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『アメリ』脚本家の小説をアニメ映画化 物言わぬ“手”に感情を吹き込む音楽が秀逸なNetflix『失くした体』

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ライター:#森本康治
『アメリ』脚本家の小説をアニメ映画化 物言わぬ“手”に感情を吹き込む音楽が秀逸なNetflix『失くした体』
Netflixオリジナル映画「失くした体」独占配信中

第92回アカデミー賞の長編アニメーション部門はディズニー/ピクサーの『トイ・ストーリー4』が受賞したが、ノミネート作品はいずれも秀作揃いだった。

ドリームワークスの『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』、ライカのストップモーション・アニメーション『ミッシング・リンク(原題)』、スペインのセルジオ・パブロス・アニメーション・スタジオ製作の『クロース』などファミリー向けの作品が並ぶ中、大人向けのアニメーションとして異彩を放っていたのが、フランスのアニメーション製作会社シーラムの『失くした体』だ。

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切断された手が“失くした体”を探してパリの街を彷徨う

本作は、パリの医療施設に保管されていた“切断された右手”が、手の持ち主である孤独な青年ナウフェルを探して街を彷徨うダーク・ファンタジー。『アメリ』(2001年)や『ミックマック』(2009年)などジャン=ピエール・ジュネ監督作の脚本を手掛けたギョーム・ローランの小説「Happy Hand」が原作と聞けば、この奇抜な設定にも思わず納得してしまう。監督/脚本のジェレミー・クラパンもまた、『Une histoire vertébrale(原題)』(2004年)や『Palmipédarium(原題)』(2012年)などの短編アニメーションで高い評価を得た鬼才クリエイターである。

本作がファミリー向けのアニメーションだったら、手が喋ったり、モノローグが挿入されたりするのかもしれないが、『失くした体』の“手”は言葉を発しない。その代わりにナウフェルの様々な記憶がフラッシュバックで描かれるので、我々はそれを通して、彼の子どもの頃の思い出や不幸な出来事、ままならぬ人生への失望、失恋の痛みなどを知ることになる。

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そんな“手”が道中で出くわす鳩やネズミ、犬などの動物たちも、ディズニー映画のような愛嬌のある存在ではないし、ハエに至っては、悲劇を予兆する不吉な存在としてナウフェルの前に現れる。図書館司書ガブリエルとのビターな恋模様も含めて、現実の厳しさを突きつけるヘヴィな物語だが、その一方で高揚を喚起するドラマティックな瞬間も多数存在する。それを切なくも美しく彩るのが、ダン・レヴィの音楽である。

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来日経験もあるフランスのエレクトロ・ポップ・アーティストが音楽を担当

本作の音楽を担当したダン・レヴィは、フィンランド系フランス人のオリヴィア・メリラティと共にエレクトロ・ポップ・デュオ「The Dø(ザ・ドー)」で活躍するフランスのマルチ・ミュージシャン。彼らは『エンパイア・オブ・ザ・ウルフ』(2005年)や、伊勢谷友介・加瀬亮らが出演した『パッセンジャー』(2005年)などの映画音楽の作曲も手掛けている。

Shake Shook Shaken – The Dø
発売・販売元:Rambling RECORDS Inc.
品番:RBCP-2913

ザ・ドーでは今日までに3枚のアルバムをリリースしており、ファーストアルバム「A Mouthful」は母国のアルバムチャートで首位に輝いた。2014年のサードアルバム「Shake Shook Shaken」は日本盤がリリースされ、翌年にはサマーソニックとブルーノート東京で初来日公演を行っている。同アルバムには「Trustful Hands」という曲が収録されており、本作との不思議な縁を感じさせる。

運命を俯瞰し、“手”に命を吹き込む音楽

『失くした体』の音楽はシンセサイザー・サウンドを中心に、レヴィ自らが弾く楽器(キーボード、ベース、フルート、ギター)と、ストリングス・カルテットの演奏を用いた構成となっている。そして音楽をより深く聴きこんでいくと、レヴィが一般的なアニメーション映画の曲作りとは異なるアプローチを行っていることが分かる。

『失くした体』オリジナル・サウンドトラック
音楽:ダン・レヴィ
発売・販売元:Rambling RECORDS Inc.
品番:RBCP-3359

通常アニメーション映画の音楽は、キャラクターの動きとシンクロしたものであることが望まれるが、本作のスコアではそういった手法を用いていない。レヴィは出来上がったアニメーションを見てから曲を作ったのではなく、脚本とラフスケッチ、ストーリーボードからインスピレーションを得て曲を書き進めていったという。このことによって、キャラクターの動きなどに制約されない自由な音楽表現が可能になったと言えるだろう。

また、ナウフェルの子どもの頃の夢がピアニストと宇宙飛行士だったことが劇中で描かれているものの、レヴィはスコアのメイン楽器にピアノを使うような分かりやすい音楽演出をあえて避けている。本作のメインテーマ「J’ai Perdu Mon Corps」はシンセによる反復フレーズが印象的な楽曲となっているが、冷ややかで寂しげなメロディがスコアの中で繰り返し演奏される度に、微妙なサウンドの変化が不思議な高揚感を生み、蘇る記憶と、「既定路線を変え、行く先(=運命)を変える」という物語のテーマを描き出す。そして、その過程で物言わぬ“手”にも命を吹き込んでいく。切なくも、どこか希望を感じさせる音楽に胸が熱くなる。

Netflixオリジナル映画「失くした体」独占配信中

本作ではレヴィのスコアのほかに、ヒップホップ・ナンバーの「Camtar」と「Sale Soirée」、S+C+A+R+Rの「You’re the One」、ローラ・カエンの「La Complainte Du Soleil」という4曲のボーカル曲が劇中で使われているが、いずれもレヴィが楽曲プロデュースとアレンジを手掛けている。

ダーク・ファンタジー、ミステリー、青春ドラマ、そしてSF――あらゆる要素が渾然一体となった、幻想的なエレクトロ・ポップ・サウンドである。

文:森本康治

『失くした体』はNetflixで独占配信中

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『失くした体』

体を求めて街をさまよう切断された手と、ひとりの青年の心に芽生えた淡い恋心。パリを舞台に、恋愛と謎が交錯する不思議な冒険を描いた、繊細なアニメ作品。

制作年: 2019
監督:
声の出演: