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いま改めて“人間・阿部サダヲ”の魅力を紐解く! 主演最新作『アイ・アム まきもと』でも光る唯一無二の個性と才能

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ライター:#関口裕子
いま改めて“人間・阿部サダヲ”の魅力を紐解く! 主演最新作『アイ・アム まきもと』でも光る唯一無二の個性と才能
© 2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会

阿部サダヲという俳優

撮影スタジオの中央に組まれた拘置所の面会室のセット。休憩中、撮影用の照明は落とされたその脇の小さなテーブルでは、美術監督の今村力がこのセットの意図を私に説明していた。しばらくして暗がりに目が慣れてくると、テーブルの反対側にも人影があることに気づいた。主演作『死刑にいたる病』(2021年)の撮影中だった阿部サダヲだ。

台本にして約20ページの緊迫した内容を、面会室の仕切り板を挟んで座ったまま、動きを抑制された形で演じるところであったことは、この映画のタイトルとともに後から知った。阿部の役どころが、拘置所にいながら人を自在に操るサイコパスであることもまだ知らなかった。

ただそこにいた阿部サダヲは、それまで感じたことのない空気をまとっており、あいさつをすることすらためらわせた。私たちの話に聞き耳を立てていたのか、それとも役の人物になり切っていたのかは分からない。考えすぎだが、まるで闇を支配しているかのように感じられたからだ。

2022年9月30日(金)より最新主演映画である、水田伸生監督『アイ・アム まきもと』が公開される。この映画での阿部は、市役所のひとりきりの部署<市民福祉局おみおくり係>で、孤独に亡くなった人の遺体回収から埋葬までを担当する牧本壮を演じる。牧本は遺体となった人に敬意を払い、火葬だけでなく自費で葬儀まで執り行い、できる限り近親者を探すという手厚さで故人に寄り添う。ただそれは役所のルールからは逸脱しており、マイルールに頑なな牧本を周囲は理解できずにいる。

© 2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会

牧本は、リアクションがワンテンポずれる。常に目の前のことに集中しているからだ。例えばぶつかったとしてもすぐには謝れない。お詫びの言葉を口に出せるのは、相手が立ち去りかけた頃。すべてにおいてワンテンポずれるこの“間”の芝居が、阿部は実にうまいのだ。

© 2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会

異能の多才 ~会社員から劇団員、バンド結成~

阿部サダヲは高校卒業後、家電量販店に就職。他にもいくつかの仕事を経て、1992年に22歳で劇団大人計画に入団する。高校時代は野球部。足は速く、運動神経もすこぶるよかった。古くから阿部のファンだという友人は、舞台での身体の使い方のセンスと俊敏さに惚れたのだという。ただきちんとした演技経験は、大人計画に入るまでない。にもかかわらず演技がうまく、演じることの勘どころが備わっていたのはなぜか?

阿部が映画で注目されたのは市川準監督の『トキワ荘の青春』(1996年)だ。当時、<キネマ旬報>が行った若手男優特集に「注目したい若手」の1人として、俳優だった頃の北川悠仁や『キッズ・リターン』(1996年)がカンヌで絶賛されたばかりの安藤政信らとともに紹介されている。

『トキワ荘の青春』で市川監督は、設定を渡し、アドリブのような形でお芝居をさせることが多かったという。アンサンブルの芝居は特に。それを長まわしで狙う中、阿部は言うべき台詞は発するが、それ以外は藤子・F・不二雄こと藤本弘という漫画家の卵として、安孫子素雄を演じる鈴木卓爾とともにトキワ荘に生きていた。漫画を描く手を止めず、ノールックで安孫子に画材を手渡す様子など本当に漫画家の卵をキャスティングしたのかと思ったほどだ。

阿部は歌もうまい。1995年には宮藤官九郎らとともにパンクバンド<グループ魂>を結成、ボーカルを担当している。元々は楽屋を舞台にしたバンドメンバーたちのコントがベースになっているそうで、お笑いのライブや「笑点」などにも出演。1997年にバンド編成を固めてからは、ライブを行えばチケット即完の大人気。2005年にはNHK紅白歌合戦にも出場した。

「信頼」と「自由」で際立つ阿部サダヲの個性

そんな多彩な阿部だが、自分から「やりたい」と言い出したものはほとんどないのだという。劇団に入ったのも「向いているのではないか」と勧められたから。バンド活動も、高校時代に経験はあったが、宮藤らから誘われなければやっていなかった。「恵まれているというか、周囲の人たちがいてくれたからこそ今がある」と阿部は言っている。

阿部には人を魅了する“何か”がある。俳優とは多かれ少なかれ、その力があるから成立する職業なのだと思うが。『アイ・アム まきもと』の水田監督も彼に魅了された1人だろう。なにせ阿部との映画作品は、彼の初主演作『舞妓Haaaan!!! 』(2007年)をはじめ、『なくもんか』(2009年)、『謝罪の王様』(2013年)と、この最新作で4本目。全部が阿部主演作品だ。

水田監督は、阿部を「私が最も信頼する俳優の1人」だという。「手触りは柔らかく、決して人を傷つけたりしないが、ゴム毬のように強く床に投げれば驚くほど高く飛び、逆にいつまでも小さく弾んでいることもできる。観客に展開を予測させない振幅の大きな演技ができる俳優」だと評している。

一方の阿部は、水田監督の演出について、「小道具や小ネタがふんだんに用意されていて、こういう場を用意したから自由にやってという感じ」だと話す。『アイ・アム まきもと』では、たぶん牧本がスーツの下に着用しているフィッシングベストなどがそれにあたるのだろう。お芝居の本筋とは関係なく、それで遊んでもいいし、遊ばなくてもいい。それらを使う阿部は、「監督の中ですべて決まっているので安心している」と身を委ね、時に笑いを、時に涙を取りにいく。水田監督はカットをあまり細かく割らず、それをワンシーンワンカットで撮影。必要とあらばカメラアングルごとにテイクを重ねる。

© 2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会

そんな阿部の芝居を、『舞妓Haaaan!!! 』で共演した柴咲コウは「天性の表現力」と絶賛する。本作で共演する満島ひかりは「オーバーにやっても小さくやっても、すべてが自然。真面目なような、ふざけているような、妙な面白さが常に漂っている」。

阿部は「本当はどこまでも芝居を止めないで欲しいタイプ」だという。「でもそれはツッコむ人がいないとできないこと」だとも。それを熟知する水田監督は、牧本のカウンターに警察署の遺体管理担当刑事・神代享(松下洸平)を配置した。本作の面白さの1つは、この2人が作り出すボケとツッコミだ。どこまでもマイルールでボケ倒す牧本に、当初は食い気味にツッコんでいく神代だが、彼の攻撃性はだんだん牧本の信念に吸収され、譲歩するようになる。演じた松下は「牧本を演じる阿部さんの目の美しさを見ていると、思わず助けたくなる」のだと語る。

© 2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会

真実を見極め、変化を感じ取る目

牧本の暮らすマンションは簡素で、彼の趣味や喜怒哀楽が感じ取れるようなものは1つもない。彼は、そこから逸脱することも、何か新たなるものを期待することもなく、その部屋で毎日決まった生活を送る。阿部自身は、これまで一人暮らしをしたことがないと言い、「人とまったく関わらなくなるということは、ものすごく恐怖だ」と『奇跡のリンゴ』(2013年)のときに語っていた。

© 2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会

だが『MOTHER マザー』(2020年)、『死刑にいたる病』、『アイ・アム まきもと』と近作では孤独な人物が多い。現代の空気に孤独を読み取り、その孤独を表現するなら阿部だ、彼ならどう表現するのか見てみたい、と思う演出家との仕事が続いたのだろう。

現に阿部は「主役ばかりやりたいわけではなく、面白い役をたくさんやりたい。1つのイメージにとどまりたくない。世の中の面白そうな役は全部譲りたくない(笑)」と、どん欲だ。これからもどんどん変化していくのだろう。

© 2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会

そういう思いから再考すると、『アイ・アム まきもと』の“孤独”を、阿部の演じた他の作品の孤独と同じように括ってはいけないように思えてきた。牧本は本当に孤独なのか? 孤独な人間が、亡くなった多くの人の人生に寄り添うことなどできるだろうか?

牧本はずっとガス台の前で、皿に盛り付けることなく立ったままで夕食を済ませてきた。そんな牧本がある日、テーブルで夕飯を食べる。そうだ。もしかするとこのとき、牧本の心という豊穣な場所で育成された孤独は、実りのときを迎えたのを見落としていたかもしれない。

© 2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会

牧本の心を耕すきっかけとなったのは何か? 彼が担当した故人の「世にまん延した合理性に疑問を感じた」という考え方への共鳴かもしれない。阿部サダヲという俳優は、そんな人との出会いによって生じる、微妙な感情の変化や進化を演じ分けてみせることが好きなのだろう。意識的でないとしても、変化を見つけ、それをどう醸成させればいいのか、心底楽しんで演じているように思う。

子どものように誤魔化さずに真実を見極め、変化を感じ取れる目こそ、阿部サダヲという俳優の演じる力の源なのだろう。ちなみに冒頭に記した、あのテーブルでの美術監督のエピソードだが、後に阿部のインタビューで語られているものを発見した。あれだけぞくりとさせる気配を醸しながらもしっかり聞いていたのかと思うと、なんだか愛おしさすら感じる。こういうギャップでさまざまな立場の人間を魅了していくのかとも思った。いや、別の日に聞いたのかもしれないが。

© 2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会

文:関口裕子

『アイ・アム まきもと』は2022年9月30日(金)より全国公開

Presented by ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

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『アイ・アム まきもと』

小さな市役所に勤める牧本の仕事は、人知れず亡くなった人を埋葬する「おみおくり係」。故人の思いを大事にするあまり、つい警察のルールより自身のルールを優先して刑事・神代に日々怒られている。ある日牧本は、身寄りなく亡くなった老人・蕪木の部屋を訪れ、彼の娘と思しき少女の写真を発見する。一方、県庁からきた新任局長・小野口が「おみおくり係」廃止を決定する。蕪木の一件が“最後の仕事”となった牧本は、写真の少女探しと、一人でも多くの参列者を葬儀に呼ぶため、わずかな手がかりを頼りに蕪木のかつての友人や知人を探し出し訪ねていく。工場で蕪木と同僚だった平光、漁港で居酒屋を営む元恋人・みはる、炭鉱で蕪木に命を救われたという槍田、一時期ともに生活したホームレス仲間、そして写真の少女で蕪木の娘・塔子。蕪木の人生を辿るうちに、牧本にも少しずつ変化が生じていく。そして、牧本の“最後のおみおくり”には、思いもしなかった奇跡が待っていた。

監督:水田伸生
脚本:倉持裕
製作総指揮:ウィリアム・アイアトン 中沢敏明
原作:ウベルト・パゾリーニ

出演:阿部サダヲ 満島ひかり
   宇崎竜童 松下洸平 でんでん
   松尾スズキ 坪倉由幸
   宮沢りえ 國村隼

制作年: 2022