ありがとうブルース・ウィリス
あのブルース・ウィリスが引退を表明した。家族の発表によるとウィリスは失語症を患い、これ以上俳優業を続けることが厳しいと判断したためだという。発症の原因が心配ではあるが、『ダイ・ハード』(1988年)や『パルプ・フィクション』(1994年)、『フィフス・エレメント』(1997年)、『シックス・センス』(1999年)といった名作を残してくれた名優に、改めて感謝を伝えたい。
というわけで今回は、ウィリスが2020年以降に出演した(非常に多くの)作品の中から厳選した2作をご紹介。正直、お世辞にも傑作とは言えないシロモノなのだが、まるでキャリアの終焉を察知していたかのように玉石混交さまざまな作品に出まくっていた近年のウィリスの俳優魂に敬意を表して、気合を入れて鑑賞に挑んでいただきたい2作である。
家庭不和を強盗がショック治療!?『ナイト・サバイバー』
ウィリス演じる元保安官のフランクの自宅には、患者を医療ミスで死なせてしまった息子のリッチが、妻ジャンと娘ライリーとともに身を寄せている。状況が状況だけに家庭内の空気は最悪で、全員がギスギスしていて非常に居心地が悪い。『ナイト・サバイバー』(2020年)は、そんなフランク家に招かれざる客がやってくるところから始まる。
虫も寝静まった真夜中、銃を片手に「兄貴の傷を治せ!」と押しかけてきたのは、マティアスとジェイミーの不良兄弟。雑にコンビニ強盗をしたせいで兄マティアスが足を撃たれたのだが、田舎の小さな病院では急患を受け入れてくれなかったのだ。しかし、そこで働いていたリッチが目をつけられ、まんまと追跡された結果、いわゆる闖入サスペンス・スリラーへとなだれ込んでいく。
この兄弟、絆の強さはホンモノだが他は全部タガが外れていて、弟は引き金を引く指がユルすぎるし、兄は穏健派だが暴力をコントロールする能力は皆無という、まるで暴発する銃と壊れた安全装置のような組み合わせ。そうして強盗殺人犯コンビに足の治療を強いられたリッチは、なんとか隙をついてフランクとともに逃げ出し、反撃に打って出るのだが……。
リッチを演じるのは、『ドーソンズ・クリーク 青春の輝き』(2001~2002年ほか)や最近では『エージェント・カーター』(2015~2016年)にも出演していたチャド・マイケル・マーレイ。ウィリスを差し置いて主演するにはギリギリのラインの中堅俳優である。とはいえ、2013年に『フルートベール駅で』で警官を演じた際のインタビューで、あの事件の根深さを広く訴えることの重要性をアツく語っていたことを思い出せば、自然と応援にも熱が入るのではないだろうか。医療ミスだって故意じゃないんだし!
さて、クローズドシチュエーションものとも言えなくない本作だが、舞台がド田舎だけに奔放なカーチェイスを挟む余地もある。もちろんウィリスが乗るのはプリウスなんかじゃなくマッスルカー(70年代のダッジ・チャレンジャー)で、せっかくレンタルしたんだし……とばかりにダッジの顔面を強調。こういったツッコミどころはいちいち微笑ましく、チルアウトムービーとして観ればなかなかオツなのではないだろうか。
機能不全待ったなし家族VS強盗殺人犯というシチュエーション自体は斬新ではないが、“元保安官のブルース・ウィリス”という頼りがいがありそうすぎる存在が適度にハラハラ感を抑え、最終的には心臓に優しい仕上がりになっている本作。ここ数年のウィリス声でおなじみ内田直哉さんが声をあてているので、日本語吹替での鑑賞もおすすめだ。
良くも悪くも歴史に残る珍SF『コズミック・シン』
とんでもないものを観てしまった……! と衝撃を受けた人がほとんどだろう。だが、そのリアクションは間違っていない。『コズミック・シン』(2021年)はウィリスとフランク・グリロの『デス・ショット』(2018年)ぶりとなる共演作だが、それ以外の要素がぶっ飛びすぎているため、2人が共演していることを思い出してホッとする、という不思議な効果を醸し出している。
まず本作、かなり早い段階でどこをどうツッコんでいいか分からなくなるレベルで情報が渋滞しているのだ。2500年代が舞台という、なかなか思い切った時代設定の超ハードSFということだけは間違いないが、寄生エイリアンの襲撃を受けて地球側が反撃を開始したと思ったら、いきなりマンガ的なビジュアルのモンスター系宇宙人が登場して、唐突なサイバーファンタジー風味が理解の邪魔をする。とにかくシークエンス毎の飛躍が凄まじいので、途中から観たらSF転生モノと勘違いしそうだ。
ただ、パメラ・アンダーソンとトミー・リーの息子ブランドン・トーマス・リーを筆頭に、実写版『北斗の拳』(1995年)のシン役でお馴染みコスタス・マンディロア、『パージ』(2013年)のアデレイド・ケイン、『アントラージュ★オレたちのハリウッド』(2004~2011年)のペリー・リーヴスなど、他キャストもモブ扱いではない中堅クラスを揃えているため、画面には常に過剰な緊張感が漲っている。
基本設定にしても、かなり宇宙開発が進んだこの時代でも緊急事態らしい「FC(ファースト・コンタクト)案件」とか、ウィリス演じるフォードは元将軍クラスの大物で、デカいやらかしの過去(数千万人の命を犠牲にした)があるので陰では“血の将軍”と呼ばれているとか、惑星がまるっと吹っ飛ぶくらいの威力らしい「Qボム」と呼ばれる量子爆弾とか、“コズミック・シン(宇宙の罪)”=敵対種の殲滅行為という意味だとか、色々と規模がデカくて脳が回収しきれない。
そして、登場人物たちが装着するのは『エリジウム』(2013年)風のパワードスーツ! と思いきや惑星間移動まで可能という、どう考えてもCGで宇宙船を描くのがめんどくさかったであろう無茶な描写もあり、さすがにこの辺りからどうでもよく……もとい吹っ切れて全てが楽しくなってくる。約1時間半でサクッと観られるし、途中でお話についていけなくなっても気にせず、まったり楽しんで欲しい珍作だ。
『ナイト・サバイバー』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年5月放送
『コズミック・シン』はBlu-ray発売中/Amazon Primeほか配信中