これがカンヌの本気! 徹底したコロナ感染対策
コロナ禍により、2年ぶりに開催された第74回カンヌ映画祭。女性監督作品の28年ぶりのパルム・ドール受賞、『ドライブ・マイ・カー』の脚本賞受賞、スパイク・リーのフライング発表など多くの話題があったが、振り返れば、検査に始まり、検査に終わったカンヌだった。
例年5月の開催を7月にずらし(つまり2年2ヶ月ぶりの開催だった)、感染対策を徹底してほぼ通常通りに開催すると発表されたときは半信半疑だったが、実際やり切ってしまったのだから、カンヌ映画祭、そしてフランスの底力を感じる。
例年のカンヌでは少々いい加減だなあ、と感じることがあるのだが、感染対策においてはまったく本気度が違った。映画祭会場パレ・デ・フェスバルの中に入るには全員、EUのいわゆるワクチン・パスポート(有効なワクチン摂取証明か抗体証明)、または新型コロナの陰性証明書が必要で、後者の有効時間は、なんと検査時間から48時間以内。これは日本からフランス行きの飛行機に乗る際の72時間以内よりも厳しい条件だった。
そのためパレの並びに、映画祭専用のPCR検査会場が設置され(例年は各国の映画ブースが並んでいた)、2日に1回以上のペースでPCR検査を受けることに。もちろん映画祭パスがあれば全員無料。ただし結果が出るまで5時間程度かかるので、空白時間を作らないために、後半はほぼ毎日受けることになった。
検査結果がメールで来たら、フランス政府発行の衛生アプリANTI COVIDに連携させて、スマホにQRコードを表示させて会場に入る、という段取り。これをパレに入るたびに繰り返すから、入り口は大行列だった。ただし同じパレでも、レッドカーペットのあるルミエール大劇場と、ある視点部門のメイン会場であるドビュッシー劇場ではこのシステムは採用されていなかったので、抜け道があるといえばあった。PCR検査場では1日2〜3人の陽性者が発見されたものの、大規模なクラスターは起きなかったようだ。
7月21日からは変異株対策で、フランス全土の映画館や美術館の入場に際し、カンヌ映画祭と同じシステムが採用されている。流石に陰性証明は検査から72時間以内が有効に設定されているが、カンヌ映画祭が実質的な予行演習だったのかもしれない。
出演作4本出品のレア・セドゥもコロナ陽性に……
ちなみにレア・セドゥは出発前にパリで検査を受けたところ陽性となったため、映画祭への参加を見合わせた。レアは、ウェス・アンダーソンの『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』、ブリュノ・デュモンの『フランス(原題)』など、今年のカンヌに4本もの出演作があり、そのうち3本は主演作だった。
レアはワクチン接種済みで無症状だったとはいえ、これは大きなニュースだった。カンヌの会場内ではもちろんマスク着用が必須だったのだが、レアの件があったことと、12日にマクロン大統領がテレビ会見を開いたせいか、それ以降、記者会見もマスクをする映画人がグッと増えた気がする。
流石にマスタークラスでは登壇者はマスクをしていなかったが。今年はマスタークラスが、前回『パラサイト』(2019年)でパルム・ドールを受賞したポン・ジュノをはじめ、ジョディ・フォスター、マット・デイモン、イザベル・ユペール、マルコ・ベロッキオ、スティーブ・マックイーンと6回も行われ大盤振る舞いだった。昨年と合わせた2年分だったのかもしれない。
こうしたイベントをはじめ、映画祭のチケットが全てEチケットになったのも、今年初の試みだった。
パルム・ドールを授賞した新鋭デュクルノー監督『チタン』
さて、正直、面白い映画も多かったとはいえ、ここ数年の中では、粒揃いとは言えなかった今年のコンペティション。女性映画監督としてはジェーン・カンピオンの『ピアノ・レッスン』(1993年)以来28年ぶり、そして単独では初めて(『ピアノ・レッスン』はチェン・カイコーの『さらば、わが愛/覇王別姫』[1993年]と同時受賞)となるジュリア・デュクルノーの『チタン(原題)』がパルム・ドール受賞という歴史的な幕切れとなったわけだが、どんな映画よりも面白かったのは審査委員長のスパイク・リーだった。
審査員長スパイク・リーが授賞式で失態?!
既報の通り、パルム・ドールを冒頭でフライング発表してしまい、観るものを唖然とさせてしまったスパイク。これは司会を務めたフランスの女優ドリア・ティリエ(『ベル・エポックでもう一度』[2019年])からの「最初の賞(First prize)は何ですか」という質問を、「一等賞(First prize)は何ですか」と勘違いしてしまったせい。フランス語と英語を交えての司会進行に、スパイクが混乱してしまったのも無理はないのだが、しばらく本人は呆然としていて、その後は審査員のタハール・ラヒムがまるで介護人のように付き添って説明していたのが微笑ましくもあり、スパイクもおじいちゃんになったんだなあ、とちょっと寂しくもあり、だった。
最高賞パルム・ドールを競った出品作
事前の映画誌などの星取表では、パルム・ドールは、濱口竜介の『ドライブ・マイ・カー』、レオス・カラックスの『アネット(原題)』、アピチャッポン・ウィーラセタクンの『メモリア(原題)』、そしてポール・ヴァーホーヴェンの『ベネデッタ(原題)』を推す声が多く、私もその一人だったのだが、中でも一押しだったヴァーホーヴェンは『エル ELLE』(2016)に続いてまたも無冠に終わってしまった。嗚呼!
『ベネデッタ(原題)』は17世紀に実在した修道女が『ロボコップ』のように暴れ回る、もとい、レズビアンであるため宗教裁判にかけられる話なのだが、フェミニズム映画であり、新型コロナを彷彿とさせる描写もあり、まさに2021年の映画になっている。
『チタン(原題)』はスパイク・リーが「キャデラックが女性を妊娠させる映画なんて初めて観たよ!」と審査員会見で言ったようにアイデアの面白さと、頭にチタンが埋め込まれたヒロインの暴走ぶりに圧倒されはするし面白いのだが、最高賞まではいかない、というのが個人的な感想だ。
『ベネデッタ(原題)』も『チタン(原題)』も、セクシュアリティ、ジェンダーが柱になっており、過激さとブラックユーモアも重なる部分があるのだが、デュクルノーは『RAW 少女のめざめ』(2016)に続く長編2作目の若い作家であり、フランス映画界を背負って立つ将来性が買われたのだろう。
『ドライブ・マイ・カー』は、3時間の上映時間がまるで旅のような、生まれた瞬間から名作となるような風格があったので、脚本賞も素晴らしいが、もっと大きな賞をあげたかった。
ソン・ガンホ&イ・ビョンホンがプレゼンターとして登場!
2021年、韓国映画はコンペ作品はなかったが、審査員にソン・ガンホ、そしてイ・ビョンホンが授賞式プレゼンターとして登場。
二人が主演したハン・ジェリムの航空パニック映画『非常宣言(原題)』もコンペ外ながら上映されて、バイオテロという設定がコロナ禍を彷彿とさせ、役者たちの演技も素晴らしかく、面白かった。
そしてカンヌ・プレミア部門で上映されたホン・サンスの『あなたの顔の前で(原題)』は、監督の生死感が滲み出るような秀作だったので、特筆したい。映画の中で、ある秘密を抱える女優(イ・ヘヨン)がつぶやく「人生って、最悪よね」という言葉が印象的だった。まあ、「人生って、最高」って映画はあんまりカンヌで上映されないけども、やはりコロナ禍のやるせない気分が多くの映画に共通していたと思う。それでも人生は、映画は、映画祭は続く。
『アネット(原題)』も、『ドライブ・マイ・カー』も『ベネデッタ(原題)』も主人公の気持ちはみんなそうだったろうし、コロナ禍から未だ抜け出せない私たちの気分もそうだ。それでも人生は続いた方がいい。
取材・文:石津文子