詐欺組織の恐るべき手口
タイトルの『声/姿なき犯罪者』とは何か。映画の冒頭で紹介されるように、振り込め詐欺のことだ。日本同様、韓国でも振り込め詐欺の被害額は増え続け、大きな問題になっているという。
振り込め詐欺は電話を使って行われるもの。映画としてはダイナミックさに欠けるのではないかと思われるかもしれないが、決してそんなことはなかった。開始早々から緊迫感が抜群。少しもダレることなくクライマックスに突入する。
振り込め詐欺が問題になって、もうかなり経つわけだが、それでもなくならない。それは手口が複雑化し、犯人たちが組織化しているからだ。被害者を騙すための「台本」は多様化し、それを支えるためのさまざまな名簿が取引される。はっきり言ってしまえば、その“手口”の恐ろしさが本作の見どころの一つと言っていい。
ものの見事に(という言い方も変だが)相手を手の平に乗せて大金を振り込ませる犯人グループの姿は恐怖そのもの。しかも本人たちは、犯罪ではなく“金儲け”としか思っていない。双子の兄弟であるキム・ソン&キム・ゴク監督は、スタッフとともに振り込め詐欺について徹底的にリサーチ。映画で描かれる犯罪組織の状況は、日本の元警察関係者も「ノンフィクションと言っていいでしょう」と評価するほど。
“他人事じゃない”感がすごい犯罪スリラー
主人公のハン(ピョン・ヨハン)は建築現場で働く元刑事。地道な生活を送っていたある日、妻が振り込め詐欺の被害に遭い、ショックの中交通事故で入院することに。同時に職場の上司も騙され、自分たちの給料となるべき会社の金が30億ウォンも奪われてしまう。
慎重な警察にしびれを切らしたハンは、自ら捜査に乗り出す。無謀とも思える復讐は、振り込め詐欺の本拠地となる「コールセンター」への潜入へとつながっていく。そこでハンが目にしたのは、とてつもなく大がかり、かつ非情な犯罪の現場だった。
常にその目に怒りを宿し、この世の地獄とも言える振り込め詐欺の現場を探るハン。キレのある演出もあって、見ているこちらも犯人たちへの憎悪がたまりにたまってくる。それだけにハンへの感情移入度も抜群。エレベーター通路を使った“縦移動”のアクションもスリリングだ。
本作は犯罪スリラーであると同時に、振り込め詐欺被害を防止するための啓蒙活動にもなっている。犯人たちは、こんなことをやってくる。だから気をつけて、騙されないで、と。映画で啓蒙なんてされたら普通は冷めてしまいそうなものだが、主人公への感情移入度が高いためにストレートに受け止めることができる。
犯罪ものの中でも、とりわけ“他人事じゃない感”が強い映画と言えばいいだろうか。ラストのハンの表情には救われる気がする。しかし、振り込め詐欺が撲滅されたわけではないことも映画は伝えてくる。現実を直視しているからこそ、観客である我々も『声/姿なき犯罪者』から目が離せない。
文:橋本宗洋
『声/姿なき犯罪者』は2022年10月7日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
『声/姿なき犯罪者』
釜山の建設現場で働く従業員たちにかかってきた電話―。振り込め詐欺によって娘の治療費からマンションの支払いまで、沢山の人々が大金を失った。現場の作業員として働くソジュンは、前職は刑事という異色の経歴を持つ。彼は愛する妻と同僚の30億ウォンを取り戻すため、振り込め詐欺犯を追跡しはじめる。犯人の手がかりを掴み、中国のある建物へ侵入するソジュンだったが、そこでは組織化された巨大な詐欺集団が総責任者クァクの先導によって毎日多額の振り込め詐欺が行われていた! 愕然とするソジュンだったが、300億ウォン規模の新たな詐欺計画を知り、元刑事の正義感が覚醒、壮絶な復讐を計る!
監督:キム・ソン キム・ゴック
出演:ピョン・ヨハン キム・ムヨル
キム・ヒウォン パク・ミョンフン イ・ジュヨン
制作年: | 2021 |
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2022年10月7日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開