嵐が見てきた世界を映画で共有
序曲が鳴る。伝えそびれた思いを、いまこそ届けようとしているかのように。私たちに俯瞰からの視点をもたらしながら、序曲が鳴り響く。
そして「感謝カンゲキ雨嵐」。映画を撮るためだけに用意された空間で撮影された嵐のライブ映画『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”』は、こうして始まる。監督は嵐の初主演映画『ピカ☆ンチ LIFE IS HARD だけど HAPPY』(2002年)などヒットメイカーである堤幸彦、主演は相葉雅紀、松本潤、二宮和也、大野智、櫻井翔、嵐の5人。ただし、これはライブを撮影した記録映像ではない。見せたい世界を届けることを目的に作られた“映画”だ。
撮影現場は、東京ドーム。52000人もの“エキストラ(撮影を了解した観客)”を集め、2018年11月から2019年12月まで約1年1カ月にわたって嵐が行った20周年の記念ライブツアー「ARASHI Anniversary Tour 5×20」とほぼ同じ条件を作り出し、125台ものカメラで撮影した。
そうやって切り取られた世界は、私たちをおよそ経験することのない高揚感へと誘う。その興奮は彼らとともにムービングステージ上でバウンドした。嵐というアーティストがライブを行うたびに見てきた世界。厳密には、その景色も20年の間にさまざま変化したことだろう。ただライブを行いながら嵐が目にした景色は、彼らの中にある思いを醸成させた。映画はその思いを形にするために作られたのだと思う。50公演を行った「ARASHI Anniversary Tour 5×20」の世界を映画として共有させることで、それを伝えられるのではないかと。
https://www.youtube.com/watch?v=CgsiT1uffk0
嵐が見てきた景色を共有することが、感謝を伝える一番の近道になる
私たちの目は、本来、さまざまなものを広い視野で捉えることができるように設計されている。だが、時々その機能は正しく仕事をすることを放棄する。こんな時代、どうせ心が沸き立つことなど起こりはしない。だから自分の目で見ずともいいのだ。そう決め込み、背を丸め、うつむき、高をくくっているからなのかもしれない。
ライブを映す『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM』だが、MCにあたる部分はほぼない。また、ステージに立つまでを描くメイキング的シークエンスもない。MCを見るには『ARASHI Anniversary Tour 5×20』のDVD/Blu-rayが、メイキングならNetflixで独占配信中の『ARASHI’s Diary -Voyage-』があるからだろう。そう確認していくだに、この作品が別の目的を持って作られたものであることが明らかになっていく。
スクリーンから提示されるのは、主にさまざまな角度からとらえた舞台上の嵐のパフォーマンスだ。時折、嵐のメンバー個人の顔やパーツもフィーチャーされる。それは観客の視点を主観的なまま維持させるための仕掛けなのだと思う。それによって味わったのは、自分もまた彼らがパフォーマンスするステージに立っている、という感覚。最高のパフォーマンスと会場の熱気が伝わってきた『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)のクライマックス・シーン、「ライブ・エイド」の場面で味わった感覚を思い出す。
主観的視点で映画に参加させることで、嵐および堤監督が伝えたかったこととはなにか? 一つは、休止を発表したときから繰り返し言葉にしてきた「感謝」なのではないか。彼らが見てきた景色を共有したとき、観客である我々はどう感じるか? それをそれぞれに体験してもらうことは、ある種、感謝を伝える一番の近道になると。光に満ちた客席を見たとき湧きあがったのは、体験したことのない肯定感。そこから派生する気持ちは人それぞれだが、私の胸を満たしたのは幸福感であり、光の海を構成する一人ひとりの存在に感謝する気持ちだった。
https://www.youtube.com/watch?v=-ZCdPIeehBs
ペンライトを持つ自分を、嵐の立場から見る
6月に開催された第24回上海国際映画祭では、Gala部門とDolby Vision部門で上映された。約2000枚のチケットは売り出しとともに完売したという。特に、映像と音響がデザインされたDolby Cinemaで観た方の臨場感は、未体験なものとなったのではないか。
Weiboに挙げられた映画祭の観客の感想を読んでいたとき、面白いものに巡り合った。引用していたのは、エドワード・ヤン監督の『ヤンヤン 夏の想い出』(2000年)。父親にもらったカメラで人の後ろ姿ばかりを撮る少年ヤンヤンはその理由をたずねられ、こう答える。「後ろ姿は自分では見えないから」と。「5×20」などを歌唱する5人を後ろから映し出したショットが、自分では見えない姿を嵐に提示したものと感じられたらしい。
そうなのかもしれない。だが、私はむしろ自分では見えない姿を提示されたのは、我々、観客のほうではないかと感じた。ライブという大勢の“個人”を集めた場所にいる自分自身を。客席にいるのであれば、見える光景は重なるペンライトの先にいる嵐だ。だが、この映画ではペンライトを持つ自分を、嵐の立場から見る。
会場いっぱいに広がるペンライトの海を作り出すまでに嵐が経験してきたこと。その中にはハッピーとは言い難いこともあっただろう。ただし人生は、幸せとそうでもないことの絶妙なバランスで成立している。祖母、両親、姉と世代の異なる家族に起きる出来事を少年の目で捉えた『ヤンヤン 夏の想い出』のメッセージは、「人生で起きることは複雑に見えるがシンプルだ」というもの。
嵐と我々観客が次なるステージへと歩み出すためにはエネルギーが必要だ。複雑な事態が起こらないよう、うつむいていては幸福にも出合えない。だから、歩き出すエネルギーを醸成する勇気を、考え方を提供するために、この場所を共有させたのではないか、とも思った。考えすぎかもしれないが。
多くの作品を台湾で撮ったエドワード・ヤンが、実は生前アメリカ在住で、世界での評価のほうが高かったように、嵐のこれまでドメスティックだった活動と哲学が世界で響くという第二章が始動する未来を期待したい。
文:関口裕子
『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”』は2021年11月3日(水・祝)ドルビーシネマ限定 先行公開/11月26日(金)より全国公開