよってたかって、ここが弱い、ここはこうした方がいいと面白くなるまで直しまくれば、いいものが出来上がるのは当然である。しかも、天才はいらないと言いつつも、ピクサーの人材はほぼ天才と言えるクリエーターばかりである。
さらに、ピクサーと他のスタジオと決定的に違うのが、コンピュータ・グラフィックス博士のキャットマルが理系的なアプローチで考え出した制作工学によって、最高の作品を「創造する環境」を実現させたことだ。天才を必要としないように考え抜かれた創作環境で、ほぼ天才のようなクリエーターが創作に専念しているというのがピクサーマジックの本質なのである。それに対し、宮崎吾朗監督が言いたかったことは、日本みたいな貧しい国は、一々映像を作れるような余裕はなく、したがって頭の中で全てシミュレーションできる天才を使って対抗するしか戦う方法がないということだったのである。
https://www.youtube.com/watch?v=tQ6ycrqUSSY
ピクサーの未来
天才を必要としないスタジオには、皮肉なことに天才のような人間が集まってくる。ピクサーの監督は層が厚いことで有名だが、最近は積極的に若手を起用している。残念な事件でジョン・ラセターは抜けたものの、『ファインディング・ニモ』(2003年)『ファインディング・ドリー』(2016年)のアンドリュー・スタントン(監督4作品/1965年生まれ)、『カールじいさんの空飛ぶ家』(2009年)や『インサイド・ヘッド』(2015年)のピート・ドクター(同3作品/1968年)、『Mr.インクレディブル』(2004年)のブラッド・バード(同3作品/1957年)、『トイ・ストーリー3』(2010年)や『リメンバー・ミー』(2017年)のリー・アンクリッチ(同3作品/1967年)の大黒柱に加えて、今回の『2分の1の魔法』のダン・スキャンロン(同2作品/1976年)、2019年の『トイ・ストーリー4』のジョシュ・クーリー(同1作品/1979年)、『アーロと少年』(2015年)のピーター・ソーン(同1作品/1977年)といった若手がいる。
ピクサーが人材育成にも成功しているということの証明だが、やがてディズニーのクラシック・アニメーションのように、誰が作品制作に参加しても歴史に残る傑作になるという伝説のスタジオになりつつあるようである。
文:増田弘道
『2分の1の魔法』は2020年8月21日(金)より公開
https://www.youtube.com/watch?v=YZLegOdvHyA&feature=emb_title
『2分の1の魔法』
妖精たちが暮らす不思議な世界――。美しい大自然を背景に、ユニコーンのような角を持つ美しい白馬のペガサスが空を飛び、色とりどりの尾びれを持つマーメイドたちは自由を謳歌し、神秘的な魔法が満ち溢れている……が、それは遥か昔の話。科学や技術が進化するにつれ、小人や妖精たちも便利な世界に慣れ、この世から魔法は消えてしまった。いまや空を飛ぶのはジャンボジェット機。美しい白馬ペガサスは“野良ペガサス”となり、街の地べたでゴミを漁る迷惑な存在に。
主人公は魔法が消えかけた世界に暮らす魔法を使えない内気な少年イアン。イアンは自分が生まれる前に亡くなった父に一目会うために、好奇心旺盛な兄のバーリーと共に、魔法を取り戻す冒険に出る。
制作年: | 2020 |
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監督: | |
声の出演: | |
吹替: |
2020年8月21日(金)より公開