純粋社会派深刻喜劇
あらゆる思惑を抱えた人々のさりげないやり取りと探り合いが、思わず笑いが漏れるおかしみとともに、隠された人間関係や、さらには社会の問題をあぶり出す……。CMディレクター/劇作家/演出家/映画監督の山内ケンジによる最新作『夜明けの夫婦』が2022年7月22日(金)に公開される。配給は『新聞記者』(2019年)『空白』(2021年)などのスターサンズが務め、故・河村光庸氏がエグゼクティブ・プロデューサーに名を連ねた。
『友だちのパパが好き』(2015年)、自身の舞台を映画化した『At the Terrace テラスにて』(2016年)に続く山内監督の長編第4作は、コロナ禍がひとまず終焉した世界で、若い夫婦と親夫婦が“子ども”をめぐって織りなす「純粋社会派深刻喜劇」。33歳の妻・さらは、年下の夫・康介の実家で彼の両親と同居しており、日常的に「そろそろ子どもは?」というプレッシャーを感じていた。しかし、ステイホームの日々でふたりはセックスレスになり、あろうことか康介には他の女性の影があって……。
生々しくもコミカルな会話劇が予測不可能な方向へ転がり続けるのは、映画・舞台に共通する山内作品の醍醐味。その真髄を存分に味わえる『夜明けの夫婦』の公開にあたり、物語の創作法や“笑い”へのこだわりを監督本人に訊いた。
予測不可能! ジェットコースター会話劇の創作法
―いつも登場人物の会話から社会の問題が浮かび上がる山内作品ですが、『夜明けの夫婦』では若い夫婦とその両親たちから少子化問題が見えてきます。今回の物語はどのように着想されたのでしょうか?
演劇を作る時と同じで、この映画でもキャストが先に決まっていました。最初に、さら役の鄭亜美さんで何か書きたいという思いがあったのと、自分の実家で映画を撮ろうと決めたんです。それで実家で撮るのなら、最近はあまり見ないような、若い夫婦が親と同居している二世帯住宅の話にできると思いました。それから、知り合いの女優さんたちが数年前、同じ時期にお子さんを産んだこともあったので、彼女たちが自分の子どもを抱えて揃う光景も面白そうだなと。これは演劇ではできない、今しか撮れないものですから。
少子化問題は頭の片隅にありましたが、それをテーマにしようと決めていたわけではありません。日本の問題は結局のところ少子化に起因するんじゃないか……とは思っていましたが、演劇で描いたことはないし、ずっと温めていたわけでもなくて。若い夫婦が親と同居しているという設定を決めたことが大きくて、いろんな要素を並べながら脚本を書くうちに物語が出来上がっていきました。
―普段からテーマよりも先に設定やシチュエーションを決める書き方なのでしょうか?
そうする時もありますが、それさえ考えずに会話を書き始めることもあります。普段から箱書き(※)を書くことはしないんですよ。昔は書いたこともありますが、箱書き通りに書かねばならないという強迫観念が生じて、うまく書けていないのに無理に書き進めてしまい、結局ぜんぜん良いものにならなかった。それ以来、箱書きは書いていません。
『夜明けの夫婦』は「子ども」というキーワードで押し通している感じです。さらが義母や義父から子どもの話をされたり、夫の康介も浮気相手から「あなたに子どもがいれば良かったのに」と言われたりしますが、脚本を書くときはいつもキーワードのようなものをなるべく引っ張るようにしているんですよ。子どもの話が出てきたら、同じ領域にあるものとして、夫婦のセックスの話が必然的に繋がってくる感じですね。
(※1)脚本執筆の際、あらかじめ各場面の大まかな内容をまとめておく方法。
テーマや内容はなくていい
―「城山羊の会」にもセックスの問題が含まれた作品が多いですが、山内さんとしてはセックスを扱いたいのではなく、そうした問題が必然的に入ってくるということなんですね。
どうなんでしょうねぇ……、結果的に入ってきてしまう気がします。演劇の場合、そういうテーマが描かれる機会も減ってきて、昔はポツドール(※2)がいたり、プライベートなことを描く作品も多かったですが、最近は社会問題を扱うとか、真面目な、正しいものが増えていますよね。「この芝居はこういう内容だ」とすぐに言えるような作品が増えているという風潮も感じるので、絶対にそっちはやらないぞ、という意識はあります(笑)。
(※2)脚本家・演出家・映画監督の三浦大輔が主宰する劇団。代表作『愛の渦』『恋の渦』は映画化された。
―わかりやすいお題目やテーマから逃れていきたい、ということでしょうか?
というよりも、テーマや内容はあまりなくていいと思っているんですよ。その時に書いている会話や人物が面白ければいい、ということしか考えていなくて。それらが繋がった時に性的な話になるのは、そういうイメージを膨らませてくれる俳優を呼んでいるからだと思います。基本的にあらかじめキャストが決まっているからですが、この人に性的な場面を演じさせると面白くなるとか、意外性が出るとか。
―その点で言えば、さら役の鄭亜美さんと、義父役の岩谷健司さんが醸し出す、えも言われぬ関係性も印象的というか、驚かされるといいますか……。
さらは義父母のことを「お母様、お父様」と呼び、昭和のお嫁さんのような妙な丁寧さがありますが、これは鄭さん自身がそういう方なので、そこから来ているんです。それで原節子のような人物にしようと思ったんですが、いくらご本人がそういう方とはいえ、今の時代にはなかなか無理がある。そこで、最初は日本人のお嫁さんという設定だったところを、彼女自身のアイデンティティである在日韓国人という設定にする方が、役としての説得力を増すと思ったんです。
義父とさらの関係性については、『山の音』(1954年)が頭の片隅にありました。川端康成原作、成瀬巳喜男監督の映画で、原節子演じる主人公と、山村聡が演じる義理の父親が淡く惹かれ合っていく話です。これも昭和の家族映画に影響を受けたというよりは、実家で撮るということから思いついたものですが。
目的の見えない会話を書く
―本作に限らず山内さんの作品には、絶対に言ってはいけないことを最悪のタイミングで言う人が出てきたりして、どんどん状況がひどくなっていく面白さがあります。書いている山内さんにとって、そういう事態は悲劇なのでしょうか、それともブラックコメディでしょうか?
笑えるかどうかは大きいですし、常に考えていますね。この段階でこの台詞を言わせるのは面白いだろう、とか。けれども笑わせることを目的にするのではなく、あまりにも切実だったりシリアスだったりすることが笑えてしまう……というものを積み重ねていきたいです。ある台詞を言うことの面白さだけでなく、言われた側の反応も含めて笑えるかどうか……。そう言うのは簡単ですが、やるのはなかなか難しいですね。
さっきの箱書きの話と同じで、会話も目的が見えると面白くないんですよ。このことを言うための会話だな、と分かってしまうのが好きじゃないので、自然な会話でありながら、「どこか変だぞ」という状況が重なっていくものにしたい。だからまずは自然でないといけないし、そこに自分が引き込まれるかどうか。筆が進まない時は会話に引き込まれていないんです。
―脚本を書きながら、すでに役者さんによる会話が聞こえてくるんでしょうか?
むしろ、声が聞こえてこないと書けないんです。それで「ここまでは面白い、ここからダレるな」と思うと筆が止まる。その理由を考えていたら何日も経ってしまいます。だけど、一番難しいのはエンディングが見えてきたあたりなんですよ。終わりが見えるとどんどん進めたくなるし、演劇なら本番も近づいているから早く書き終えなければいけない……という、ここが一番危険です。「終わらせる」という目的のための会話になりかねないところを、いかに目的のためとせずに書くかが肝心で、それが成功した作品は気に入っています。『自己紹介読本』(※3)は特にうまくいったと思いますね。
(※3)「城山羊の会」による演劇作品。2016年初演、2018年再演。国際交流基金 公式サイトにて公演映像を配信中(2022年12月19日まで)。
https://www.youtube.com/watch?v=Pe7CVhhvTis
コロナ禍を物語に取り入れる
―本作の舞台はコロナ禍がひとまず落ち着いた世界という設定ですが、これはどのようにして物語に組み込まれたのでしょうか?
脚本を書き始めたのは2020年で、ちょうどコロナ禍が始まった頃でしたが、どんどん状況がひどくなり、これは長引きそうだと思ったんです。それでコロナの話を入れないわけにはいかないなと思い、頭から書き直していきました。難しかったのは、演劇ならば本を書いた数週間後に上演されるわけですが、映画だと公開される頃にコロナがどうなっているかを予想しないといけないこと。書いていた当時、コロナは1年後には終わっているだろうと思っていたんです。実際にはそうはならなかったですけどね。
―登場人物もほとんどマスクをしていないですよね。
フィクションのマスク問題は難しくて、テレビドラマも2020年から2021年はマスクをしている作品がありましたが、2022年からはほとんどなくなりました。もはや開き直った気もするし、エンターテインメントですから、お客さんが現実を忘れたがっているところもあると思います。この映画でもマスクをどうするかは考えましたが、結局は今のヨーロッパのような雰囲気で、ほとんどの人がマスクを外している設定です。ただし、吹越(満)さん演じるおじいさんのように「PCRはどこで受けられますか」なんて言う人も出てくる。あのシーンは映画の中でも異質ですよね。
―『夜明けの夫婦』の少子化問題しかり、山内作品は根底にシリアスなテーマがあるように思います。シリアスな題材をシリアスなままで描きたいという欲求はありますか?
うーん……それはないような気がしますね。物事を引いて見たり、茶化したりするのは、きっと私自身がそういう性格だからだと思うので。
―最後に、『夜明けの夫婦』をどういう方に観てほしい、この映画を通してこういう観客に出会いたい、というような思いをお聞かせください。
新しいお客さんが増えてくれれば(笑)。私としては、シリアスなこととふざけたこと、シュールなことの面白さがわかる方にぜひ観ていただきたいですね。この映画を観て怒る人も絶対にいると思うんですよ。不謹慎だとか、ふざけているとか。もしかすると、ほとんどの人がそうなのかもしれないけど(笑)。
取材・文:稲垣貴俊
『夜明けの夫婦』は2022年7月22日(金)より新宿ピカデリー、ポレポレ東中野ほか公開
『夜明けの夫婦』
コロナ禍もようやく一応の終焉を迎え、町行く人々の口元にもマスクが目立たなくなってきた。さら(33)は夫、康介(31)の家で康介の両親と一緒に暮らしている。さら夫婦にはまだ子供はいない。 ある日、義理の母が「そろそろ子供は?作らないの?」と遠慮がちに聞いてきた。遠慮がちに聞かれたのはもうこれで何度目であろう。しかし、パンデミックの間、さらと康介は、今までよりもはるかに長くこの家に居たのに、すっかりセックスレスになっていた。なおかつ、 さらは最近、康介に女がいることに気がついていた。さらは、夜中コンドームを捨てた。一方、義理の母、晶子は、コロナによって年老いた母を亡くしたこともあり、命について深く考える毎日。どうしても孫の顔を見 たいという欲求で精神的に不安定になっていた。
監督・脚本:山内ケンジ
出演:鄭亜美 泉拓磨
石川彰子 岩谷健司
筒井のどか 金谷真由美
坂倉奈津子 李そじん
吹越満 宮内良
制作年: | 2021 |
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2022年7月22日(金)より新宿ピカデリー、ポレポレ東中野ほか公開