米津玄師による主題歌効果も? 平日昼から劇場大盛況!
五十嵐大介のコミックを『鉄コン筋クリート』(2006年)『ムタフカズ』(2017年)の<STUDIO4℃>がアニメーション化した『海獣の子供』。私は新宿の映画館で観たのだが、平日の、特に割り引きのない昼間にもかかわらず9割がた席が埋まる盛況であり、その多くが学生らしき男女だった。
米津玄師の主題歌効果? だとしたらすごい。(まさか『天気の子』[2019年7月19日公開]と間違えているわけではないよね……。※友人の実話)。私は稲垣吾郎が主人公の父親の声を担当しているので観に行った。
主人公は、中学生の安海琉花(芦田愛菜/声の出演。以下同)。彼女は夏休み初日に部活で問題を起こして居場所を失い、別居中の父・正明(稲垣吾郎)が働く水族館を訪れる。そこでジュゴン=海獣に育てられたという不思議な少年・海(石橋陽彩)と、兄の空(浦上晟周)に出会う。海と空はザトウクジラの“ソング”(クジラが位置やイメージを伝えあう超音波でのエコーロケーション)を理解できるなど特殊な能力があり、海洋学者たちはその謎を解明しようとするが、スポンサーである軍や企業は彼らの能力を海洋開発に利用しようと考えていた。
そして兄弟と琉花の交流は、“祭り”と呼ばれる、すべての“海”を、そして“宇宙”をも巻き込むような不思議な現象へとつながっていく。
イメージソースは『2001年宇宙の旅』『グラン・ブルー』『ベティ・ブルー』?
一見すると『グラン・ブルー(グレート・ブルー)』(1988年)のような、少女と“海”から来た謎の少年との神秘的なラブストーリーのようだが、さにあらず。圧倒的な映像美の中、神秘的ではあるけれど、後半、海と空と星の、生命の神秘と、宇宙をめぐる壮大なイメージの洪水へと、怒濤のごとくなだれ込んでいく。青の氾濫というか、“海”の生命力を感じさせる映像の美しさに圧倒されてしまった。
芦田愛菜が舞台挨拶で「生命の誕生や起源、神秘が描かれていて、明確な答えのない作品だと思います。身体全体で感じたことを大切にしていただけたら嬉しいです」と言っていたように、『海獣の子供』は“海”、“水”、“青”の表現を追求した映像を浴びるように感じる、いわば「考えるな、感じろ映画」だ。わかりにくい部分は正直ある。映画館でも「わー、よかったー」という声と共に、「よくわからなかった」と話している声もぱらぱらと聞こえた。
ああ、あの場にいた彼や彼女に伝えたい。『2001年宇宙の旅』(1968年)と『グラン・ブルー』、そして『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』(1986年)を観ればきっと何かわかるよ。おそらくこの3本が、渡辺歩監督のイメージのベースにあったのではないか。後者2本は、どちらも“空”と“海”の青が印象的だったし、『ベティ・ブルー』で主人公ゾルグを演じたのは、ジャン=ユーグ・アングラードだった(美しかった!)が、『海獣の子供』の美形な海洋学者の名前もアングラード(森崎ウィン)だ。
『海獣の子供』は、エロスの匂いがするところも『ベティ・ブルー』に通じるものがある。とはいえ、子供も楽しめる映画なのであくまで暗喩的に生命の起源、受精、そして輪廻転生をイメージさせる。琉花がクジラのお腹にまるで着床するかのように呑み込まれたり、隕石を飲み込んだり、また、正明が別居中だった妻の加奈子(蒼井優)の元を訪れ、桃を食べるシーンは、二人が和解し、セックスをしたことを示唆する。桃は桃太郎の例をとるまでもなく子づくりの象徴である。エキセントリックな加奈子と、淡々としている正明の関係も、ベティとゾルグを思わせる。
『ベティ・ブルー』では、ベティはゾルグとの子供を必死に望むものの報われない。さらに『グラン・ブルー』も『ベティ・ブルー』も、精霊と人間の異類婚姻譚ともいうべき趣があるのだが、その点も『海獣の子供』に通じる。米津玄師の主題歌「海の幽霊」の英題が「Spirits of the Sea」なことからもわかるように、海獣の子供である海と空は一種の精霊(Spirits)だ。そして『2001年宇宙の旅』のスターチャイルドのように、海はどんどん赤ん坊に戻っていく。
稲垣「自分自身を認めさせてくれて、人生を後押ししてくれる優しい映画」
初日舞台挨拶で稲垣吾郎が、「すごくテーマが大きい。広い全宇宙から見たら、一人の人間はちっぽけなものかもしれない。それでも一人一人が全宇宙とつながっていて、自分も宇宙の一部なんだ。自分自身を認めさせてくれ、人生を後押ししてくれるような優しい映画」と語っていた。映画の中では自分をどう肯定し、他者をどう肯定するのかもキーポイントとなっていく。
体感型の映像を邪魔しない、声優のキャスティングも気が利いている。面白いのは「事件性を帯びてきても、あのお父さんは飄々としている」と稲垣吾郎が言っていたように、子供たちが行方不明になっても、正明はあまり慌てない。ちょっと達観したような、どこか浮世離れした部分も稲垣吾郎にぴったりで、実際、監督はどんどん描きながら稲垣に寄せていったそうだ。
芦田愛菜は、他者とのコミュニケーションを取るのが苦手な琉花の戸惑いや揺らぎを見事に表現し、天才・愛菜ちゃんという存在感を消し去っている。あ、やっぱり天才か。そして、ヨットで暮らす老女デデの声が富司純子だったことにも驚いた。ちょっとシャーマンのような雰囲気を醸していて、映画の水先案内人にぴったりだった。ジムの田中泯もハマり役だ。
稲垣が「体感型の映画なので、大きなスクリーンで全身で感じていただきたい」と言っていたように、水族館の大水槽のような大きなスクリーンで観ることをおすすめしたい。
文:石津文子
『海獣の子供』は2019年6月7日(金)より公開