軍隊という階級社会
8月になると、さまざまな「終戦特集」が企画されます。もっとも8月15日はあくまで<ポツダム宣言受諾公表の日>で、戦艦ミズーリの甲板で降伏文書に署名した9月2日が正式な「終戦の日」なんですが、それはさておき。
かつては『真空地帯』(1952年)や『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』(1960年)、『独立機関銃隊未だ射撃中』(1963年)などなど、階級(=役割)をバックボーンとする軍隊の有り様が皮膚感覚で描かれた戦争映画がたくさんありました。
アフガニスタン戦争を舞台にしたアメリカ映画『キル・チーム』(2019年)でも、下士官(この場合は軍曹)を核に結束する歩兵小隊の実態が生々しく描かれています。
キル・チームにようこそ
アフガニスタンに派遣されたアメリカ陸軍兵士アンドリュー(ナット・ウルフ)は世界を平和にするという正義感を抱いていたが、現実は検問所で地元住民を調べるだけの退屈な任務の繰り返しだった。
そんなある日、歴戦の猛者として知られるディークス軍曹(アレクサンダー・スカルガルド)が着任、その戦術能力と統率力の高さにアンドリューは魅せられていく。だがディークス軍曹は部隊を守るためと称して、過激派とは無関係の地元住民を殺していた――。
実はこの映画、2010年に発覚した事件を元にしています。前回ご紹介した、やはりアフガン戦争実話ベースの『アウトポスト』(2020年)が、兵士を統率し先頭に立って戦うという“正しい”軍曹の姿を核に展開するのに対し、この『キル・チーム』は部隊の要となる軍曹が軍紀からも倫理からも逸脱した人物だった、という恐ろしい事態を描いていくのです。
ですが、ディークス軍曹には悪事を犯しているという意識はありません。彼は、あくまで自分の部隊を守るため、正しいことをしているつもりなのです。だからこそ恐ろしいんですね。
筆者はこのディークス軍曹を見ていて、『デトロイト』(2017年)でウィル・ポールターが演じた“自分は街を守っていると思い込んでいる警官”を思い出しました。その、証拠捏造の手口と合わせて……。
兵士にとっての“神”、下士官
軍隊においては、将校は国家元首の代理として職権をもって命令を下す者、下士官(軍曹、伍長)は職権はないものの将校の代理として任務を具体化する者、という原則があります。そこに多数の兵士を配属すれば軍事組織ができあがるわけです。なので現在にいたるも、将校と下士官は軍隊の中核となる「幹部」なのです。
これは日本陸軍も同様でしたが、自衛隊では幹部自衛官=将校で、下士官は幹部から除外されているのが、不思議。第二次世界大戦期における日本陸軍下士官の現場能力はアメリカ軍やソ連軍からも高く評価されていて、戦後しばらくの間、アメリカ軍では自軍でも敵軍でも「タフな奴」を「ハンチョ(班長)」と呼んでいたにもかかわらず、です。
――閑話休題。ゆえに最前線で戦う兵士にとっては、長く軍隊のメシを食ってそのウラもオモテも知り尽くし実戦経験豊かな古参軍曹は、“上の上のランク”の将校よりもはるかに恐ろしく、また頼もしい存在たりうるのです。『プラトーン』(1986年)でも、新任の少尉を無視して古参軍曹が作戦を仕切ってしまう場面がありました。
ディークス軍曹の行為を知ったアンドリューの当惑と煩悶は、日本人的には「すぐに告発すりゃイイじゃん!」な感もありますが、そこには他国に乗り込んでの対ゲリラ戦という特殊性と共に、上記のような軍隊文化があるのです(もちろん、筆者はディークスの行為は異常であり決して許せないと確信しています、念のため)。
筆者は物語中盤以降、アンドリューたちが乗り込むストライカーICV装輪装甲車が、仏教において悪事を働いた人間を地獄に運ぶという「火車(かしゃ)」に見えてきてしまったものです。自分では降りられない車に乗ってしまった青年の苦悩と恐怖を、ぜひこの作品で味わって(?)ください。
ちなみに、このストライカーICVの車体側面周囲には柵のようなモノが付いていますが、これはスラット・アーマーと呼ばれる、RPG7対戦車擲弾を防ぐ付加装甲です。あの鉄柵部分で擲弾を過早爆発させたり信管を機能不全にさせたりするのですが、軽そうに見えて2トン以上の重量増加となるうえに車体が一回り大きくなってしまうので、市街地で使いづらくなってしまうとか。
この映画を観て「だから軍隊は」とか「戦争は恐ろしい」とか「そもそも欧米が」で終わらせてしまうのはモッタイないと思います。
日本陸海軍の虐待やシゴキ、あるいは1970年代の山岳ベース事件まで遡らずとも、なぜ現在にいたっても学校や職場や生活地で「○○カースト」なる雰囲気が作られてしまうのか、なぜパワハラやモラハラが繰り返されるのか、なぜ新聞やTVで捏造やヤラセが繰り返されるのか……。『キル・チーム』の彼らは、私たち自身でもあるのです。
文:大久保義信
『キル・チーム』はBlu-ray&DVD発売中、CS映画専門チャンネル ムービープラス「木曜アクション」で2022年8月放送
『キル・チーム』
正義感と愛国心に燃えアフガニスタンに渡ったアンドリュー(ナット・ウルフ)。現地では地元住民を取り調べるばかりの退屈な日常が続いていた。だがある日、上官が地雷を踏んで爆死するのを目の当たりにして、自分のいる場所が常に死と隣り合わせであることを思い知る・・・。
監督・脚本:ダン・クラウス
出演:ナット・ウルフ
アレクサンダー・スカルスガルド
アダム・ロング
制作年: | 2019 |
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CS映画専門チャンネル ムービープラス「木曜アクション」で2022年8月放送