結婚4年目の一見、幸せなカップル。しかし、鈍感な夫に不満を募らせる妻はSNSに「旦那デスノート」を書いていた。男女の心のすれ違いと壮大な夫婦喧嘩を描いた、ちょっと怖いコメディ『犬も食わねどチャーリーは笑う』。主演の香取慎吾と、監督・脚本の市井昌秀の出会いは、ある映画祭の審査員と出品者という関係だった。
あれから14年、運命に導かれるように再会を果たした二人。ついに作り上げた映画の裏側を大いに語ってもらった。
「あのときの監督と、こうして一緒に映画を作れるなんて」
―お二人は、2008年の<ぴあフィルムフェスティバル>(PFF)で、審査員とPFFアワードのグランプリ受賞者(『無防備』)として出会ったそうですが、当時の思い出は何かありますか?
市井:受賞して、登壇したときにお話ししました。香取さんに「同い年ですね」と言われて、すごく嬉しかったのを覚えています。
香取:へ~……。
市井:覚えてなかったんですか(笑)。香取さんと握手させていただいたときの、あったかい手の感触とか、すごく覚えています。
香取:僕は、審査員をやること自体にちょっと緊張していたのを覚えています。初めてのことだったし、審査をするということの重大さはわかっていたので、全ての映画をすごく真剣に観ていました。観ているときも緊張感がありましたね。その時に思ったのは、選んだらきっとその人の人生が変わってしまうということ。そのくらい大切だということは、はじめての仕事とはいえわかっていたし、自分が「この人だ」と思った監督の作品が受賞した喜びもあって、嬉しかった。それが市井監督だったんですよ。「人生が変わる」と思っていた人と、こうして一緒に映画を作れたというのは、もう本当に奇跡みたいなことですよね。
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―市井監督にとっても、香取さんは特別な存在だったのでは?
市井:本当にそうですね。当時から、妻と雑談をする中でも、慎吾さんがもし僕の映画に出てくれるなら、キャラクターものではなく、平凡かつ情けない、弱いところを出せるような役をやっていただけたら、ということは度々話していたんです。今回、自分が思っていたよりも、早くそのタイミングが来た感はありました。撮影中は監督としてのスイッチみたいなものが入るんですが、今みたいに香取さんと一緒にいると、まだふわふわしているようなところがあります。正直、夢なんじゃないかと。
香取:でも、僕もそんな感じがあります。というのも、僕も映画や演技の場ではスイッチが入るというか、“監督を長として”という思いで参加させてもらっているから、なるべく監督の言う通りにやろうとする。その僕から見ると、今回の撮影においては市井監督が長だったわけです。だから撮影中は、ぴあフィルムフェスティバルの思い出なんて考えもしなかったんです。もちろんその縁もあるけれども、あくまで今回の監督としてお仕事をさせてもらっていたから。
でも今、改めてこういう時間に思い返してみて、「そうだ、あの時の監督なんだ」と思うと、本当に奇跡みたいで。そんなことが起きるんだなあ、って思います。本当に自分の一票で誰かの人生が変わっちゃうんだな、と思っていたのが、こういう変わり方でここで出会えるなんて、すごいことですよね。
市井:そうですね、本当に。
「人は言わないとわからない。言葉にするって大事」
―PFFアワードでグランプリに選ばれてもプロの映画監督にならなかった方もいる中で、こうしてオリジナル作品を一緒に作るということは確かに稀なことだと思います。
市井:本当に僕がしぶといというか、しつこかったからだと思います。よくよく考えたら、グランプリを受賞しても、あれから5年くらいは映画を撮れなかったので。
香取:そうだったんですか。
市井:5年間は自称映画監督という感じでした。ただ脚本を書いて、バイトして、みたいな。
香取:今考えると、その時間は何だったと思いますか? グランプリを受賞しても、いざ撮ろうとすると、なかなか映画を撮れなかった時間というのは。
市井:シンプルに企画が通らない、という部分もありましたが、今振り返ってみると“自分はこういう感覚の映画を作りたい”というものが、まだ確固としていなかったんだと思います。今思えば、ですけどね。企画を出す時には「これならいける」という感覚はあったんです。そういう意味では、グランプリに選んでいただいた『無防備』という作品の質感と、『犬も食わねどチャーリーは笑う』の質感は、すごく違うと思います。
香取:うん、違う。
市井:どちらの映画でも描いているのは日常というか、周りで起こりうること。でも自分のスタイルとして固まるまでは時間がかかったんです。
―市井監督は、無神経な夫・裕次郎を香取さんに当て書きされたそうですが、香取さんは裕次郎をどのように思いましたか?
香取:僕は良い男なので(笑)、本当にダメな男だなと思いました。人って「言わなくてもわかる」じゃなく、言わないとわからない。言葉にするって大事だな、と思うんです。恋人、友達、職場、いろんな場所で、「こうしたいんだけど、どう思う?」とか、「今、僕は合ってるかな?」とか、「何か言いたいことある?」とか、いっぱい言葉に出すんです。結構、僕は仕事でも念を押します。「今のどうかな? これで大丈夫?」って。そうすると「大丈夫だと思うんですけど……」ってポロッと本音が出るし、それが面白い意見だったりする。僕自身もどちらかといえば言った方が成功体験が多いし、「言えばよかったな」って失敗もあるから、声に出して言うようにしています。
裕次郎と日和の夫婦はそれをしなかったらこうなっちゃう、という感じじゃないかな。彼って自分のことしか見えていないという感じがする。もっと言うと、自分のことも見えていない。何も見えていないまま生きている感じがするんですよ(笑)。
市井:ほんと、そう。
香取:監督が僕に怒られているみたい(笑)。
市井:オリジナルだから、裕次郎には僕が相当入っていると思うんですよね。だから、あんまり裕次郎を嫌いになれなくて。ダメなのはわかってるんですけど。いや本当に今、叱られました(笑)。
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「稲垣さんと草彅さん、香取さんには夫婦感がある」
―そんなダメな男を演じる上で、何か工夫をされましたか?
香取:全体的に“ずらして”いく感じはあったかもしれないです。今までの経験値で気持ちよくやるというか、正解のセリフのテンポとかっていうのがいつの間にできちゃうんだけど、それをずらそう、ずらそうとはしてたかもしれない。
市井:なるほど。
香取:それが、日常はドラマのように会話は進まないんだ、という生っぽさに繋がっているのかも。例えばセリフの言い合いだったら、その場で言おうとするけど一回飲み込んで、ちょっと待ってから言うとか。動きとかも、そういう感じにずらしていたところはあります。この役は、動きとか仕草とかも下手。1テンポ遅い。あと1歩早く動けよ、みたいな(笑)。強くそうしようとしていたいわけではなく、後々思い返すとそうしていたかなと。スマホを取り出す時も、ちょっと引っかかる、というような。でも僕は経験値があるから、取り出すのが上手いんですよ。そうなると、今のは違うな、と(笑)。
―裕次郎はホームセンターの副店長という設定ですが、何か取材などはされましたか?
香取:何もしてないです。でも家で気まずいことがあっても、次の日になったら裕次郎は職場でいつも通りなんですよね。ドラマとか映画だと、ちょっと引きずってたりする描き方もあると思うんですが、全く引きずっていない。前の晩に嫌なことがあったからといっても、次の朝いつも以上に明るくでもなく、すごく平坦に「おはようございます」っていう感じで来るところは好きでした。
―言葉にする、というお話が出ましたが、稲垣吾郎さんや草彅剛さんとも、コミュニケーションをすごく取るんですか?
香取:そこには、ないですね(笑)。昔からあんまり取らない。なんでですかねえ。
市井:三人の間には夫婦感、みたいなものがある感じがします。
香取:本当に嫌な時には、二人は言ってくれるからかもしれない。それ以外は言わない、っていう形ができてるかな? でも、それこそこの映画の夫婦じゃないけど、僕がそう思っているだけで、本当は彼らにも何か言ってあげたほうがいいのかもしれない。今、急にそう思う(笑)。他にはみんなそうしているのに、そこだけしてないんだもん。
―本当にダメな時だけしか、お互い言わないんですね。
香取:そう(笑)。
取材・文:石津文子
撮影:落合由夏
『犬も食わねどチャーリーは笑う』は2022年9月23日(金・祝)より全国公開
『犬も食わねどチャーリーは笑う』
この物語の主人公、裕次郎と日和は結婚4年目の仲良し夫婦? というのは(もちろん)表向き。鈍感夫にイライラする日和は、積もりに積もった鬱憤を吐き出さなきゃやってらんないわー! と、出会ってしまったのは、SNSの〈旦那デスノート〉。そこには妻たちの恐ろしい? 本音、旦那たちが見たらゾッとするようなエグイ投稿がびっしり書き込まれていた。そしてある日、裕次郎もその存在を知ってしまう!「これって俺のことか?」気になる投稿のペンネームはチャーリー。日和と一緒に飼っているフクロウの名前もチャーリー…ってことは! 夫婦ゲンカのゴングの鐘が、いま鳴り響く!!
監督・脚本:市井昌秀
音楽:安部勇磨
出演:香取慎吾 岸井ゆきの
井之脇海 中田青渚
小篠恵奈 松岡依都美 田村健太郎
森下能幸 的場浩司 眞島秀和 徳永えり
峯村リエ 菊地亜美 有田あん 瑛蓮
きたろう 浅田美代子 余貴美子
配給:キノフィルムズ/木下グループ
制作年: | 2022 |
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2022年9月23日(金・祝)より全国公開