2014年夏、イラク西部のヤジディ教徒の村を襲撃して暴虐のかぎりをつくすイスラム過激派組織「イラクとシリアのイスラム国(ISIS、以下“IS”)」。ザラは父親を殺され、弟をチャイルド・ソルジャー要員として拉致されたうえに、自身も奴隷として売られてしまう。
“奉公先”から逃げ出したザラは女性だけで編成された部隊「蛇の旅団」に救出される。父親の仇を討つため、そして弟をISから取り戻すため、ザラはコードネーム「レッド・スネイク」として銃を手にする――。
男尊女卑テロ組織 VS 女性たちの戦い
イラクやシリアの町々を襲い、掠奪・斬首処刑・火刑・強姦を繰り広げたISは、すでにいくつもの映画の主題になっています。
以前ご紹介した『モスル~あるSWATの戦い~』(2019年)はISと戦う男たちの実話を元にしたドラマでしたが、そこでの女性は夫の助けを待つばかりの存在でした。本作『レッド・スネイク』は、人格を無視されてきた女性たちが自らの尊厳を賭けて戦う姿を描きますが、これも『バハールの涙』(2018年)と同じく実話ベースです。
劇中でISが主張する幼稚な教義とやらには頭を抱えてしまいますが、そこまでは酷くはなくとも、インド映画『ダンガル きっと、つよくなる』(2016年)での少女婚のエピソードのように、女性を家長の所有物のように扱う文化は世界各地にいまだあります。家庭内性的虐待や受験差別問題を抱える日本にとっても決して他人事ではありません。
『レッド・スネイク』では、さまざまな出自の女性兵士たちが団結して戦います。彼女たちが戦っているのはISだけでなく、例えば『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)や『最後の決闘裁判』(2021年)のように、もっと大きな何かと戦っているのではないでしょうか。
戦いは“ウルレイション”と共に
「特殊部隊」と紹介されている蛇の旅団ですが、この特殊部隊とはシールズやSASのように「一般将兵を凌駕する戦闘技術を身につけた特殊部隊」ではなく、「変(スペシャル)な女性たちの変(スペシャル)な部隊」というニュアンスなのでしょう。なにしろ蛇の旅団の戦闘技術は、素人に毛が生えた程度なのですから。
けれども気持ちだけは負けちゃいないゼとばかりに、ウルレイションを上げながら“勢い”と“気合い”で突っ込み乱射乱撃する彼女たちの戦闘は、ある意味リアルで恐ろしいものがあります。
ウルレイションとは、中東/アラブにおいて女性が上げる「ゥルルル…」という悲泣音で、ここではつまり「女に殺されると天国に行けない」と信じているイスラム過激派に対する、蛇の旅団の宣戦布告なのです。
マッドマックス VS スヌーピー
彼女たちが手にするのは、カラシニコフの折畳み式ストック型のAKMS(口径7.62㎜×39〈弾丸直径が7.62㎜、薬莢の長さが39㎜〉)です。さらにハンドガード下部に木製垂直グリップを付けたAIMS(ルーマニア製)も数多く登場。ISのなかにはM4カービンを持っている者もいますが、これはアメリカ式装備のイラク軍から鹵獲したという設定なのでしょう。
機関銃はPKM系(口径7.62㎜×54R)、狙撃銃はSVDドラグノフ系(7.62㎜×54R)と旧東側諸国製がメインですが、「スヌーピー」の渾名で呼ばれるドイツ製の40㎜グレネードランチャーHK69も登場します。
スヌーピーとはまた場違いな感のあるニックネームですが、ふざけているのではなく、戦場での諧謔(※気の利いたジョーク)のひとつなのです。
ちなみに劇中で「マッドマックス」と呼ばれている自動車爆弾(VBIED)は実在します。間に合せの鋼板を貼り付けた稚拙な模型のような外見ですが、数十kgから数百kg、タンクローリー改造になると10トン以上の爆発物を積んでおり、建物や戦車を丸ごと吹っ飛ばす威力がある恐るべきシロモノです。
VBIED, vehicle-borne improvised explosive device or a frigging truck bomb. It was captured in Iraq before it could be loaded with explosives and a suicide driver. pic.twitter.com/7LOXgECpcY
— Jason N Gardner (@JasonNGardner) January 5, 2020
このマッドマックスを、クルド大佐がM2重機関銃(口径12.7㎜×99)で迎撃しようとするシーンに注目してください。
ベルト弾帯に弾頭が見えるので実弾を射っているように見えますが、実は装填手が自分で弾帯を揺らしているだけで給弾されてはおらず、当然、発砲もしていません。そこに銃声効果音を重ね、さらに空包での発砲カットと繋ぐことで実弾射撃のように見せているのです。う~ん、凝ってる(笑)。
この12.7㎜弾頭の先端に色が付いているのは、例えば曳光弾は赤茶、焼夷徹甲弾は水色、曳光焼夷徹甲弾は先端が赤でその下側が銀色など、弾種識別のためです。
そこまでこだわっているのに、手榴弾のシーンではレバーを飛ばす撮影用ギミックのコイル・スプリングがモロ見えなのが残念で残念で……。でも実写(爆発含む)とCGを組み合わせた戦闘シーンは、なかなかの迫力です。
『レッド・スネイク』は、いささかエピソード詰め込み過ぎの感があって、そのためか構成もギクシャク気味ではあります。それでもイラクやシリアで起きていることを、ひとつの視点で描いた意欲作と評価できるでしょう。
文:大久保義信
『レッド・スネイク』はU-NEXTほか配信中
『レッド・スネイク』
ISがイラク西部の少数派ヤジディ教徒の村を襲撃。父親を殺され、弟と生き別れた少女ザラは、奴隷としてISに売られてしまう。クルド人を支援する連合軍には女性だけで構成された特殊部隊“蛇の旅団”があり、ISから恐れられていた。“蛇の旅団”に助けられたザラは、弟を救出すべく部隊に加わる。
監督・脚本:カロリーヌ・フレスト
出演:ディラン・グウィン アミラ・カサール エステール・ガレル
制作年: | 2019 |
---|