顔や名の知られているスターが、他スターの主演作品にノー・クレジットでちらっと登場することを“カメオ出演”というが、カメオとはもともと大理石や貝殻に人物の横顔などを浮き彫りの形で彫刻したもののこと。同時に英語の“Cameo”には名場面とか山場という意味もあるので、観客の立場で言うと、思わぬスターの突然の登場にビックリさせられるとともに、その映画の最も印象的な場面にすらなり得る仕掛けとして古くから実践されてきた。
だが、カメオ出演の中には、あるスターが別の映画の中で演じていた役柄そのままの形で別の作品にちらっと出てくる、という手の込んだ形を取ることが稀にある。今回は、そんな例をいくつか紹介しよう。
『大逆転』の“落ちぶれた老優ふたり”がNYで再びチャンスを掴む
エディ・マーフィと言えば一世を風靡した黒人スター。その出世作の一本は、ジョン・ランディス監督が1983年に発表した痛快コメディ『大逆転』だ。――この作品では、「人間が出世する要因は血筋か環境か?」という点で意見の異なる裕福な会社経営者の兄弟(ラルフ・ベラミーとドン・アメチー)が、社内で有望なエリート社員ダン・エイクロイドと、ホームレスのエディ・マーフィの立場を逆転させる実験をする、というストーリー。映画のラストには、兄弟の悪だくみを知ったエイクロイドとマーフィが手を組んで偽情報に踊らされた兄弟を株で破産させ、逆に二人して超リッチな生活を手に入れるというオチだった。
さて、同じランディス監督が5年後の1988年に、売れっ子となったエディ・マーフィと再び組んで作ったのが『星の王子ニューヨークへ行く』。ここでのマーフィは、花嫁探しにニューヨークへやってきたアフリカの豊かな国の王子という役どころで、『大逆転』とは何の繫がりもない。王子は従者を連れての超リッチな旅なのだが、勝手の判らない大都会ゆえに、道端にいた二人の年老いたホームレスにポンッと大金を恵んであげるというシーンがある。その年老いた二人のホームレスを演じているのが、『大逆転』のラストで破産させられたラルフ・ベラミーとドン・アメチーで、二人は恵んでもらった大金に目を丸くして「これでまたリッチになれる!」と喜ぶ。
――これは『星の王子ニューヨークへ行く』にとってはストーリー上とくに意味のあるシーンではなく、単に『大逆転』を覚えている観客に対して、あの兄弟がその後どうなったのかをカメオ出演で示してあげた、というもの。もちろん、同じランディス監督、同じパラマウント映画の作品だから実現したシーンで、観客は思わずニヤッとさせられたのだった。
『バリ島珍道中』にオスカー受賞作『アフリカの女王』のハンフリー・ボガートが!?
こうした例はさほど多くはないが、古くは、やはりパラマウント製作のコメディ『バリ島珍道中』(1952年)のケースがある。
“珍道中”ものはパラマウントを代表するドル箱コメディ・シリーズで、戦前から半世紀以上活躍し、アカデミー賞授賞式の司会を長年務めたことでも知られるコメディアン=ボブ・ホープと、超一流の歌手であり映画でも活躍したビング・クロスビー、そしてエキゾチックで陽気な美女ドロシー・ラムーアの三人が世界のあちこちで繰り広げるドタバタ・コメディ。原題は『Road to ~』で統一され、日本では『~珍道中』の邦題で公開された。1940年から1952年にかけて6本が製作され、その後ユナイト映画で1本、計7本が作られ、日本ではほかにもボブ・ホープ単独のユナイト作品も『よろめき珍道中』(1960年)のタイトルで公開されるなど人気を博した。
さて『バリ島珍道中』の中で、ジャングルでホープが危うくワニに食われそうになるシーンの後、その湿地帯でボロ船を引っ張って水の中を歩くハンフリー・ボガート(ボギー)が登場する。無精ひげを生やし、頭にキャップを被っているボギーを見たホープとクロスビーは、「あれはハンフリー・ボガートだ!」「『アフリカの女王』じゃないか!」「おーい、ボギー!」と呼びかけるが、見失ってしまう。熱病で観た幻影か? と思ったものの、そこにアカデミー賞のオスカー像が落ちていて、「やっぱりボギーがいたんだ!」となる。……ボギーはその前年公開の『アフリカの女王』(1951年)で、ついに念願のアカデミー主演男優賞を受賞していたことは観客なら誰でも知っていた、という次第。
このシーンのように、『珍道中』シリーズはいつも楽屋オチ的なギャグが満載で、毎回豪華なゲスト俳優がカメオでちらっと出てくるのも楽しみの一つだった。ちなみに『バリ島珍道中』には、他にも『底抜け』シリーズ(1950年ほか)で大人気を博していたジェリー・ルイスとディーン・マーティンがカメオで登場している。
……さて、種明かしをすると、ボギーの登場シーンというのは実は『アフリカの女王』のフッテージをそのまま使っていただけで、従ってホープ&クロスビーとボギーが一緒の画面に映るシーンはない。
https://twitter.com/SpacewomanR/status/1184958003881107457
なぜ!? ザ・モンキーズの映画に『イージー・ライダー』まんまのデニス・ホッパーが
実は、『大逆転』と『星の王子ニューヨークへ行く』のジョン・ランディス監督は『珍道中』シリーズの大ファンで、したがってラルフ・ベラミーとドン・アメチーを再登場させるアイディアもその延長上にあることは明白だ。ランディス監督は自作で多くのハリウッド・スターや監督をカメオで登場させることでも有名だが、『スパイ・ライク・アス』(1985年)では本家のボブ・ホープも登場させている。
もう少し珍しい例を挙げると、1960年代後半のアメリカの人気アイドルグループ「ザ・モンキーズ」主演の映画で、やはりドタバタ・コメディの『ザ・モンキーズ/恋の合言葉HEAD!』(1968年)の例がある。この作品は、映画スタジオで起きるさまざまな出来事が脈絡もなく次々と紡がれていくという、ストーリーはあって無いような映画。だが、途中でなんと『イージー・ライダー』(1969年)のビリー役のまんまの扮装のデニス・ホッパーが、サングラスをかけたボブ・ラフェルソン監督、ハンチング帽をかぶったジャック・ニコルソンとともに、ちらっと登場する!
実は、ザ・モンキーズは元々コロンビア映画製作のテレビ『ザ・モンキーズ・ショー』(1966~1968年)で人気に火が付いたグループで、そのプロデュースをしていたのがバート・シュナイダーとボブ・ラフェルソンのレイバード・プロ、映画版の脚本を書いていたのが売れない俳優ジャック・ニコルソンだった。
……言うまでもなく、レイバード・プロがその次に製作を引き受けコロンビア映画配給で公開されたのが『イージー・ライダー』で、ニコルソンはホッパーとピーター・フォンダがちゃんと映画を撮っているかどうかを監視する役目でロケ現場に送り込まれていた。しかし、結果的に三人目の主人公ジョージ・ハンスン弁護士役で出演することになり、その演技でアカデミー助演男優賞にノミネートされ、俳優として第一線に躍り出ていったのだ。
そんなわけで当時、同時進行的に製作が進められていた『イージー・ライダー』のデニス・ホッパーがカメオで登場となったのだ。
名作『第十七捕虜収容所』から26年間も収容所にいた(?)ウィリアム・ホールデン
アカデミー賞といえば、1953年の第26回アカデミー賞で主演男優賞に輝いたのが、『第十七捕虜収容所』のウィリアム・ホールデン。同作品は、第二次世界大戦末期にドイツで捕虜となったアメリカ人下士官たちの集められた収容所が舞台で、ホールデン演じるセフトンはいつも細い葉巻を咥えているタフな男。ドイツ軍と通じていたスパイと疑われたセフトンは、最後には本物のスパイを見つけ、捕虜仲間の英雄とともに脱走する。
ところがセフトンはまた捕まって、今度はギリシアにあったナチス・ドイツの収容所に送られていた……? というのが、イギリス映画『オフサイド7』(1979年)を作ったプロデューサーたちのおふざけだった。
『オフサイド7』は、収容所に捕えられていた考古学者デイヴィッド・ニーヴンを救うべく、レジスタンスのリーダー、テリー・サバラスがナチスの収容所責任者ロジャー・ムーアらと戦う、というよくわからないキャスティングの代物なのだが、カメオで登場するウィリアム・ホールデンは「まだ収容所にいたのか!」と問われると、細い葉巻を咥えながら「ここも悪くないよ。マッチある?」と答える。
ホールデンがこの作品にカメオ出演した経緯は、当時の彼の恋人で親子ほども年の違うステファニー・パワーズがこの作品に出ることになっていたため、ロケ地のギリシアに一緒に来ていたところを口説かれて洒落で出たということのようだ。
Stefanie Powers and William Holden during his African Art Auction in New York, 1977 pic.twitter.com/MQvRDkwL5O
— Aurora (@CitizenScreen) November 3, 2020
もっとも、映画ファンの記憶に残っているのは『オフサイド7』のカメオ出演ではなく、その3年後の1981年11月にホールデンが自宅で転んで頭を打って死亡するという不審死で亡くなったことだろう。同じ月に、俳優ロバート・ワグナーとの結婚生活が危機に瀕していた女優ナタリー・ウッドが、湖でボートが転覆して死亡するというやはり不審死に見舞われたのだが、死亡した二人の配偶者同士だったステファニー・パワーズとロバート・ワグナーがただならぬ関係にあったことから警察が事件性を疑い、映画ファンもまるでフィルム・ノワールのような、映画よりも映画的な出来事に話題騒然となったのだった(ちなみに、みなが想像していたようなことが証明されることはなかった)!
日本の映画やテレビ番組でも! あっと驚く“あの役のあの俳優”のゲスト出演
日本映画でもカメオ出演が行われることは多々あるが、あるスターが別の映画の中で演じていた役柄そのままの形で別の作品にちらっと出てくる、というパターンはなかなか見当たらない。
三船敏郎が黒澤明とのコンビによって『用心棒』(1961年)、『椿三十郎』(1962年)で作り上げたキャラクター(その時々で名字は適当に偽名で名乗るが下の名前は三十郎)を、ほぼそのまま勝新太郎の座頭市と対決させた、大映の最後を飾った岡本喜八監督の『座頭市と用心棒』(1970年)のケースは、本来はあくまでも“カメオ”ということで三船が出演をOKしていたのだが、現場に入るとプロデューサーでもあった勝新の意向で座頭市とほぼ互角の主役という位置付けに代わってしまった。
結果的には『座頭市と用心棒』は座頭市シリーズ中最大のヒット作となったものの、東宝に対して義理を欠く行為になるのを潔しとしなかった三船と、三船を巻き込んでしまう形となってしまった岡本監督との長年の友情にひびが入るという残念な事態を生んでしまった。
Shintaro Katsu vs. Toshiro Mifune #SamuraiSunday pic.twitter.com/2VtyJ3TUpp
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その座頭市シリーズは劇場用映画として26作品製作されたが、各作品で座頭市と戦う相手役のうち、勝負が引き分けとなり、市が倒せなかった相手は二人しかいない。一人は三船敏郎で、もう一人は『座頭市血煙り街道』(1967年)の近衛十四郎だ。
Zatoichi must reunite a young boy with his father in ZATOICHI CHALLENGED — review: https://t.co/vCRuBIj3KZ pic.twitter.com/0g8x2qb06B
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近衛十四郎といえば、何といっても劇場用映画だけで全9本、その後テレビシリーズとして2クール(26本)が作られた『柳生十兵衛』シリーズで知られているが、テレビ版が終了した1965年から7年後には、渡哲也・渡瀬恒彦主演(渡が病気で途中降板して弟の渡瀬に交代)のテレビシリーズ『忍法かげろう斬り』(1972年)の第22話「風魔の佳女」に柳生十兵衛役でゲスト出演し、ファンを喜ばせた。『忍法かげろう斬り』はDVDが発売されているほか、2021年12月から2022年の2月にかけて東映チャンネルで放送中。
ほかにも、テレビシリーズではこうしたケースが時々あり、とくにNHK大河ドラマではかなりの年月を経た後に以前の大河の特定の役で評判が良かった俳優が同じ役で再登場というケースが時折ある。
――その中でも、『真田丸』(2016年)の第28話「受難」に呂宋助左衛門役で九代目松本幸四郎(現・二代目松本白鸚)が登場したケースはファンならずともあっと驚く趣向で思わず膝を打った。言うまでもなく、幸四郎は六代目市川染五郎を名乗っていた1978年当時の大河ドラマ『黄金の日日』で一年間、呂宋助左衛門役を演じていたわけで、なんと38年振りの同役での登場だった!
文:谷川建司
『星の王子ニューヨークへ行く』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年1月放送
『星の王子ニューヨークへ行く』
ザムンダ王国の若き王子アキームは、国王が決めた女性ではなく自分自身で結婚相手を探すため、友人で世話役のセミとともにニューヨークを訪れた。そこで出会ったリサに一目ぼれをし……。
制作年: | 1988 |
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監督: | |
出演: |
CS映画専門チャンネル ムービープラスで2022年1月放送