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毒ガスで死ぬか、政府推奨の尊厳死か『サイレント・ナイト』は皮肉と知性のクリスマス・コメディ

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ライター:#稲垣貴俊
毒ガスで死ぬか、政府推奨の尊厳死か『サイレント・ナイト』は皮肉と知性のクリスマス・コメディ
『サイレント・ナイト』© 2020 SN Movie Holdings Ltd

優しく、恐ろしく、愉快で、そして知性的な作品だ。「クリスマス・イブに地球が滅びる」という衝撃的な設定のクリスマス映画『サイレント・ナイト』は、力いっぱい、ユーモアたっぷりに“クリスマス映画”というジャンルを遊びながら、冷静に(そして製作陣さえも予想しなかった角度から)現実を深く突き刺してみせる。

『サイレント・ナイト』© 2020 SN Movie Holdings Ltd

地球滅亡のクリスマス・イブ

舞台はイギリス郊外の田舎に建つ屋敷。主人のサイモン&ネル夫婦と3人の息子たちはパーティーの準備に勤しんでいた。今宵はクリスマス・イブ、一同はなるべくハッピーな時間を送りたい。なにしろ今、イギリスにはあらゆる生物を死滅させる毒ガスが迫っているのだ。ガスを吸った者は、みな地獄のような痛みと出血に苦しみながら息絶えるという。

『サイレント・ナイト』© 2020 SN Movie Holdings Ltd

人類の滅亡を控え、夫婦の旧友たちが続々と集まってくる。活発だが自己中心的な妻・サンドラと控えめな夫・トニー、ワガママ娘・キティの一家と、レズビアンのカップルであるベラ&アレックス、医師・ジェームズと若い妻ソフィ。この夜、彼らは政府推奨の「EXITピル」を全員で服用しようとしていた。ガスが到達する前に薬を飲めば、苦痛なく、尊厳ある死を迎えられるのだ。大人たちは子どもを怖がらせまいと、その計画を告げることなくEXITピルを息子や娘にも飲ませる算段だった。

『サイレント・ナイト』© 2020 SN Movie Holdings Ltd

もっともパーティーが始まるや、一同の関係はどこかギクシャクしはじめる。滅亡直前にもかかわらず大人たちは小競り合いを始め、子ども同士も仲良しとは言いがたい。しかも大人の中にもEXITピルを飲まないと主張する者が現れるほか、親たちの計画は子どもにバレてしまい……。そんな中、サイモン&ネルの長男・アートは、とある可能性を信じ始めていた。

コミカルなクリスマス・コメディ、悲劇に暗転

『サイレント・ナイト』の特徴は、あくまでもクリスマス映画として幕を開けるところだ。映画の序盤はとりわけライトなテイストで、シニカルだが軽やかなユーモアが魅力の、まごうことなき“イギリス流クリスマス・コメディ”。パーティー前後のコミカルな会話劇では、サイモン役のマシュー・グードやネル役のキーラ・ナイトレイら俳優陣による充実した演技と、不遜で不謹慎な笑いを気軽に楽しむことができるだろう。

『サイレント・ナイト』© 2020 SN Movie Holdings Ltd

監督・脚本のカミラ・グリフィンは、本作が長編デビューながら、意地悪なコメディの中にSF的な不穏さをたたえた会話劇に長けている。家族のピリッとした空気や大人同士のマウント合戦、昔の恋愛をめぐる(しょうもないが)ドロドロとしたやり取りなどで観客をニヤニヤさせながら、「今日で世界が終わる」という特殊な設定を会話の端々に滲ませるのだ。思わず耳を疑ってしまう台詞から、終末を控えた世界の退廃ぶりを感じさせもする。

やがて、物語は毒ガスとEXITピルをめぐる悲劇へとゆるやかに移行してゆく。グリフィンの問題意識は明確で、「毒ガスによる地球滅亡」という設定の背景には気候変動の脅威があるほか、劇中のユーモアにも世界情勢への不安や政治不信、陰謀論などの(きわめて同時代的な)文脈が存在するのだ。とくに政治不信や権力への抵抗は前面に表れており、映画中盤からはEXITピルに関する不平等・不公平や、そもそも政府の提案を無批判に受け入れてよいのかというシリアスな主題が浮き彫りになってくる。

『サイレント・ナイト』© 2020 SN Movie Holdings Ltd

『キック・アス』『キングスマン』シリーズの監督であるマシュー・ヴォーンは、本作の脚本を読んで製作を快諾した。それもそのはず、本作にはマシュー・ヴォーン作品に通じる点がいくつもある。ヴォーンはアクションやスパイのジャンルを遊ぶ名人だが、グリフィンもクリスマス映画を余裕たっぷりに遊ぶ。ジャンル映画でありながら、温かい人間ドラマや社会への眼差しを決して取りこぼさないところも同じだ。

『サイレント・ナイト』© 2020 SN Movie Holdings Ltd

本作はクリスマス・コメディの体を取りつつも、実際にはかなりダークでグロテスクな物語だ。それを笑いと温かさに包む監督の手腕はもちろんだが、特筆すべきは事実上の主人公・アートを演じるローマン・グリフィン・デイヴィスだ。『ジョジョ・ラビット』(2019年)に続き、今回が映画2作目となるローマンは、なんとグリフィン監督の実の息子である(双子の弟ハーディ&ギルビーもアートの弟として出演)。「なぜ息子にこの役を……」という役回りだが、彼の存在がこの作品を“クリスマス映画”として成立させているのも事実。『ホーム・アローン』(1990年)当時のマコーレー・カルキンを思わせるキュートさとピュアネスはかけがえのないものだ。

『サイレント・ナイト』© 2020 SN Movie Holdings Ltd

「反ワクチン映画ではない」映画の意味がコロナ禍で変化

のほほんと笑って見ていると、終末のダークさと現実へのシニカルな視線、そして家族と生死をめぐる人間ドラマが顔を出してくる巧みな脚本は、それだけで見どころたっぷり。シリアスとコメディのバランスも丁寧で、グリフィンによる演出の的確さと細やかさがうかがえる。監督自身が『メランコリア』(2011年)や『ラブ・アクチュアリー』(2003年)と比較しながら語ってもいるように、まさに本作はあらゆる作風の絶妙なブレンドを楽しめる一作だ。

ただし本作もまた、2020年以降の新型コロナウイルス禍で大きな影響を受けていた。脚本はコロナ禍の前に完成し、撮影も大部分は2020年初頭に終わっていたから、現実とのシンクロはまったくの偶然。しかし気候変動や世界からの孤立といったモチーフは、いま観るとコロナ禍を否応なく想起させるだろう。

『サイレント・ナイト』© 2020 SN Movie Holdings Ltd

それ以上に議論を呼んだのは、一部で「反ワクチン映画ではないか」との批判がなされたことだ。劇中ではEXITピルをめぐり、ピルを信じる者と信じない者が対立するほか、「ピルは根拠薄弱」「ピルを飲まなければ生き延びられるのでは」という台詞も登場。期せずして現実のワクチン推奨派・ワクチン反対派のやり取りを先取りしたような場面もある。言うまでもなく、EXITピルをコロナワクチンのメタファーとして読むことはたやすい。

しかし指摘を受け、本国公開後にグリフィン監督は「反ワクチン映画ではないし、私と家族はワクチン接種を受けています」とインタビューで説明。むしろ本作が批判しているのは、現実の反ワクチン派に多い共和党支持者ら保守派層であるとさえ言い切る事態となっている。「あらゆる意見を歓迎したいし、誰もが同意すべき意見というものはないけれど、自分が大切にしたいことの映画を作ったら(反ワクチン映画だと思われて)残念です」と。

『サイレント・ナイト』© 2020 SN Movie Holdings Ltd

ただし「反ワクチン映画ではない」という前提に立ちながら、それでもあえて言うべきことは、本作が生命の自己決定権を描いた映画であることだ。誰もが苦しんで死ぬ状況でも、親が子どもに真実を告げず死を強制してはならないのではないか。自分の生命に対する判断の権利はそれぞれが持っているのではないか。それらと科学や政治、あるいは家族の意志が衝突した時、どこに妥協点を見出すことができるのか……。

コロナ禍を経て、本作のはらんでいたデリケートな側面が、監督がまるで想像しなかった形で強調されたことは否定できない。いわゆる「反ワクチン派」だと一言で切り捨ててしまえるような紋切り型の描き方ではなく、“何らかの理由があってワクチンを打ちたくない人々”の心理に近いものが、たまたま人物描写の中に表れていることも。しかしそれ自体は、(この情勢だから複雑に見えるものの)本来は丁寧な脚本と演出の美点であるはずだ。

映画にかぎらず、あらゆる物語は、ときに自分とは異なる他者を想像するための道具となる。その意味でいえば、『サイレント・ナイト』は非常に優れたブラックコメディでありながら、同時に作り手の意図さえも超えて、よりタイムリーな形で他者を想像するための物語にもなりうる。

『サイレント・ナイト』© 2020 SN Movie Holdings Ltd

もっとも本作は、あくまでもブラックかつシニカルな映画であろうとする。観る者がどの視点に立とうとも、この映画はエンドクレジットまで風刺と皮肉に満ちているのだ。そして、それゆえにこそ本作はわずか数年間の同時代性だけに振り回されない強度を獲得できたようにも思われる。ローン・バルフによる「きよしこの夜」のアレンジも――これほど現実と重なる映画なのに――たしかにほんの一瞬だけ、この現実を忘れさせてくれるのだ。

文:稲垣貴俊

『サイレント・ナイト』は2022年11月18日(金)よりグランドシネマサンシャイン池袋ほか全国公開

https://www.youtube.com/watch?v=qa5KEOFnzgo

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『サイレント・ナイト』

田舎の屋敷でクリスマスのディナー・パーティーを催そうとしているイギリス人夫婦のネルとサイモン、彼らの息子たちであるアート、双子のハーディ&トーマスの5人家族のもとに、学生時代の親友たちとその伴侶が次々と集まってくる。子供を含む全12人の男女は久々の再会を楽しんでいたが、今年はいつものクリスマスとは違っていた。あらゆる生物を死に至らしめる謎の猛毒ガスが地球全土を席巻し、明日にもイギリスに到達するのだ。果たして、彼らは“最後の聖夜”をどう過ごすのだろうか……。

監督・脚本:カミーユ・グリフィン

出演:キーラ・ナイトレイ マシュー・グード
   ローマン・グリフィン・デイヴィス アナベル・ウォーリス リリー=ローズ・デップ

制作年: 2021