岸井ゆきの&ムロツヨシがYouTuberに
『さんかく』(2010年)から『空白』(2021年)まで――。新作を発表するたびに、観客をざわつかせてきた鬼才・?田恵輔。彼が監督・脚本を手掛けたオリジナル映画『神は見返りを求める』が、2022年6月24日に劇場公開を迎える。
今回の題材は、YouTuber。鳴かず飛ばずの底辺YouTuber・ゆりちゃん(岸井ゆきの)は、イベント会社勤務の田母神(ムロツヨシ)と出会ったことで、少しずつ活動に幅が出てくる。そんなあるとき、彼女は有名YouTuberやデザイナーと知り合い、一気にブレイク。田母神と距離が生まれていくのだが……。
和やかでキュートな前半から一転、後半は復讐の鬼と化した田母神とゆりちゃんの泥仕合へと展開していく劇薬的なエンターテインメント。公開後、大きな話題を呼ぶであろう本作を、どのように生み出していったのか。岸井と?田監督の対談から見えてきたのは、両者の盤石な信頼関係だった。
?田監督が再認識した、岸井ゆきのの“すごさ”
―おふたりは『銀の匙 Silver Spoon』(2013年)以来のタッグになりますね。前回は漫画の実写映画化、今回はオリジナル作品です。
?田:『銀の匙 Silver Spoon』で初めて一緒にやったときに「上手い」というか、持って生まれたものがすごいなと感じました。ただ、このときは決められた物の中でどうやるかだから、自由度は高くなかった。今回オリジナルでがっつりやって最前列で観られて、余計に「やっぱりすごい」と実感しましたね。
あと、今回は感情の移り変わりが「大好き!」から「大嫌い!」までいくじゃないですか。なかなか1本の映画でここまでメリハリがついているものってないし、しかも順撮り(脚本の順番通りに撮影すること)じゃないから1日の撮影の中でも行ったり来たりする。それって言ってできるものじゃないし、問題なくこなせるところが流石ですね。
岸井:『銀の匙 Silver Spoon』ではクラスメートの役で、私が伝えるべきものは一個人ではなく生徒全体の感情で、どちらかというと「クラスのリアクション」という感じでした。その後の?田監督の作品も観ていましたし、「いつ呼んでくれるんだろう……」と思っていましたので(笑)、本当にうれしかったですね。
台本をいただいて、最初は意外にもすごくかわいらしい作品だなと思いました。でも読み進めていったら、やっぱり“?田恵輔”だった(笑)。?田組は『銀の匙 Silver Spoon』の時からスタッフの顔ぶれがほとんど変わっていなくて、雰囲気も同じで久しぶりに戻ってきたという感じがありました。
?田:『銀の匙 Silver Spoon』で(岸井)ゆきのにお願いしたのは小さな役だったけど、俺の中では引っ張っていってもらったイメージがある。中島健人くんは当時はまだ芝居の経験がそこまでなく、アイドル的な見栄えの良い芝居になってしまう。かつ漫画原作だから、ともするとキャラクターに引っ張られすぎる危険もあったんです。そんななかで、ゆきのがナチュラルな芝居をしてくれて、それを俺が褒めるもんだから、みんな「こっちが正解なんだ」とトーンを合わせていってくれた。
そういった意味では、今回は満を持してお願いした感じですね。はじめましての状態で小さい役でもこれだから、他の監督で俺よりもゆきのの才能を見抜く人なんていくらでもいるだろうし、あっという間に成長してこういった役をお願いできることはもう二度とないだろうな、次はメインの役しかできないなと思っていたんです。でも俺が若い女性がメインの映画をずっと撮っていなかったから、なかなか機会がなかった。ようやく実現できました。
岸井ゆきのの“目の演技”に気圧されたムロツヨシ
―本作で言うと、キャラクターの“変貌”がひとつの核となるかと思います。例えば芝居の大きさなど、おふたりでどのようにグラデーションをかけていったのでしょう?
岸井:?田監督とは基本的に細かい話はしなくて、1回やってみて「もうちょっと(芝居のサイズ感を)落として」とか、そういった話をしていました。
?田:今回は特に、できる人しか呼んでいないからね。
岸井:後半のゆりちゃんに関しては、自分がやっていることはわかってるけど「なんか私が悪いみたい」と思っていました。ファミレスでケンカするシーンも、田母神(ムロツヨシ)がかわいそうな空気になっていましたし確かにそうなんですが、「私(ゆりちゃん)がバズったときに田母神が喜んでくれなかったのが、すごく悲しかったのみんな覚えてる?」って思いましたね。
みんな一緒になって「ゆりちゃんひどいね」って笑っているけど、私の中でのゆりちゃんの想いは全く違っていて、「私だけが悪いんですか」という怒りや反発がすごく出ていたと思います。
?田:わかる。ファミレスのシーンは、俺が書いていたときよりも2人とも芝居が大きいなと思ったんです。でも面白かったんだよね。俺は確かにリアルなものがやりたかったから、このシーンはもっとシリアスでもよかったんだけど、ちょっとエンタメというかコント的なものも大好きだから、そのギリギリを攻めている感じが絶妙で。「ここまでやるか」っていうのは観ていて清々しかったし、刺激的だった。じっとり嫌な感じになるかと思っていたら、熱いバトルになっていて。
ドリンクを飲むシーンも、最初、俺はムロさんの顔のほうを撮っていたんですよ。そしたらムロさんがカットをかけたときに「怖ぇ……」って漏らしていて。芝居中に、ゆきのがめっちゃにらんでいたという(笑)。もともと台本には「にらみながら飲む」なんて書いていなかったし、なかなかそういう芝居ってないじゃないですか。そうすると俺もゆきののほうも撮りたくなるし、あれはすごく面白かった。
―岸井さんは、ある種アドリブ的に本番でそういったお芝居を仕掛けたのですね。
岸井:そうですね。ムロさんとも事前に特に話さず、お互いぶっつけ本番でした。すごく覚えているのは、?田監督が笑えるシーンじゃないのに笑ってたこと。カットがかかっていない(本番中)なのに、?田監督の笑い声が聞こえてくるんですよ(笑)。
?田:いやぁ、楽しくなっちゃって(笑)。
能動的に芝居が“できる”人しか呼んでいない
―岸井さんは今回、他の役者さんとの共演シーンでもぶっつけ本番のような形が多かったですか?
岸井:そうですね。あんまり前もって「ここはこういう感じで……」みたいに話したりはしなかったと思います。
?田:それってほかの現場でもそう?
岸井:役者同士で打ち合わせるみたいなことは、あまりないかもしれませんね。
?田:だよね。監督としては役者同士の打ち合わせってちょっと困る部分もあって、たまに見かけるときがあるんですよ。それで俺が思っているのと違った方向で固められると焦っちゃう(笑)。
例えば先輩・後輩関係に役者が合わせていたときに、俺のイメージが後輩のほうで、でも先輩の案のほうで固められたりすると、俺が「こっちで」と言うとそこの関係がヤバくなりそうじゃないですか(笑)。
岸井:(笑)。
?田:俺がもし市川準さんみたいな巨匠だったら、ボソッと「そういうのやめてね」みたいに言えるしご本人も実際そうだったみたいなんだけど、俺はそういうのはちょっと……(笑)。
特に今回は、ムロさん自身も演出家だから、あんまり任せちゃうとムロエキスが入っちゃう(笑)。だから俺は、どっちかっていうとゆきのは完全に任せてて、ムロさんの芝居を「もうちょい抑えて」みたいにバランスとることが多かったかな。気を抜くとでっかくなっちゃうから(笑)。
岸井:冒頭の居酒屋のシーンとかもリハーサルとかはやっていないんですか?
?田:そうだね。セリフが決まっている部分もあるけど、各自でうまいことつなぎながら話してくれてた。さっき、「できる人しか呼んでいない」と言いましたが、オーディションで選んだ人たちもそう。居酒屋のシーンはまさにそんな感じでした。場だけ用意したら自由にやってくれる人たちしかいなかったから、俺自身も観ていて本当に楽しかったですね。
取材・文:SYO
撮影:落合由夏
『神は見返りを求める』は2022年6月24日(金)よりTOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイントほか全国公開
『神は見返りを求める』
主人公・イベント会社に勤める田母神は、合コンで底辺YouTuber・ゆりちゃんに出会う。田母神は、再生回数に悩む彼女を不憫に思い、まるで「神」の様に見返りを求めず、ゆりちゃんのYouTubeチャンネルを手伝うようになる。登録者数がなかなか上がらないながらも、前向きに頑張り、お互い良きパートナーになっていく。そんなある日、ゆりちゃんは、田母神の同僚・梅川の紹介で、人気YouTuberチョレイ・カビゴンと知り合い、彼らとの“体当たり系”コラボ動画により、突然バズってしまう。イケメンデザイナ一・村上アレンとも知り合い、瞬く間に人気YouTuberの仲間入りをしたゆりちゃん。一方、田母神は一生懸命手伝ってくれるが、動画の作りがダサい。良い人だけど、センスがない……。恋が始まる予感が一転、物語は“豹変”する――!
監督・脚本:?田恵輔
出演:ムロツヨシ 岸井ゆきの
若葉竜也 吉村界人 淡梨
栁俊太郎 田村健太郎 中山求一郎
廣瀬祐樹 下川恭平 前原滉
制作年: | 2021 |
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2022年6月24日(金)よりTOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイントほか全国公開