DAVID BEFORE BOWIE.
――ボウイになる前のデヴィッド―― この英語版のキャッチコピーが、映画『スターダスト』の全てを表している。史上最も影響力のあるアーティスト(英国NME誌選出)であり、20世紀最大の(トリック)スターとも言える、デヴィッド・ボウイ。
デヴィッド・ボウイは芸名で、本名デヴィッド・ロバート・ジョーンズ。日本的にいうと、鈴木一朗がイチローになったような感じ、といえばいいだろうか。平凡すぎる名前をボウイに変えたのはこの映画以前の1966年、19歳の時だが、『スターダスト』はブレイク直前の1971年、アメリカでの数ヶ月を中心に描いている。
スターダスト=星屑から真のスター、そして真のアーティストになるまでの、24歳の青年デヴィッドの悩み多き日々をロード・ムービーの形で描いていく本作。ボウイが異星人のロックスター、“ジギー・スターダスト“という別人格と、そして代表曲の一つ「スターマン」を含むアルバム「ジギー・スターダスト」を生み出すのは1972年のことだ。
踏んだり蹴ったりの米プロモツアー
ボウイは1969年に、映画『2001年宇宙の旅』(1968年)に影響を受けた曲「スペース・オディティ」をスマッシュ・ヒットさせ、英国では人気アーティストとなったものの、アメリカでは名声を獲得するまでには至らなかった。1970年にアルバム「世界を売った男」を発表するが、これがアメリカではさっぱり。そこで妊娠中の妻アンジーを本国に残し、単身アメリカへプロモーション・ツアーへ向かう、というのが映画の導入だ。
飛行機嫌いだったボウイ(都市伝説じゃないよ。1973年の初来日時には、船で来日したほど)は意を決して大西洋を渡るが、機内で彼は「スペース・オディティ」の主人公の宇宙飛行士トム少佐となったかのような幻想を見る。歌の中で、トム少佐は宇宙の旅に出たものの漂流してしまう、孤独の象徴のような存在だが、ボウイは漂流も墜落もせず飛行機はアメリカに到着する。しかし、アメリカは彼を簡単には受け入れない。なんとマネージャーの手落ちで興行ビザを取っておらず、空港で足止めを喰らってしまうのだ。さらに当時としては珍しい女性ものの服や靴を履いていたことを、係員から見咎められる。なんて険しいスタート。
だが、さらに驚くことに、彼を迎えに来た米マーキュリー・レコードのパブリシスト、ロン・オバーマンはホテルを用意せず、母の運転で自宅へと連れていくのだ。なんたる洗礼。でも、そこにキレたりしないのがデヴィッドくんの良いところでもある。「僕って、まだこんなもんなのか」と凹みはするけど。デヴィッドくん、兄想いだし、いい奴なんだよ。
そんなボウイを演じるのは『アクトレス ~女たちの舞台~』(2014年)で作家役だったジョニー・フリン。顔は似ていないのだが、見ているうちに時々、はにかむ横顔などがボウイと重なって見えてくるから不思議だ。ボウイの歯並びの悪さを強調するため、入れ歯をしているのはちょっとやりすぎな気もしたが、繊細な青年の心持ちをふとした表情で見せてくれる。
日本語字幕は“What follows is (mostly) fiction”を「ほぼ実話」としているが、どちらかというとほぼフィクション、だろう。この旅での彼の相棒となる宣伝マン、オバーマンはしがない中年男性として描かれているが、実際には彼もまた27歳の青年だった。監督のガブリエル・レンジは、ロンのパートはかなり自由に創作したようだ。
自ら命を絶った兄、テリーとの関係
デヴィッド・ボウイの遺族から許諾を得られなかったため、この映画でボウイの曲は一切使用されていない。そのため演奏シーンでは、ボウイが当時カバーしていたジャック・ブレルの「アムステルダム」や「マイ・デス」、ミュージシャンでもあるジョニー・フリンの自作曲などで賄っている。
当時、ボウイはビザがなかったため演奏活動ができないのだから、そのままいっさい歌わせない、という方法をとっても良かった気がする。または、『ベルベット・ゴールドマイン』(1998年)くらい、事実に基づくフィクションに振り切ってしまう、という手もあったのでは? ちなみに映画の中でアンジーのお腹にいる子が、後に『月に囚われた男』(2009年)などを撮る映画監督ダンカン・ジョーンズだ。いつかダンカンが、ボウイのことを映画にする日が来たら良いのに、とついついファンとしては期待してしまう。
だが、それでも映画は愛すべき部分がある。まず、70年代初期のアメリカやイギリスの空気など、その違いを味合わせてくれる点だ。ロンドンのグラムロック前夜の退廃した雰囲気、一方、ニューヨークではヴェルヴェット・アンダーグラウンドのルー・リードに会えたと思ったら別人だったり、アンディ・ウォーホルに招待されたがイマイチ相手にされなかったり、というあたりが面白い。ボウイの盟友、T.Rexのマーク・ボランや、ギタリストのミック・ロンソンも、もう少し似ているとよかったんだけども。
そしてボウイと兄テリーとの関係に焦点を当てている点も注目したい。10歳年上の異父兄テリーは、音楽や文学を教えてくれるボウイにとって大きな存在だった。だが兄は統合失調症を発症し、入退院を繰り返すことになる。愛する兄を失っていく感覚、そして自分も心を病むのでは、という恐れが彼をさいなむ。兄テリーは1985年に命を絶った。
デヴィッド・ボウイはその後スーパースターとなり、「ヒーローズ」や「レッツ・ダンス」など、アルバムを発表するたび別人のように変貌していく。そして2016年1月、「★(ブラック・スター)」を発表した直後、69歳でこの世を去った。『地球に落ちて来た男』(1976年)や『戦場のメリー・クリスマス』(1983年)など映画出演も多い。私にとってボウイの不在はいつになっても慣れないが、未発表作「TOY」の発売や、この映画のラストシーンにつながるライブ映画『ジギー・スターダスト』も2022年に再上映される。スターマンは、星から今も何かを発信し続けていると信じよう。
文:石津文子
『スターダスト』は2021年10月8日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国公開
『スターダスト』
1971年、「世界を売った男」をリリースした24歳のデヴィッドはイギリスからアメリカヘ渡り、マーキュリー・レコードのパブリシスト、ロン・オバーマンと共に初の全米プロモーションツアーに挑む。しかしこの旅で、自分が全く世閻に知られていないこと、そして時代がまだ自分に追いついていないことを知る。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、アンディ・ウォーホルとの出会いやファクトリーなど、アメリカは彼を刺激した。兄の病気もデヴィッドを悩ませていた。いくつもの殻を破り、やがて彼は世界屈指のカルチャー・ アイコンとしての地位を確立する最初の一歩を踏み出す。《デヴィッド・ボウイ》になる前のデヴィッドの姿。
制作年: | 2020 |
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監督: | |
出演: |
2021年10月8日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国公開