女性スケーターたちとの偶然の出会いから始まった映画プロジェクト
ニューヨークに実在する女の子だけのスケーター集団の映画と聞いて「なにそれ興味ある! 」と前のめりになり、それ以上の予備知識を入れないまま観はじめて気づく。これ、ドキュメンタリーじゃないんだ!
『スケート・キッチン』は実在のスケートクルーにヒントを得た、実在のスケートボーダー女性たちがそれぞれ本人と重なるキャラクターを演じる劇映画。こうした映画としての成り立ちが特殊な作品が製作されることになったのは、監督・脚本のクリスタル・モーゼルと彼女たちの偶然の出会いがきっかけだったそう。曰く、「電車に乗っていた時に、雑談している彼女たちの話がとにかく面白くて、しかもスケートボードを持っていて」。
彼女たちはあるスケートパークを拠点にしてニューヨークの街を滑り、SNSに動画を投稿するなどの活動をおこなっていた。そして「キッチン」という名前には、「女は台所へ戻れ」というお決まりの罵り文句を無効化し跳ね返そうという意図がある。
モーゼル監督は彼女たちに声をかけ、一緒に映像作品を作ろうと説得。ファッションブランドのMIU MIUが2011年から展開している「Miu Miu Women’s Tales(Miu Miu【女性たちの物語】)」と題した短編映画プロジェクトの一環として、13分弱の短編『That One Day』が製作された。この作品はウェブで公開されたほか、ヴェネチア映画祭でも上映されて好評を博し、それが今回の長編劇映画につながった。
生きてるだけでツラい世の中、映画で甘い夢を見たっていいじゃない
そういうわけで『スケート・キッチン』は、街でもネットでも目を引く、さらに言えばブランドのキャンペーン起用にも耐えうるおしゃれで運動神経のいい女の子たちが躍動する姿を捉えた映画だ。
新しくスケート・キッチンに加わることになる主人公のカミーユは、パンツスタイルに大きなレトロ眼鏡をかけ、長い髪を無造作になびかせて街をゆくヒスパニック系の女の子。演じるレイチェル・ヴィンベルクは現実にはクルーの立ち上げメンバーのひとりで、モデルとしてフリーピープル、アディダス、ボルコムなどの仕事もしていたそう。
危険だからという理由でスケートを親に禁止された郊外の女の子が、都会に出て新しい仲間たちに出会い、友情を築く。スケートパークに集う若者たちは人種的ルーツもさまざまだ(アジア系が目立たないのは寂しいが)。ときに親との関係や恋愛絡みのいざこざに悩まされてしまうけれど、深刻な貧困や犯罪のダメージをくらうことはない。身を切るようなリアルを求める向きには、しゃらくさいとか生ぬるいとか言われてしまいそうでもある。
しかし、『スケート・キッチン』は、「ファッショナブルなイメージビデオ」と切り捨ててしまうのは惜しい作品に仕上がっている。軽くておしゃれでかつ切実な少女漫画が好きな人ならきっと楽しめるだろう。「こんな優しい世界だったらいいな」という甘い夢とストリートの息吹が混ざり合う映画、嫌いじゃないです。
思わず真似したくなる! キュートでクールなガールズ・スケーターたち
「観光地」ではないニューヨークの風景にはわくわくさせられるし、スケート・キッチンの面々のカラフルで動きやすそうなスタイリングも目に楽しい。あけすけに性的な軽口を叩くボーイッシュなレズビアンのカートを演じたニーナ・モランは特に印象的だ。
また「タンポン使ったことないの!?」と言われて使ってみる生理用品についての描写も興味深かった(アメリカではタンポンが標準で、最近のトレンドはシリコンカップか高機能繊維なのだと思っていたけれど、ナプキン派もまだまだ多いんですね。そりゃそうか)。
フィクションとノンフィクション、映画とSNS、ファッション産業とストリートカルチャー……一本の映画は時代を映し出す。スケート映画といえば大昔に観た『DOGTOWN & Z-BOYS』(2001年)が思い浮かぶ世代の人間としては、ガールズがクルーを形成してスポットライトを浴びていること自体に感慨深いものがあるのでした。クールで元気な都会の女の子たちが好きなら一見の価値ありのかわいらしい映画です。
文:野中モモ
『スケート・キッチン』は2019年5月10日(金)より渋谷シネクイントほかロードショー
『スケート・キッチン』
内気なカミーユはある日、“スケート・キッチン”と呼ばれるガールズスケートクルーと出会い、スケートボードと共に自分探しの旅に出る。
制作年: | 2018 |
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監督: | |
出演: |