超絶的に豪華な戦争映画
低空旋回するヘリコプターによる幻想的な開幕、デニス・ホッパー演じるカメラマンの「この世界は“バ~ン”と派手に終わるんじゃなく、“メソメソ”と終わるんだ」とのセリフのように、夜闇を打つ雨音のままエンドロールもなく終幕(70ミリ版)……。『地獄の黙示録』(1979年)を観た時の感動と衝撃はいまも鮮やかです。
本作には153分のオリジナル版と182分のファイナルカット版、202分の特別完全版がありますが、いずれにせよCGもミニチュアも一切なく、現地(フィリピン)にセットを組んで大量の機材と兵器類を持ち込んで撮影した、大物量投入型の贅沢な映画であることは間違いありません。また、生きた牛の斬首シーンなどは現在では企画することすら有り得ないでしょう。
「奴らはサーフィンをせん!」
『地獄の黙示録』を『地獄の黙示録』たらしめているひとつが、ヘリボーン攻撃シーンです。「ヘリボーン」とは、「heli」と「borne(“運ばれた”というような意)」を組み合わせた造語で、ヘリコプターで陸戦部隊を空中機動させる戦術のことです。
https://www.youtube.com/watch?v=ixLTgdaVyNc
ここではリヒャルト・ワーグナーの「ワルキューレの騎行」をスピーカーで鳴らしながら低空で突っ込んでいくわけですが、銃火を開くまでの、M16系アサルトライフルのマガジンをヘルメットに軽く「コツコツ」と打ちつけてから装着したり、2.75インチ(70㎜)ロケット弾ランチャーに何気なく手を置いたり、といった歩兵たちの仕草が臨場感を盛り上げてくれるのです!
なお装着前にマガジンを叩くのは、その振動で内部の弾薬の位置を整えるためですが、下手にやると却って不具合が生じるので推奨されてはいないようです。
2.75インチは当時の主力ロケット弾でした。ただし、ロケット弾ランチャーと固定連装式M60C機関銃を装備するのはガンシップ型UH-1であって、兵員輸送型UH-1は両舷にドア・ガンとしてM60D機関銃を装備するだけでした。理由はもちろん、武装強化の分だけ機体が重くなってしまうからです。
『地獄の黙示録』では、撮影用の火工品を発射してロケット弾や小火器の曳光弾を表現していますが、人物やメカの動きとの同調が完璧な神業レベル! 主力となるヘリはUH-1ですが、小型観測ヘリOH-6も登場します。テイルブーム後部の安定板がT字形に改修されたOH-6D型ではなく、70年代当時の逆A字形のOH-6A型なのが今となっては貴重です。
US Army Alabama ArNG Hughes OH-6A Cayuse 67-16242 (1991)https://t.co/f0cEja4l0X
— Aviation Photo Co (@AviationPhotoCo) April 9, 2022
More H-6 images: https://t.co/aRwg4szKsR pic.twitter.com/LlRGj7uOUW
OH-6は卵のような胴体形状も可愛らしい小型ヘリですが、手榴弾を投げ込んだ女性NLF(通称ベトコン)を、押し潰すように超低空で迫るさまは、まるで猛獣。実は筆者はこのOH-6が大好きで、ぜひ読者諸兄姉も『カプリコン・1』(1977年。OH-6A型)や『ブルーサンダー』(1983年。OH-6D型)で主人公を追い詰める不気味な勇姿(?)を堪能してください。
それにしてもこの村、接近してくるヘリの音を聞くや迅速に子供の避難から各自武装しての陣地展開まで終えてしまうのは、たしかに“バッチリ武装している村”ですね……。
「空き缶」を付けた機関銃
舞台がベトナム戦争なので、登場する機関銃は当時のアメリカ軍制式機関銃だったM60(口径7.62㎜NATO)がメインです。そのM60のレシーバー左側面に缶詰のような円筒形のモノが付いているのに注目してください。これは、本当に空き缶なのです。
ベトナム戦争時のM60機関銃は給弾トレイの形状が良くなく、射撃姿勢によってはベルト弾帯が捻れて作動不良を起こすことがありました。そこで現場の兵士たちはCレーション(戦闘糧食)の空き缶を取り付けて対処していたのです。
https://youtu.be/g3uJDogISHM?t=162
同じ7.62㎜ NATO口径の機関銃ながら別格な威力なのが、M134ミニガン。『プレデター』(1987年)の「無痛ガン」として有名になったガトリング式機関銃です。撮影技術的な問題からかヘリからの発射シーンはいまひとつですが、木橋への弾着シーンでは竜巻の唸り声のような効果音をもって毎秒50~100発という猛烈なミニガンの発射速度を、映画的に見事に表現しています。
「闇の奥」
『地獄の黙示録』は“ベトナム戦争を描いた映画”ではなく、19世紀末のベルギー国王レオポルドⅡ世の私領コンゴを舞台に、“西欧文明”が暴虐の果てに混乱し自身の闇に呑み込まれていくさまを綴った小説「闇の奥」(この邦題サイコー! 原題は「Heart of Darkness」〈1902年出版〉)を、ベトナム戦争に置き換えて映像化したものです。
現地の人々を消耗品扱いして何百万人も死に追いやり、植民地時代の西欧においてさえ非難されたレオポルドⅡ世のコンゴ統治を、ベトナム戦争に「置き換え可能」なことを見抜いたコッポラ監督の慧眼には感服するほかありません。
一方で、ハリウッドの機材と資金をジャングルに持ち込んだものの不条理な混乱に次々と見舞われ、「もう止めたい」と嘆いたというコッポラ監督の姿もまた、「闇の奥」のクルツ(映画におけるカーツ大佐)のようで興味深いではありませんか。
文:大久保義信
『地獄の黙示録 ファイナル・カット』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年10月放送
『地獄の黙示録 ファイナル・カット』
ベトナム戦争が激化する1960年代末。米陸軍ウィラード大尉は、軍規に背きカンボジア奥地のジャングルで自らの王国を築いたカーツ大佐の暗殺を命じられた。4人の部下と、哨戒艇でヌン川を遡っていくウィラード。やがて一行は戦争の狂気を目の当たりにする。
監督:フランシス・フォード・コッポラ
出演:マーロン・ブランド ロバート・デュヴァル
マーティン・シーン ローレンス・フィッシュバーン
ハリソン・フォード
制作年: | 1979 |
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