副音声で『地獄の黙示録 ファイナル・カット』
ベトナム戦争を舞台とした映画は数あれど、超大作にして決定版であるにも関わらず、アカデミーを獲った『プラトーン』(1986年)などと違い、底抜け超大作的な扱いをされることも多いフランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』(1979年)。今回CS映画専門チャンネル ムービープラスの「副音声でムービートーク」で放送する運びとなった。
『地獄の黙示録』にはバージョン違いが様々ある。147分の劇場版を基本として、2001年に監督の本来のビジョンにより近づけた196分の特別完全版、2020年には182分のファイナルカットが公開された。この“現時点での”完成形である『地獄の黙示録 ファイナル・カット』が今回、オンエアされるわけだ。
キルゴア、カーツ……強烈な登場人物たちのモデルは?
ベトナムの奥地で消息を絶ち、自らの王国を作ったカーツ大佐暗殺の任務を負ったウィラード大尉。彼の旅路は泥沼化するベトナム戦争の現実を見せつけられる地獄巡りの旅でもあった……。
よく原作として、ジョゼフ・コンラッドの小説「闇の奥」が挙げられることが多い本作だが、元になる脚本を担当したのは『若き勇者たち』(1984年)などの監督としても知られるジョン・ミリアス。脚本時の仮タイトルは「サイケデリック・ソルジャー」で、もっとコミック的な展開だった。そこに「闇の奥」の要素が加わっていき、今の物語の形になったのだ。
「アポカリプス・スリー」というアメコミ的なタイトル案もあった。カーツ、ウィラードに加え、ヘリのパイロットの3人の視点で戦場を描くというもので、パイロット役にはジーン・ハックマン案などがあった。
そして、この映画をなんといっても有名にしたのは、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」を大音量で流しながら、ヘリコプター部隊がベトコンの村に急襲をかけるシーンであろう。パイロットに南北戦争のコスプレをさせた部隊が実在したなど、意外にも実話ベースのエピソードが多用されている。
サーフィンに適した波の来るビーチを手に入れるためだけに総攻撃をかける狂気のキルゴア中佐を演じたロバート・デュバル。彼の出演はたったの11分だったが、そこだけでアカデミー賞にノミネートされた。後に同じベトナム戦争もの『フルメタル・ジャケット』(1987年)のハートマン軍曹役で強烈な印象を残すリー・アーメイも、パイロット役で出ているのでそこも注目だ。ちなみにロケ現場は現在、「チャーリービーチ」の愛称で観光スポットになっている。
キルゴアだけでなく、カーツ大佐のモデルも存在する。オーストラリア出身のバリー・ピーターセンは「ベトナムのタイガーマン」としてCIAのベトナム戦アドバイザーとして地元のゲリラを訓練、誘拐や破壊任務を務めたが、強大化したため排除された。また、ヴェルナー・ヘルツォークがクラウス・キンスキー主演で描いた『フィツカラルド』(1982年)のモデルとなった人物など、実在の誇大妄想狂的な人物を数多くモデルにしてもいる。
師匠ロジャー・コーマンも「行くな」と止めた壮絶ロケ
『地獄の黙示録』全体を覆う並々ならぬ緊迫感、それは、かなりノンフィクション的要素が含まれていることも理由の一つかもしれない。冒頭、部屋でウィラードが飲んだくれ暴れるシーンは脚本になく、マーティン・シーンは「ただカメラを回しっぱなしにしてくれ」と言い、飲んで部屋を破壊し……と大熱演を繰り広げるが、全てアドリブである。この時、彼はアル中などの問題に悩んでいたので、彼自身の問題を映像にあぶり出そうとしていた。劇中で叫んでいる文句は監督コッポラに対するものだったそうである。
このシーンだけでなく、『地獄の黙示録』の撮影現場は、実はこちらの想像を上回るバタバタであった。それを知ってしまうと「よくここまで完成させられたものだ」と思わされる。それくらい、まさに現場は地獄そのものであった。
そもそも「階級が上の者を殺しにいく」という話に、アテにしていた米軍に協力を断られるなど、当初から予定通りにはいかなかった。それでは現地で、とベトナムでコッポラは撮りたがったが、政情不安でまだ危険すぎたためフィリピンでの撮影になった。
コッポラの師匠格のロジャー・コーマン(かつて『残酷女刑務所』[1971年]などで数多くフィリピンロケを指揮している)が、大作映画をフィリピンで撮影すると聞いて「行くな」と言ったという。果たして撮影は、その通りの修羅場となった。
熱帯の気候も味方しなかった。タイフーンで撮影が数ヶ月遅れ、建設した軍の施設などはぐちゃぐちゃになってしまった。プレイメイト慰問のシーンの背景の建物などに、ハリケーンの爪痕を見ることができる。
驚く事に撮影当時、フィリピンには本格的なフィルムラボがまだ存在していなかった。現像のためにはアメリカにネガを送らなくてはいけなかった。という訳で、素材を確認しないで撮影されている。コッポラがネガを見たのはカリフォルニアに戻ってから。つまり勘とビジョンだけで撮っていたということになる。勢いで撮影したフッテージは膨大な量になった。
コッポラ自身、作中にカメラクルー役で出てくるが、それも役者が来るはずだったのに来なかったからやむなく、であった。ヘリを操縦するフィリピン軍のパイロットは、撮影現場付近で実際のゲリラと戦っていたので、ときどき本当の戦闘に駆り出されてしまい、大事な所で使えない、などのトラブルは日常茶飯事だった。
兵士役の役者がドラッグ浸けだったり、撮影中に野生の虎に襲われたクルーがいたり。のちに『マトリックス』(1999年)のモーフィアス役で有名になるローレンス・フィッシュバーンも出演しているが、当時14才。年齢をごまかして撮影現場に潜りこんだが、そんな彼が流砂に巻き込まれたマーティン・シーンを助けた……などの信じられないエピソードが続出する。映画『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』(2008年)は『地獄の黙示録』のパロディに満ちた映画だが、元ネタの撮影現場のエピソードはそれを遥かに凌駕する。まさに「事実は小説よりも奇なり」である。
“あの巨匠”との友情にもヒビが……
『地獄の黙示録』で特に印象的なナパーム爆撃のシーン、あれは本物の森を燃やしている。何回も爆撃要請し撮影を繰り返し、実にフッテージの10パーセントは爆撃シーンで、実に地球に優しくない撮影手法だ。儀式で処刑される牛のシーンなど、今ではもう絶対に撮ることのできないシーンも多い。
撮影17週間の予定は14ヶ月になり、予算はふくらみ続けた。そこにさらに撮影中止の危機が訪れる。マーティン・シーンが心臓の病に倒れたのだ。しかし、その時すでに映画の予算は大幅に超過し、保険会社にバレてしまうと撮影がストップするかもしれなかったので、彼の病気を隠さざるを得なかった。
それでも、途中までは最高のベトナム戦争映画である『地獄の黙示録』を、「よくわからないが何やらすごいものを観てしまった」感のある代物にしてしまうのは、後半、暗殺目標であるカーツ大佐の王国に入ってからであろう。物語の肝であるカーツ大佐を演じたマーロン・ブランドは、現場入りした時に原作である「闇の奥」を読んでさえいなかった。しかも、狂気と理想に燃え自分の王国を作りあげた精悍な軍人役であるというのに、体重は40キロほど増量していた。物陰から不気味に意味ありげに登場するカーツ、というシーンが多いが、何のことはない、出た腹を隠すために遠くや影の中で撮影せざるを得なかったのだ。
台詞を覚えていないブランドは、やむなくその辺に台詞を書き込んで、それを読んでいた。檻にウィラードが入っているシーンでも文章を丸読みしているが、スペースの問題で上から下に書いてあったので、カーツは奇妙に顔を傾けている。ここは要チェックだ。
予算は最終的に当初の予定の2倍、2500万ドルにまで膨れ上がり、コッポラは700万ドルを自腹、予算超過分を車や家、自慢のワイナリーなどを抵当に入れて補填した。『ゴッドファーザー』(1972年)で得た利益もつぎこんだ。コッポラは心労で100ポンド(約45キロ)も痩せ、撮影中にも何度も自殺を試みている。
この映画はコッポラの人間関係にまでヒビを入れてしまう。意外な有名監督とのトラブルの元にもなっていて、それはジョージ・ルーカスだ。元々コーマン門下の兄弟弟子的な2人だが、そもそも『地獄の黙示録』自体がルーカスと脚本のミリアス発案の企画だったのだ。兄貴分のコッポラがプロデューサーとして企画を方々に持って行ったが、そのうちお互いに『ゴッドファーザー』、『スター・ウォーズ』(1977年)で多忙になり、長年果たせなかった。結局、ベトナム戦争を描くならもっとフェイクドキュメンタリー的なものを撮りたいと考えていたルーカスは、対立してコッポラとの関係を破壊したくないと思い、『SW』等に注力するため手を引いた。
結局ルーカスは『アメリカン・グラフィティ2』(1979年)でのベトナム戦争のシーン(アメリカで撮っている)をドキュメンタリータッチで撮り、自分が当初から思い描いていたベトナム戦争映画は撮ってしまった。皮肉なことに『アメリカン・グラフィティ2』は『地獄の黙示録』と公開が被って、そっちの方がヒットしてしまう。コッポラが『SW』がヒットしたあとのルーカスに「金貸して」と電報を送ったなどの逸話も残っている。
裏切られたと感じたのか、コッポラは作中、ウィラードに地獄行きを命じる将校を演じたハリソン・フォードの役をジョージ・ルーカスと名付け、いけすかない人物に描いた。一連の結果からか、ルーカスが映画界から引退するまで2人の関係はギクシャクしていたとも言われている。
現場の惨状は、コッポラの妻エレノアらがメイキング映画『ハート・オブ・ダークネス/コッポラの黙示録』(1991年)を監督しており、そこでは「自殺する」とうそぶき、拳銃をこめかみにあてるコッポラの姿まで記録されていて、こちらも必見だ。
いつか本当の“完全版”を……!
戦場の地獄を描こうとした映画の現場、それ自体が地獄の戦場のような修羅場と化してしまった……。そんな意味でも伝説の映画となった『地獄の黙示録』。しかし、何度もバージョン違いが出されるなど、よりよい、まだ見ぬ『地獄の黙示録』を観てみたい、という願望は観客の間に残り続け、それはコッポラ自身も同様であろう。
前述のように、山のように撮ったフィルムが残されているのはわかっているのである。ワークプリント版だけでも5時間超え。カンヌ映画祭上映版で3時間もあったのだ。コッポラが何度「これが決定版」と言おうと、カーツの王国に道化のように跳梁するデニス・ホッパー演じる怪しい戦場カメラマン(作中では途中でいなくなってしまう!)のその後の運命なども撮影されているらしく、存在が明らかになっているが我々がまだ見ぬ、気になるシーンは多々眠っているはずなのだ。
『トロピック・サンダー』など多くの映画でモチーフ、パロディにされ、近年でも『キングコング:髑髏島の巨神』(2017年)のIMAX版ポスターで『地獄の黙示録』のポスタービジュアルがパロられているなど、多方面に本作の影響は及び続けている。これからも『地獄の黙示録』は伝説の映画として我々を惹きつけ続けるだろう。
Apocalypse Now - Vittorio Storaro
— RTSnyderCut #CeasefireNOW (@RTSnyderCut) February 25, 2021
Kong Skull Island - @larryfong
Army of the Dead - @ZackSnyder #ArmyOfTheDead pic.twitter.com/hI6OdwDFcX
文:多田遠志
副音声でムービー・トーク!『地獄の黙示録 ファイナル・カット』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年5~6月放送
https://www.youtube.com/watch?v=YAdtJgvobdE
『地獄の黙示録 ファイナル・カット』
1960年代末、ベトナム戦争が激化する中、アメリカ陸軍のウィラード大尉は、軍上層部から特殊任務を命じられる。それは、カンボジア奥地のジャングルで、軍規を無視して自らの王国を築いているカーツ大佐を暗殺せよという指令だった。ウィラードは4人の部下と共に、哨戒艇でヌン川をさかのぼる。
監督:フランシス・フォード・コッポラ
脚本:ジョン・ミリアス フランシス・フォード・コッポラ
出演者:マーロン・ブランド ロバート・デュヴァル
マーティン・シーン ローレンス・フィッシュバーン
ハリソン・フォード デニス・ホッパー
制作年: | 2019 |
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CS映画専門チャンネル ムービープラス「副音声でムービー・トーク!」で2022年5~6月放送