「冷たい方程式」に対する答えを提示した映画『アポロ13』とアニメ『プラネテス』【アッチ(実写)もコッチ(アニメ)も】
SF小説の古典に「冷たい方程式」(トム・ゴドウィン著)という短編がある。ある調査隊を救うために出発する宇宙船。だが、その宇宙船には密航者の少女が乗船していた。彼女には彼女なりの理由があったが、それにより宇宙船の燃料が足りなくなり、目的地に無事に到着できないという状況に追い込まれる。これでは調査隊のメンバーも救うことができない。
少女を宇宙へ放逐すれば調査隊を救うことができ、少女の存在を認めれば調査隊を救うことができない。倫理学の思考実験である“トロッコ問題”にも通じる緊急避難が、この短編の主題だ。そして宇宙を舞台にした映画『アポロ13』(1995年)もアニメ『プラネテス PLANETES』も、この「冷たい方程式」を思い出させる部分がある。
宇宙船の“冗長性”に解決の糸口を見出す『アポロ13』
『アポロ13』は、アポロ13号の事故という事実が題材。月を目指していたアポロ13号は、機械船の酸素タンクが爆発してしまう。それにより飛行士たちは深刻な電力と水の不足に見舞われることになる。司令船には独自のバッテリーと酸素が搭載されているが、それらは大気圏再突入の際に必要なもので使うわけにはいかない。限られたリソースという絶対的な条件の中、地上のNASAスタッフと宇宙の飛行士たちは、生還のための方程式を解くことになる。
「冷たい方程式」に向けられた批判のひとつに、この作品が「宇宙船に十分な冗長性がない、という設定によって成立している」というものがあるという。通常の工業製品にはかならず冗長性が持たされており、普通は安全基準を少々オーバーしてもいきなり破綻するようなことはない。「冷たい方程式」は、作中の主題を明確に打ち出すために、あえて極端な状況を描いているというわけだ。
一方『アポロ13』は現実の宇宙船が題材だ。確かに限られたリソースで生き延びなくてはならない状況ではあったが、アポロ13号には広い意味での“冗長性”があり、それが生還の鍵になる。
例えば着陸船にある二酸化炭素吸収フィルターのろ過能力が追い付かず、二酸化炭素の割合が増加するという危機が発生している。司令船側の予備のろ過装置を使おうとしても、着陸船のろ過装置とは形状が違うため使うことができない。この絶体絶命の状況を解決するために使われたのは、船内にある“余った”ボール紙やビニール袋。これをテープで張り合わせて筺体を作り、司令船側のろ過フィルターをなんとか使えるようにしてしまったのだ。
実話を基にしていなければご都合主義といわれてしまいそうな展開だが、『アポロ13』はこのようにして方程式を解いたのだ。
冷たい“方程式”に正面から向かい合う『プラネテス』
かたや『プラネテス PLANETES』では「方程式」的状況が2回でてくる。一つは第20話「ためらいがちの」で描かれた、木星往還船フォン・ブラウン号の乗組員試験。受験者4人で密室空間で過ごすテストの最中、トラブルが発生し、酸素残量が減ってしまう。試験終了時間まで3人だったら生き延びられる。4人で生きるためにボタンを押して失格するか、3人だけ生き延びるか。この時は、やはりある種の“冗長性”を使って事態を乗り越える様子が描かれる。
もうひとつは第24話「愛」。テロリストの攻撃を避けて月面に投げ出された2人。救命カプセルの無線機は壊れ、一人はけが人。限られた酸素の中で、どうすれば生還できるか。絶体絶命の状況に置かれたヒロイン、タナベは、けが人を背負い、計算上は酸素残量ギリギリで到達できるはずの最寄りの有人通信施設を目指す。
けが人を置いていけばタナベは助かる。だが、タナベはそれを選ばない。そして(当然ながら)予想よりもはるかに酸素を消費した結果、通信施設に辿り着く前に酸素不足のアラームが鳴り始める。このタナベの決断の結果は本編を見ていただくとして、ここでタナベは(そしてスタッフは)「冷たい方程式」の“冷たさ”に正面から向かい合っているのだ。
冷たい方程式に正解はない。ただ、そこには人間の“知恵”と“人生観”が映し出されるだけなのだ。
文:藤津亮太
『アポロ13』はCS映画専門チャンネル ムービープラスにて2019年11月放送