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「人生とはそれ自体が不条理なもの」アカデミー賞ノミネート『イニシェリン島の精霊』 マーティン・マクドナー監督が語る コリン&ブレンダンとの胸熱エピソードも

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ライター:#佐藤久理子
「人生とはそれ自体が不条理なもの」アカデミー賞ノミネート『イニシェリン島の精霊』 マーティン・マクドナー監督が語る コリン&ブレンダンとの胸熱エピソードも
『イニシェリン島の精霊』©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

『スリー・ビルボード』(2017年)で世界中の映画ファンを唸らせたマーティン・マクドナー監督の新作『イニシェリン島の精霊』が、いよいよ日本で公開される。ワールドプレミアを迎えた昨年のヴェネチア国際映画祭で男優賞(コリン・ファレル)と脚本賞をW受賞し、ゴールデングロープ賞ではミュージカル/コメディ部門の作品賞を含む3部門を制覇。第95回アカデミー賞では主要8部門9ノミネートを果たしている。

監督とは付き合いの長い盟友、ファレルとブレンダン・グリーソンを従え、前作以上にシニシズムと笑いを備えた、なんともカテゴライズするのが困難な、独創的な人間ドラマを描き出した本作。興奮に沸いたヴェネチアでキャッチした監督のインタビューをお届けする。

ブレンダン・グリーソン、コリン・ファレル、マーティン・マクドナー監督 @ヴェネチア国際映画祭/撮影:佐藤久理子

「僕の映画はいつもヴァイオレントな終わり方をする」

―アイルランドの牧歌的な孤島を舞台に、突然友人が絶交を言い渡すことから始まり、笑っていいのか悲しんでいいのか迷っているあいだに事態がどんどん悪化していく、とても形容しがたい物語ですが、ご自身としてはどんなジャンルと捉えていらっしゃるのでしょうか。

自分でも奇妙な映画だということはわかっているよ(笑)。とても悲しい話だけど、優しさや愛はあると思う。べつに悲しい映画を作ろうと思ったわけじゃないんだ。ただ僕の自然なサガとして、どうしても人間同士の亀裂や溝といったものに興味を奪われてしまう。それでもつねにどこかコメディ・タッチを残すことを心がけている。悲しみをやり過ごすためには、そういう要素が大事だと思うから。悲しみとユーモアのバランスを取ることに惹かれるんだ。

―不条理なことが起こるのは、世の中の比喩ということでしょうか。

僕自身は、必ずしも不条理とは思っていない。ロバの身の上に起こることも含めてね(笑)。ハリウッド映画の基準で言えば、説明がない分、不条理に映るかもしれないけれど。これまで友人だった男が急に縁を切ると言い出す、その始まりは理不尽だと思えるかもしれないが、その後の話は論理的で真実味があると思う。少なくとも、そう思えるものを目指した。でもたしかに、人生とはそれ自体が不条理で、わけがわからないものとも言える。そういう意味で逆説的に、それほど現実味がないわけでもないと思うんだ。

『イニシェリン島の精霊』©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

―また、監督の作品はつねにヴァイオレントな要素がありますが、暴力をスクリーンで描くことに惹かれるのでしょうか。

本作が僕の映画のなかでは、もっともヴァイオレンス度の低いものだと思っていたんだけど……たしかに後半起こることを考えたら、そうでもないね(笑)。実際、僕の映画はいつもヴァイオレントな終わり方をする。キスや抱擁で終わることはない。否、もしかしたら次回作はそういうものを撮るかもしれないな(笑)。でもこういう終わり方はドラマティックだから好きなんだ。とはいえ、パードリック(ファレル)がしつこくコルム(グリーソン)に歩み寄って、コルムが彼を脅したあと次に何が起こるか、二人の関係がどうなっていくかは、正直書いている最中は決めていなかった。どんな展開になるのがもっとも論理的かを考えたら、ああいう結果になったまで。だからヴァイオレントな終わり方にしようと決めていたわけじゃないし、暴力を描くことが目的ではないんだ。

「コリンとブレンダンが、いろんなプレッシャーから僕を守ってくれた」

―コルムにとってパードリックの人生は不毛に映るわけですが、パードリック自身にその意識はないですし、むしろ彼の人生の方が観客から見たら幸福に見えます。

そうだね。パードリックの人生は、お喋りと飲むこと。他人から見たらそれは時間の無駄に映るかもしれないが、彼にとっては大事なことだし、彼はそれさえあればハッピーだ。パードリックの世界に不毛という言葉はない。でも問題は、他人がみんな彼のように考えているわけではないこと。そこに亀裂が生まれ、悲劇が起こる。

『イニシェリン島の精霊』©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

―本作はあなたにとって、コリン・ファレルとブレンダン・グリーソン共演の3度目の作品となりますが、そもそも彼らとはどんな経緯で出会ったのでしょうか。

僕はもともとブレンダンの仕事に魅せられていた。映画を撮る以前から、ずっと彼と仕事がしたいと思っていたんだ。で、彼と仕事をする前に、舞台の仕事で彼の息子さんのドーナル(・グリーソン)と仕事をした。あとで知ったんだけど、そのときドーナルがブレンダンに、僕の戯曲を見せていたそうだ。それで初めて短編(『Six Shooter』[2004年])を撮ることになって、ぜひドーナルとともにブレンダンにも頼みたいと思った。コリンもずっと大好きな俳優だった。だから最初の長編『ヒットマンズ・レクイエム』(2008年)でふたりに出てもらうことが叶って、本当にハッピーだった。

彼らは僕にとって特別な存在だ。というのも、『ヒットマンズ〜』のときに、彼らは結託して僕を守ってくれたから。新人監督なんてものは、外部からのプレッシャーがいろいろと働くものなんだ。でも彼らは僕が撮りたいものを撮れるように、脚本を書き換えたりしなくて済むように守ってくれて、おかげで結果はすごくうまくいった。だからまた一緒に仕事をするのは自然な成り行きだった。で、やるからには『ヒットマンズ〜』より劣るものは作りたくないと思ったし、毎回異なるものにしたいと思った。そうやって『セブン・サイコパス』(2012年)や、今回の新作ができたわけなんだ。

メイキング 『イニシェリン島の精霊』©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

―あなたの作品ではセリフの妙にも定評がありますが、俳優とはどのような仕事の仕方をするのでしょうか。

自分にとってはディテールがすべてと言えるぐらい大切だ。セリフについて言うなら、間のひとつひとつにも気を使う。今回もいつものように、撮影に入る2、3週間前からリハーサルを開始した。それは僕にとって、俳優と話しをする時間だ。脚本についてどう思うか、セリフはどうか。そこで僕らはお互い話し合って、このシーンは何を意味するか、どこに間を置くか、それはなぜ必要か、あるいは他の演じ方があるかどうかなどを徹底的に話し合う。だから撮影のときにはもう、少なくともアウトラインは決まっているんだ。

マーティン・マクドナー監督 『イニシェリン島の精霊』©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

―ちなみにブレンダンがヴァイオレインを弾くシーンはとても印象的ですが、彼自身が弾いているのですよね?

彼は素晴らしいバイオリン・プレイヤーだよ。映画のなかでブレンダンが弾いているのは、彼が書いた曲だ。本作の影響で、彼が世界中をツアーして回れるようになることを願うよ(笑)。

取材・文:佐藤久理子

『イニシェリン島の精霊』は2023年1月27日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかロードショー

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『イニシェリン島の精霊』

本土が内戦に揺れる1923年、アイルランドの孤島、イニシェリン島。島民全員が顔見知りのこの平和な小さい島で、気のいい男パードリックは長年友情を育んできたはずだった友人コルムに突然の絶縁を告げられる。急な出来事に動揺を隠せないパードリックだったが、理由はわからない。賢明な妹シボーンや風変わりな隣人ドミニクの力も借りて事態を好転させようとするが、ついにコルムから「これ以上自分に関わると自分の指を切り落とす」と恐ろしい宣言をされる。美しい海と空に囲まれた穏やかなこの島に、死を知らせると言い伝えられる“精霊”が降り立つ。その先には誰もが想像しえなかった衝撃的な結末が待っていた…。

監督・脚本:マーティン・マクドナー
出演:コリン・ファレル ブレンダン・グリーソン
   ケリー・コンドン バリー・コーガン

制作年: 2022