Netflix世界1位獲得の韓国ドラマ
韓国の新興ケーブルテレビENA製作で、世界ではNetflixを通じて配信されている『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』が話題になっている。天才的頭脳と自閉スペクトラム症を持つ新米弁護士が、1つ1つの事件を通して成長していく物語で、配信が始まるや、回を追うごとに視聴率はうなぎ登り、韓国で社会現象と言われるまでに大ヒットしているだけでなく、Netflixのグローバルトップ10で1位になるなど、世界的な人気を獲得している。
私は、心理学者の松本俊治氏が書いた「自閉症は津軽弁を話さない」という、とても面白い本を読んで以来、自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder、以下ASDと表記)について関心を持っていたので、個人的にこのシリーズをとても楽しみにしていた。“相手の気持ちを察するのが苦手”、“空気が読めない”というASDの特性は、クライアントの意向をくみとり、裁判を有利に運ばねばならない弁護士という職業にはマイナスにしか働かないだろうに、ASDで弁護士というキャラクターを説得力を持って創造できるのだろうか、と。
『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』(韓国語題は『おかしな弁護士ウ・ヨンウ』)の配信が始まってすぐ、このシリーズが大好きになると同時に、私の心配は杞憂であり、逆だったことに気づいた。制作陣の出発点は“ASDの弁護士は可能か?”ではなく、“どんな人物なら可能か”だった。“こんな弁護士は本当に存在するのか”ではなく、“本当に存在すること”が前提だったのだ。
脚本のムン・ジウォンは、第5回ロッテシナリオ公募展に応募し、見事大賞を受賞した新鋭で、映画化された受賞作『無垢なる証人』(2019年)で、すでにASDをとりあげている。80歳の老人を家政婦が殺したとされる事件の唯一の証人である少女ジウ(キム・ヒャンギ)がASDという設定で、家政婦を弁護するスノ(チョン・ウソン)が、苦労してジウの心を開かせ、証言台に立たせることで真実が判明するというストーリー。世間の偏見に傷つきながらも、純粋な心を持つジウの夢は弁護士になることだった。
ムン・ジウォンは、再びASDを取り上げる際に、このジウの夢を出発点にした。もしジウの夢が叶うとしたら、どんな弁護士になるだろう? ――その答えがウ・ヨンウだったのだ。
人々との交流を通してASD弁護士の成長を描く
それでは、実際にストーリーを見ていこう(※ここからはネタバレを含みます)。
ウ・ヨンウ(パク・ウンビン)は、ソウル大学ロースクール(法学部大学院)を主席で卒業、ほぼ満点で弁護士試験に合格したものの、自閉スペクトラム症のためにどこからも採用されなかった。ところが、韓国第二の弁護士事務所ハンバダの代表ハン・ソニョン(ペク・ジウォン)が、シングルファーザーの父ウ・グァンホ(チョン・ベス)のロースクール時代の後輩だった縁で、インターンとして雇われることになる。配属されたのは、シニア弁護士チョン・ミョンソク(カン・ギヨン)率いるチームで、同僚にチェ・スヨン(ハ・ユンギョン)とクォン・ミヌ(チュ・ジョンヒョク)という2人のインターンがいる。初め、チョン弁護士はヨンウがASDであることに難色を示すが、試しに任せた老夫婦の傷害事件を“普通ではない”視点で見事に解決したことから、彼女の“普通ではないところ”を評価し、チームとして受け入れる。
以降、1話完結(第7話と第8話のみ2話連続)で、結婚式の損害賠償、実用新案特許、開発による環境破壊、受験戦争など、社会的なテーマの裁判を一つ一つ経験しながら弁護士として成長するヨンウと、彼女の周囲にいる人々との交流を通して人間的に成長する姿を描いていく。
私のお薦めは、『D.P.―脱走兵追跡官―』(2021年)のク・ギョファンがゲスト出演した第9話「笛吹き男」だが、脚本のムン・ジウォンが最も描きたかったテーマは、第3話のASDの弟が兄を殺したとされる事件と、第10話の知的障害者の性的暴行事件ではないかと思う。第3話では、これまで順調に(ある意味で見事に)事件を解決してきたヨンウが、兄弟の両親から自分の障害を指摘され、自分は弁護士として不適切ではないかと思い詰める。第10話では、障害を介するときの恋愛の難しさを自覚させられる。“障害者にも悪い男を愛する権利はある”というヨンウの主張は、被害者である知的障害者の母親に軽く一蹴される。とはいえ、障害者の自立と人としての権利の問題に、ここまで深く切り込んだ作品は少ないだろう。ムン・ジウォンの覚悟のほどがうかがえる。
主演パク・ウンビンの魅力、目が離せない恋愛模様
テーマが社会的だからといって、『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』は堅苦しい作品ではまったくない。逆に、社会問題をとりあげながらも、見ていて楽しいエンターテインメントになっているところが素晴らしいのだ。それを可能にしたのは、的確な演出と俳優のアンサンブル、そしてなんと言っても、主人公のウ・ヨンウを演じるパク・ウンビンの魅力が大きい。
子役出身で、『ブラームスは好きですか?』(2020年)、『ストーブリーグ』(2020年)、『恋慕』(2021年)など代表作が幾つもあるパク・ウンビンは、これまで役を演じるのに難しいと思ったことがなかったという。そんな彼女が、ウ・ヨンウ役を引き受けるのには1年以上も迷ったそうだ。それだけ難しい役だということだが(自分の演技でASDの誤った印象を広めることを怖れたという)、制作側には、この役には彼女しかいないという強い確信があった。結果、パク・ウンビンの役に対する綿密な研究と誠実なアプローチ、卓越した演技力で、(ダサ可愛いファッションも含めて)可愛らしく、頭がよく、クジラが大好きで、ちょっとおかしな弁護士ウ・ヨンウが本当に生きているかのように誕生した。
もう1つ欠かせないのが、シリーズのムードメーカーとなるイ・ジュノ(カン・テオ)との微笑ましい恋愛エピソードだ。無条件でヨンウを愛し、味方になる爽やか好青年イ・ジュノもまた、ヨンウを愛するとしたらどんな男性なのかを前提にして作られたキャラクターだ。だから、こんなにいい奴いるはずない、などと言ってはいけない。
ジュノは第1話が始まってすぐ登場する。いよいよ弁護士としての第1歩を踏み出そうとするヨンウが、弁護士事務所のあるビルの前にやってくる。すると彼女の行く手を大きな回転扉が阻む。ASDのヨンウは回転扉のリズムに乗ることができず、立ち往生。そこに王子様のように救いに現れるのがジュノである。回転扉とは、効率第一だが、弱者を排除する社会のメタファーだ。そこに入ることができないヨンウに、秘訣(ワルツのリズムで)を教えるのがジュノなのだ。二人がワルツを踊りながら回転扉を出て行く場面は、二人の未来を暗示していると言ってもいい。
さて、8月4日配信の第12話で、大手弁護士事務所の限界を知ったヨンウの前に、新しいメンターとしてリュ・ジェスク弁護士(イ・ボンリョン)が現れる。残りは4話。果たして韓国最大の弁護士事務所テサン代表テ・スミ(チン・ギョン)の政界進出の野望は叶うのか? ハンバダ代表ハン・ソニョンはテ・スミを追い落として業界1位の座を奪えるのか? 腹黒策士クォン・ミヌはハンバダからテサンに鞍替えできるのか? そして何よりも、ウ・ヨンウは正しいことを正しいと言える弁護士になれるのか?(父親にキスシーンを見られてしまったジュノとの関係も含めて)いよいよ佳境に入った『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』から目が離せない。
文:齋藤敦子
Netflix『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』独占配信中
『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』
一流法律事務所で働き始めた新米弁護士のウ・ヨンウ。自閉スペクトラム症を抱えて生きる女性として、法廷で、そして私生活で、さまざまな壁に果敢に挑む。
演出:ユ・インシク
脚本:ムン・ジウォン
出演:パク・ウンビン カン・テオ カン・ギヨン
チョン・ベス ペク・ジウォン チン・ギョン
チュ・ジョンヒョク チュ・ヒョンヨン
ハ・ユンギョン イム・ソンジェ
制作年: | 2022 |
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