一世を風靡した名作映画の“続編(シークエル)”を、何十年振りに前作と同じキャストで作る、という例は以前このコラムで紹介した。新作の『ゴーストバスターズ/アフター・ライフ』(2020年)なんかも、オリジナル版の俳優たちが勢ぞろいしたという点でそんなパターンのひとつ。
――だが、同じく名作映画の“前日譚(プリクエル)”を作るとなると、オリジナル版の持っていたテイストや世界観と明確に接続できなければオリジナル版のファンの反発を招くことになるから、これを成功させることは意外と難しい。
さて、今回はそんな“前日譚(プリクエル)”のパターンをいくつか取り上げ、「なるほど、そういうやり方があったか!」と感心させられた事例を紹介したい。
前作のファースト・シーンで終わる『遊星からの物体X ファーストコンタクト』
ジョン・カーペンター監督の最高傑作として今日なお語り継がれる『遊星からの物体X』(1982年)は、ベースとなったハワード・ホークス製作、クリスチャン・ナイビー監督の『遊星よりの物体X』(1951年)のアイディアはそのままに、10万年前に飛来して南極の氷に閉じ込められていたエイリアンを、地球の生物を体内に取り込んで元の生物そっくりに擬態する存在とした。
その造形をロブ・ボッティンの特殊メイク、アルバート・ウィットロックの視覚効果で描いて見せ、悪夢のように脳裏に焼き付いて離れないビザールでシュールな映像で描き切った名作だ。
そのオリジナル版から29年を経て、前日譚『遊星からの物体X ファーストコンタクト』(2011年)が製作されたとき、はっきり言ってオリジナル版の完成度があまりにも高かったが故に、さほどの期待はせずに劇場に出かけた。だが、見終わったときには「やられた!」と膝を打ち、心の中で拍手喝采した。
というのも、オリジナル版の冒頭は、一匹のシベリアン・ハスキーがアメリカの南極観測基地へと走って来るのをヘリコプターで追いかけて、アメリカ隊員たちの間に逃げ込んだ“それ”を撃ち殺そうと狂ったように銃を乱射するノルウェー基地隊員を、仕方なくアメリカ基地の隊長が射殺するところから始まるのだが、実は不覚にも前作の冒頭がそういうシーンから始まっていたことを『ファーストコンタクト』を観始めた時点ではすっかり忘れていた。
だが、観ている内に前作のショッキングなシーンの数々がありありと思い出されてきて、生き残ったノルウェー隊員が“それ”を追いかけ銃を乱射するラストシーンを観て、瞬時に29年のブランクを飛び越えてオリジナル版の冒頭シーンを思い出したのだ。
つまり、『ファーストコンタクト』は基本的にオリジナル版の3日前から南極のノルウェー基地で起こった恐るべき出来事を描いていて、登場人物たちはオリジナル版とは全く異なっており、唯一の同一人物としての“それ”を狂ったように追いかけているノルウェー隊員というのも、全身を防寒コートにくるみ、髭面にゴーグルゆえに人相が識別できるわけではないため、全く違和感なしにオリジナル版に接続できていたのだった。
『遊星からの物体X』と『ファーストコンタクト』の場合は、プロデューサーが同一であるものの、監督はカーペンターからオランダ人の新人監督マシーズ・ヴァン・ヘイニンゲン・Jrに代わり、特殊メイクも視覚効果も今風にデジタル加工で作っている。
前作でボッティンとともに現物のプロップを作って撮影することにこだわっていたカーペンターならばどう演出したかな、と想像する余地がある。
全くの別作品ゆえに『エイリアン』とのつながりが一層衝撃的だった『プロメテウス』
一方、『プロメテウス』(2012年)の場合は、名作『エイリアン』(1979年)の“前日譚”として企画された作品だが、何よりもオリジナル版『エイリアン』を世に放ったリドリー・スコット自身が33年振りに直接これを手掛けるというのがミソだった。
というのも、周知のごとく『エイリアン』はシリーズ化されて、ジェームズ・キャメロン(『エイリアン2』[1986年])、デヴィッド・フィンチャー(『エイリアン3』[1992])、ジャン=ピエール・ジュネ(『エイリアン4』[1997年])といった監督たちによってやりたい放題にテイストの違う作品群が製作され、さらには『エイリアンVS.プレデター』シリーズ(2004年ほか)へとフランチャイズ化が進み、それぞれの監督の作風が好きなファンにはそれでよいのだろうが、(筆者を含む)オリジナル版『エイリアン』のリドリー・スコットのテイストが好きな人には、ちょっと残念な展開だったからだ。
https://www.youtube.com/watch?v=ONn7GYoGBYc
“前日譚”とはいっても、『プロメテウス』にはシガニー・ウィーバーをはじめとする『エイリアン』の登場人物たちは誰一人登場しない。共通するのは、『エイリアン』にほんの少しだけ登場していた“スペース・ジョッキー”と呼ばれる、エイリアンとは別の、そしてエイリアンによって滅ぼされた異星人(人類の起源と関連する)の遺骸の存在であり、全く別の物語として構築されていた。――だが、それでいてなお、リドリー・スコットの世界観そのものは、さらに深化した形で明確に『エイリアン』に接続されていた。
『プロメテウス』のあと、スコットはさらに両作を接続させる物語としての『エイリアン:コヴェナント』(2017年)を作っている。この作品では、『プロメテウス』の物語がどう『エイリアン』と繋がっていくのかをさらに示すことで、いくつか残されていた謎を解決させたのだった。
『大いなる野望』無法者ガンマンのスピンオフ的前日譚『ネバダ・スミス』の大成功
さて、『遊星からの物体X ファーストコンタクト』にしろ、『プロメテウス』にしろ、オリジナル版の世界観に忠実でありつつ、無理なくオリジナル版に接続させることに成功しているものの、それらは別の登場人物たちの別の物語という、いわばからめ手で攻めてきたパターンだと言える。
もっと直接的に、オリジナル版の主人公の若き日を描く形での“前日譚”を作る場合には、強い印象を残したオリジナル版の俳優と匹敵するくらいの存在感を示す必要があるから、これは相当に難しい。『ゴッドファーザー』(1972年)でマーロン・ブランドがアカデミー主演男優賞を獲ったヴィトーの若き日を、『ゴッドファーザーPARTII』(1974年)で演じてアカデミー助演男優賞を獲ったロバート・デ・ニーロのケースがいかにすごい事だったか、と改めて思う。
ROBERT DE NIRO's audition tape for the part of Sonny Corleone in THE GODFATHER (1972). pic.twitter.com/rUVHxm9tTC
— All The Right Movies (@ATRightMovies) February 21, 2022
ハロルド・ロビンスの大ベストセラーが原作の『大いなる野望』は、謎の多い富豪ハワード・ヒューズをモデルにした主人公ジョナス・コード・ジュニアが、父から受け継いだ会社をベースに1920~30年代にかけて巨大コングロマリッドを築き、映画界に進出するという野心と背徳の物語。1964年にパラマウントで、ジョゼフ・E・レヴィン製作、エドワード・ドミトリク監督で映画化され、主演のジョージ・ペバードにとっても代表作となった。
この物語の主人公の一人が、父ジョナス・コード・シニアの使用人であるインディアンとの混血児であり、両親を殺した三人の無法者を探し出して復讐を果たしたガンマンとしての過去を持つネバダ・スミス。恩人であるシニアの死後、映画界に飛び込んでサイレント期の西部劇スターとして活躍するという数奇な運命を持つこの男を演じていたのは、名作『シェーン』(1953年)があまりにも有名なアラン・ラッドだ。
ラッドは当時キャリア停滞期で、この作品で見事なカムバックを果たして再び第一線に躍り出たかに思えたが、撮影終了後に睡眠薬の過剰摂取で49歳の若さで死んでしまった。だが、パラマウントとジョゼフ・E・レヴィンは既に『大いなる野望』の続編というかスピンオフというか、強い印象を残したネバダ・スミスを主人公に、彼と恩人ジョナス・コード(シニア)との出会いと両親を殺害した無法者に復讐を果たした彼の若き日々を描いた前日譚『ネバダ・スミス』(1966年)の製作を決めていた。前作に引き続きアラン・ラッドがその役を演じることになっていたのだが、彼の死によって急きょ若手スター筆頭格だったスティーヴ・マックイーンが主役に抜擢される。
Steve McQueen on the set of Nevada Smith, 1966 pic.twitter.com/wCUPqpenmr
— History Photographed (@HistoryInPics) May 6, 2014
完成した映画『ネバダ・スミス』は大ヒットし、マックイーンがさらなる大スターへと駆け上がっていくきっかけとなったが、一人の男の人生の前半と後半を、ハリウッドを代表する新旧二人の大スターがそれぞれに演じて、どちらも代表作になったという点では稀有なケースだった。
まさかのブッチとサンダンスの若き日を描いて成功した『新・明日に向って撃て!』
もう一例、前日譚として大成功したケースを挙げるならば、アメリカン・ニューシネマの金字塔にして、主題歌「雨にぬれても」を含むアカデミー賞四部門受賞の名作『明日に向って撃て!』(1969年)の10年後に製作された『新・明日に向って撃て!』(1979年)が思い浮かぶ。
青春映画のイメージの強い『明日に向って撃て!』だが、ブッチ・キャシディを演じたポール・ニューマンは撮影当時44歳、相棒のサンダンス・キッドを演じたロバート・レッドフォードは撮影当時32歳。青春映画というには、実際にはややとうが立っていた点は否めない。この二人の出会いから共に成長していく若き日々を演じるには、当然ながらフレッシュな新人俳優である必要があった。
その点、『新・明日に向って撃て!』にキャスティングされたトム・ベレンジャー(ブッチ役)とウィリアム・カット(サンダンス役)は当時どちらも新人で、ベレンジャーが29歳、カットが28歳と年齢的にもうってつけだった。公開当時は、「よくぞまあ、こんなにニューマン&レッドフォードのコンビに雰囲気のそっくりな新人を見つけてきたものだ」と思ったものだったが、作品そのものも爽やかで、満足いく作品に仕上がったのだった。
その後の二人の大活躍はご承知の通りで、ベレンジャーが『戦争の犬たち』(1980年)を経て『プラトーン』(1986年)でオスカー・ノミニーとなり、その後も『山猫は眠らない』(1993年)のシリーズ化で活躍、一方のカットのほうは大人気テレビ・シリーズ『アメリカン・ヒーロー』(1981~83年)で日本のお茶の間でも人気者となり、その後もテレビ『新・弁護士ペリー・メイスン』シリーズ(1986~88年)にレギュラー出演している。
ちなみに、『明日に向って撃て!』には、7年後に製作された『続・明日に向って撃て!』(1976年)という続編もあるのだが、こちらはサンダンス・キッドの恋人エッタ・プレイスのその後を描いたテレビ映画で、オリジナル版同様、キャサリン・ロスがエッタ役を演じていたものの、日本ではテレビ放映のみで公開されなかった。
『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』(2018年)のケースなど、前日譚で主役を演じる俳優は、元の映画で主人公を演じた俳優のカリスマ性が大きすぎてどうしても小粒感がいなめない残念な結果となることが多いのだが、その点では『ネバダ・スミス』と『新・明日に向って撃て!』は例外的な成功作といえようか。
これから公開される新作だと、『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)の主人公ウィリー・ウォンカの工場設立前の物語を描いた前日譚『Wonka(原題)』が、ティモシー・シャラメ主演で製作開始されており、ジョニー・デップをしのげるか楽しみなところだ。
文:谷川建司
『エイリアン』『プロメテウス』はディズニープラスのスターで配信中
『遊星からの物体X』『遊星からの物体X ファーストコンタクト』はBlu-ray/DVD発売中
『ネバダ・スミス』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年3月放送
『ネバダ・スミス』
ある日、3人組の殺し屋に両親を惨殺されるマックスは復讐を心に誓い旅立つ。マックスはジョナス・コードと名乗る男から拳銃の扱い方や生きるための様々な教訓を教えられる。そして両親の仇討ちだけを人生の目的に旅を続けるうち、マックスはジョナスが残した教えの本当の意味を考えるようになる。
制作年: | 1966 |
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監督: | |
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CS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年3月放送
『エイリアン』『プロメテウス』
ディズニープラスは、ディズニーがグローバルで展開する定額制公式動画配信サービスです。ディズニー、ピクサー、マーベル、スター・ウォーズ、ナショナル ジオグラフィックの名作・話題作が見放題。さらにスターブランドとして、大人が楽しめるドラマや映画、ここでしか見られないオリジナル作品が続々と登場します。