手塚シンドバッドinブッ飛びアラビアン・ナイト!
手塚治虫の虫プロダクションによる映画『千夜一夜物語』(1969年)は“大人向けのアニメ”を標榜した3部作、『クレオパトラ』(1970年)『哀しみのベラドンナ』(1973年)の第1作目。後に『宇宙戦艦ヤマト』(1974~1975年)を手掛けることになる山本暎一が監督を、『科学忍者隊ガッチャマン』(1972~1974年)等で知られる宮本貞雄が作画監督を務めている。さらに美術監督・やなせたかし、音楽・冨田勲という豪華メンツを迎えて制作された、漫画の神様・手塚治虫の“攻め”の姿勢を感じさせる長編アニメだ。
チャーリー・コーセイ擁するザ・ヘルプフル・ソウルによる主題歌が鳴り響く中、主人公アルディンが砂漠を歩いてくる。このサイケなギターが唸るオープニングからして現代アニメにはないネットリとした空気をビンビンに放っていて、69年という時代を考えるとリアルタイムで鑑賞した人たちにはかなり斬新に響いたことだろう。アメリカではアポロ11号が月面着陸に成功し、ウッドストック・フェスティバルが開催された年、当時高校生だったら現在は70歳越えである。
「アラビアン・ナイト」てんこ盛りのハイテンションな2時間強!
イスラム文学の代表作「アラビアン・ナイト」を大胆な解釈でアニメ化した『千夜一夜物語』……と言われてもピンとこないかもしれないが、あの「アラジンと魔法のランプ」やご存知シンドバッドを主人公とする冒険物語の数々も「アラビアン・ナイト」の一節であり(後付け説あり)、「アリババと40人の盗賊」などの説話を複数ミックスし、かなり自由な物語に改変したのが本作だ。
劇中では女性だらけの島に降り立つなど、「女護島」伝説に「浦島太郎」をミックスしたようなシークエンスがあったり、終盤にはバベルの塔らしき建造物が登場したりと、まるでオムニバス作品のようなしっちゃかめっちゃかぶり。しかし、それが独特の勢いを醸成していて、なかなか得難いカタルシスがあるのも確かだ。
古典映画ファンならば、元ネタを同じくする『シンバッド七回目の航海』(1959年)でレイ・ハリーハウゼンが手がけた、ストップモーションによるサイクロプスやロック鳥みたいな怪物が登場するシークエンスに燃えるだろう。
ウリのひとつだった実写合成は背景を描き込むのを省略したのかな? という感じだし、エロを謳っていても現代の感覚からするとかなり控えめの表現ではあるが、当時のセル画のコッテリ具合と相まって妖艶な魅力を放っている。
終始サイケデリックな演出の数々は時代を反映していて、日本のアニメならではのデフォルメ感も、実写をトレースしたロトスコープ方式のカナダ産(エロ)ファンタジーアニメ『ヘビー・メタル』(1981年)のようなリアルさとは一味違う魅力にあふれている。
この声、誰⁉ 遠藤周作、小松左京、談志や巨泉らが(素のまんまで)ちょこっと声優デビュー!
しかし、あまりにも行ったり来たりの唐突な物語なので、あらすじを解説するのも一苦労だ。すかんぴんだが生命力だけは人一倍のアルディンは、バグダッドで奴隷の女性ミリアムと出会って一目惚れ。ミリアムを巡って拷問され這々の体で脱出するも、彼女は娘を出産し絶命してしまう。その後、すったもんだあった挙げ句に“魔神の船”を手に入れて航海へ出たアルディンは15年後、大商人シンドバッドと名乗ってバグダッドに舞い戻ってきたが……というのが中盤までのお話。個性豊かな人間や魔神たちが、甘美な肉欲と愛憎、富や権力への渇望、業の深さと運命の巡り合わせに翻弄される姿を描く、2時間超の壮大な叙事詩である。
なお、元老院議員や野次馬などの声優が不自然なことに気づくかと思うが、実は遠藤周作や吉行淳之介、北杜夫、筒井康隆、小松左京などなど錚々たる作家たち、さらに立川談志や大橋巨泉らだったりする。それが良い感じのアジになっているのも、本作がぽっかり広げた懐の深さゆえだろう。
『千夜一夜物語』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2021年1月放送