コピーは「父、暴走」、「迫りくる古田新太の狂気」である。2021年9月23日(木・祝)に公開となる映画『空白』で、万引きを疑われ逃げている途中で交通事故死してしまった娘の父親、添田充を演じる古田新太。
娘を万引き犯として捕まえたスーパーの店長・青柳直人役の松坂桃李に迫る、圧の強い演技が早くも話題だ。しかし、添田は根っからのモンスターなのか? 俳優・古田新太に聞いた。
「オイラは人間的に添田さんは嫌いです」
―漁師の役はハマって見えましたが、ご自身ではいかがでしたか。
まったく自分の中にない人間ですね。「操縦してください」って言われて、くわえ煙草で「はい~」って演ってただけです。登場人物全員が“自分が正しい”と思っている人たちばかりだから、かわいそうな人しか出てこないです。誰も冗談を言わない、あんな空間にはいたくないですね。
添田は、真面目な人なんじゃないですか。コロナ禍でもないのに家で缶ビール飲んでるような人だから。仕事に真面目で、自分に信念を持ってて、だから翔子(田畑智子さん演じる添田の元妻・松本翔子)に逃げられる。堅物なんだろうな。奥さんからしたら、あんな固い人間いやでしょうね。ほかの漁師仲間ともあんまり付き合いないし、そのわりに家に賞状がいっぱい飾ってあるんです。仕事ができるから漁協からは信頼がある。季節(藤原季節さん演じる添田の助手・野木龍馬)がいなかったら、本当にひとりぼっちの人。だからオイラから見たら、変わってんな、しんどいだろうなと思います。
思ったことを言うって悪いことじゃないんだろうけど、そこに“自分は間違ってるのかどうか”という考え方がない。だから「俺が万引きなんかしねえって言ったらしねえんだよ!」って言う。だけど、娘のことなんてわかりっこないんですから。
―野木に「充さんが親だったらきついっすわ」って言われて動揺するシーンもありましたから、自分でも娘のことはわかっていないと思っていたとは思います。
そうでしょ?「はっきり喋れ!」っていう人ですから。役者でもないのに「滑舌よく喋れ、発声悪いんだよ」って言ってるようなもんですからね、きついですよ。でも、そんなもんじゃないですか? オイラだって娘が小学生のときから、ずっと「お前、しゃべるんだったら嘘ついてでも面白い話しろよ」って言ってました。めったに一緒に食事することないんですけど、たまたまタイミングがあって晩飯一緒だったときに、なにも喋らないのもなと思って「そういや今日、遠足だったんだろ。なんかなかったのか」って言ったら、娘が「お父さんが喜ぶような話は、さほど」「あっ、そう……」って(笑)。
でも、そんなもんだと思うんですよ、娘と父親って。添田さんだって別段間違ってない。一緒にご飯食べてたし、娘の花音だって引きこもってもいないし、学校に行って部活もやってるし。万引きぐらいですね。でも、それが許せなかったんですよね。娘がマニキュア、しかも透明のマニキュアを盗んだなら「じゃあ謝れ」で済む話じゃないですか。ただ、それで追っかけられて死んじゃったから、事故が起きたことがいちばんの問題なんだけど、万引きなんかしないんだって考える添田さんの頑なさというか意固地さっていうか、自分の思い通りにならないのが絶対に許せないんでしょう。
―添田さんを「根が怖い、人として怖い人」と評されていましたが、どんなところが怖いと思われますか。
“自分は間違ってない”という頑なな信念です。その自信は一体どこから来るのか。そういう根拠のない自信を持っている人が怖いです。なにかに裏打ちされたものとか証拠とかもないのに、てめえが正しいと思っている人は、怖いです。そこは寺島しのぶ(正義感が強すぎるスーパーのパート店員・草加部麻子)が怖い、というところにもつながります。どうして自分が絶対に正しいと思えるのか、「間違ってたらごめんなさい」って言うのが、正しいような気がします。そのエクスキューズを入れてから喋るくらいの余裕はなかったのか? という気がしますね。
青柳が追い込まれて弁当屋に難癖つけるシーンみたいに、自信がない人間でもああいうキレ方をすることがあるにも関わらず、添田さんという人はすごく自信があるでしょう? 彼はキレてないんですよね。自分は間違ってないと意見を言っているだけで。だからオイラは、人間的に添田さんは嫌いです。
―“自分が正しいのだから”という感覚は、相手がワイドショーの標的だからといって嫌がらせの落書きをしてくる一般市民の“正義感”に通じるものがありますね。
普通に考えて、見つかったら捕まるようなことをやってしまうっていうのは、正直どうかしてますよね。桃李とも話してたんですけど、やっぱり草加部がいちばん怖い、と。桃李は実際にスーパーでバイトをしてたことがあって、ああいう人いるらしいです。良かれと思って勝手に自分のサークルのチラシとかを貼っちゃうおばちゃんとか。添田はただ許せないということでやってるんだけど、草加部のタチが悪いのは、良かれと思ってやっている。
本当にかわいそうな人しか出てこない映画だと思うんです。添田さんはいかんせん、娘を亡くしてますから。事故とはいえ殺されちゃったから、しょうがないと言えばしょうがないのかな……。そこで自分にも非がないのか? って省みるはずなんだけど、殺された事実しか頭にないんです。それが色んな人と関わっていくうちに、だんだんだんだん、自分にも非があるんじゃないか? っていう気持ちが芽生えていく映画だと思うんですけど、オイラはあんまり、この映画に出ている人たちとは友だちになれないなって思いました。
「オイラとしのぶちゃんが言い合いとかして、桃李が一人で困ってました」
―松坂さん演じる青柳を追い詰めていくシーンに見応えがありました。実際の関係性はどうでしたか。
桃李だけでしたね、真面目なのは。だって、しのぶちゃんとか(片岡)礼子ちゃんとか智子も、ただの飲み仲間ですから。「花音に会わせて!」って号泣してるシーンのあと、「カット」って言われた瞬間に「今日は焼き鳥屋な」みたいなノリだったんです。でも桃李だけは、このあとどうするの? って聞くと「いや、ちょっと僕は部屋で……」って、一度も飲みに来ませんでした(笑)。
―やはり役の設定上、ちょっと距離を置かれる感じだったのでしょうか。
(野村)麻純ちゃんと礼子のかわいそうな親子(娘を車ではねてしまった女性・中山楓とその母・緑)とかも、撮影が終わった瞬間に「先に(店に)行ってますね〜」って。コロナ前の撮影だったから、毎日蒲郡で飲んでました。だから桃李が一人で困ってましたね。オイラとしのぶちゃんが言い合いしてるところとか、「この二人を止めることなんてできない、でも止めなきゃいけないし、嫌だな~」って思ってたらしいですよ(笑)。
オイラは役作りもしないし、役に入り込むって一体どういう意味なのかよくわからないし、役が抜けないって人は「じゃあ二重人格の役の時はどうするんだろう」と思うタイプですから。スタートかかったらテンション上げる、カットかかったらテンション抜くっていうことで、オイラたちの仕事が成り立っているんだろうと思ってます。映ってるところだけ監督の言うことを聞いておけば、リモート会議じゃないけど、下パジャマでもいいんじゃないの? くらいです。
今回はすごく若い俳優さんが花音ちゃん(伊東蒼)ぐらいで、あとは若いって言っても趣里ちゃんとか季節とか、他は年の近い人が多かったので、その辺り、みんな切り替えが早くて助かりました。めんどくさいこともなくて、あれで本当に仲悪かったりしたら嫌ですよね。
―映画のフライヤーなどには、添田がものすごいモンスターのように書いてありつつ、実際には意外とまともで真面目ないい人、という感じでした。最初から誤解させようというストーリーだったのでしょうか。
そこは予告編のイメージじゃないですか、桃李の土下座とオイラの怒り推しだから。だから「この人はよっぽど……」みたいな感じになるけど、結構、漁港でのんびり過ごしている人たちの風景なんです。だから日常にもありうる話だし、誰も悪くない。本当に吉田監督は底意地が悪いというか、みんな無茶苦茶になるんだけど、そうなっちゃった理由があるのは草加部ぐらいで、ほかの人間はもうどうしようもない力でそうなってしまったっていう部分があるじゃないですか。あんな“怪物といじめられっこ桃李”みたいな宣伝をするとは思ってない現場だったから、みんなのんきでした。野木にタバコを投げつけるシーンとかも、現場ではみんなゲラゲラ笑ってましたし。
―じゃあ、怪物ぶりを見せてやるぜ! などということはなく、のどかな生活を送っていた実直な人間なのに、事故で変わっていく。
台本を初めて読んだとき「うわっ、地味! なんでオイラ?」みたいに思ったくらいでした。こんなにみんなに「怖い」とか「激しい」とか言われる映画になるとは思ってなかったです。(吉田恵輔)監督とも、よく二人で飲みに行ってバカ話ばっかりしてましたから……。監督に、これさえ撮っておけばこうつながるんだっていう、ちゃんとしたビジョンがあったんだと思います。
80%にしておこうと思っていたのに、120%出てしまった瞬間
―監督に言われて、これは……! というすごい演出はありましたか。
オイラはすごくやりやすかったです。吉田監督の現場は初めてだったんですけど、葬式のシーンとか結構ガンガンやり合って桃李(青柳)を責めるところとか、ある人物の葬式のシーンで「許してやってください」と言われるところとか、結構ヘビーなシーンが多かったんですけど、葬式のシーンのあとはすごく爽やかな楽しい現場になってましたから。
監督も監督で、桃李と散々やりあったあと「参列者のエキストラの皆さんに、古田さんからご挨拶を」とか。それで「今日はどうもご苦労様でした(笑)、ありがとうございました。多分いいシーンになってると思いますので、みなさん楽しみに帰ってください。なんか記念品があるみたいですよ〜」みたいな。そんな現場だったんですから。
―あんな空間にはいたくない、しんどいだろうな、という役柄だったとのことですが、演じていて一番辛かったシーンはどこですか。
ええと、船ですね。
―それは物理的に?
物理的に。季節が「気持ち悪い」とか言い出して。あとは、スーパーの裏で青柳を待ち伏せして跡をつけるっていうシーンを一連で撮って、5か所くらい移動させられたんです。これ、さっきの道でいいんじゃないの? って。それぐらいですかね、辛かったシーンは。
―肉体的に辛いシーンはあったけれど、感情的には切り替えがうまくいったということですか?
アクション映画とかだったら肉体的な辛さがあるんだろうけど、こういう淡々とした、だけど瞬間的に感情を沸点に持っていかなきゃいけないっていうのは……。オイラはもともと舞台屋なので、毎日同じことをやらなきゃいけないから、“120%に見える80%”でしか仕事しないんです。でも映画だと、本当に120%出さなきゃいけない。普段そういう仕事をしている人間としては、85%を出したら125%ぐらいに見えるんじゃないかなって。
―それでも結果的に120%出てしまったところはありましたか?
花音の遺体を見るところですね。学校の体育倉庫みたいなところで、全然霊安室でもなんでもないところで撮ってるんですけど、そのときはもう、すごいテンションの上がり方をします。号泣しなきゃいけないですし。
―先ほどカットがかかればテンションが抜けるとおっしゃっていましたが、ラストシーンはカットの声がかかってもカメラが回されていたそうですね。カットの声がかかった瞬間、何を考えていましたか。
ラストシーンは先に撮ったんです。本当のラストカットは、趣里(中学校の担任教師・今井若菜)が花音の絵を家に届けに来るシーンで、あのラストシーンは先に撮りました。台本上では、その前に野木が「戻ってきていいですか」っていう、添田には若干の救いが、まだ一緒にいてくれる人が一人でもいたというシーンがあって。ラストシーンはその後なので、青柳のことを許しちゃいないだろうけど、ちょっと抜けたというか、次に行ける気になったというか。本当にわずかなんだけど、同じ景色を見てたんだなっていうだけのつながりでも、添田がほっとした部分……全部よそを見てたわけじゃなかったんだと。添田は完全に打ちひしがれていたと思うんです。「俺は娘のことを何も知らなかったんだ」って。だけど野木が残ってくれて、娘と同じ風景を見ていた瞬間があった。だからあのカットがかかったときは、なるほどな、みたいなことを思ってました。
本当に吉田監督は底意地が悪いですよね。最初は泣かない約束だったのに、撮る間際に軽く「どうですか、もうここまできたら泣いちゃいましょうか」って言って撮った。だからカメラさんとか、終わったあとに「プロ! プロ!」って言ってましたからね(笑)。そのシーンも完全に止められるまでは続けるのが俳優だから、カットが聞こえてなかったんじゃないかな。そこも吉田監督は意地悪だから、回せるところは回せみたいなところがあったんだと思います。急に「泣け」っていう人ですから。だから、あのシーンが終わった後に放心したっていうことではないです。吉田監督は覗き見が好きなんですよね。オイラ本当はハキハキやってくれる監督が好きなんですけど、なんかそういう覗き見が好きな監督の中では、仲良くなれた人ですね(笑)。
―先日、プロデューサーの河村光庸さんにインタビューさせていただいた際に「『空白』は、“私”を主張でき得ない社会や現状を表している。“空っぽ”で、劣化という以上に何もない、不寛容よりもさらに厳しい状態を表したタイトル」だとうかがいました。古田さんは世間の不寛容とか空っぽさを感じることがありますか。
オイラは、ないです。基本的に苦手な人には近づかないし、飲みに行けば一緒に飲んでくれる人がいるし。このコロナ禍で孤独を感じている人たちはいっぱいいるんだろうし、『空白』の中の人たちみたいに孤独を感じている人も多いだろうけど、オイラはないですね。“空白”を感じている暇がない。仕事は忙しいし、居酒屋に行けば常連が待ってるし、家族とも酒を飲んでる。
いま本当に、全然飲みに行けないじゃないですか。新宿とか下北の居酒屋のママや大将から電話かかってきて「飲みにきてよー!」とか、それぐらいの人との付き合いはありますから。どうしてここまで孤独を抱えてしまうのかオイラには理解できないけど、でもきっといるんだろうなと思います、世間を見ていると。
―若いころにバイトだけで1000万円貯めたことがあるそうですが、そうしたご自分の人間力と今回の役どころで似たところはありましたか。
仕事を一生懸命するところですかね。いろんなバイトをしてきたんですけど、とりあえず店長を目指すんです。このままでいいやって考え方じゃなくて、新しいメニューを考えたりするタイプだったので。そうすると大抵、金庫番にされるぐらいまでは行くんです。その辺りが似てるかな。
添田さんはやっぱり、漁師として「仕事の腕じゃ誰にも負けないぞ」みたいなプライドを持っていて、野木に厳しく当たるのも、愛情があってこそ。彼が息子代わりなんだけど、悲しいかな花音は女の子だったので、野木に接するような接し方ができなかったんでしょうね。それはちょっと哀れで。花音が男の子だったら、また全然違ったんでしょう。でも、あれは父と娘として普通なんじゃないですか。
―携帯電話を捨てるシーンなどは、現代の感覚では「信じられない!」って感じでしょうけど、昭和のころはお父さんに電話を取り次いでもらえないなんて話はよく聞きました。
花音が携帯を持つことが嫌だったんでしょうね。オイラなんか逆に、娘から「携帯持ってよ」って言われますから。添田さんは、何だろう……スマホはエロ動画とか見られるからダメなのかな? なんか不思議な人だなと思いながら。 ああ、そういう人もいるんだろうなって。こんな風に生きる人いるんだ、というような気持ちで演ってました。
本当に意地悪な監督で楽しかったです。だいたいこうなるんだろうな、と思えてしまう映画って、オイラは演っててあんまり楽しくないんです。吉田監督は出来上がりを見て、好き嫌いは別にして面白かった。あのシーン、こうなっちゃうんだ! って。映画は映画監督のものだと思うから、最終的に編集して要らないところは切られて、要るところを使って作ってもらえるんだと思ってるから、非常に面白かったです。ああ、あれがこういう映画になるんだというのが。
取材・文:遠藤京子
撮影:落合由夏
ヘアメイク:田中菜月
スタイリスト:渡邉圭祐
衣装:シャツ¥14,300:パンクドランカーズ(問鷹の爪 HEAD SHOP:03-3478-4844)/キャップ、Tシャツ、パンツ:スタイリスト私物/雪駄:本人私物
『空白』は2021年9月23日(木・祝)より全国公開