妖怪たちが、スクリーンに帰ってくる
1968年に公開されたオリジナルの『妖怪大戦争』、そして37年の時を経て三池崇史監督の手でリメイクされた『妖怪大戦争』(2005)。これらに続く三度目の「大戦争」が勃発する『妖怪大戦争 ガーディアンズ』が、2021年8月13日(金)より公開される。
主演を務める寺田心くんをはじめ、各界からオールスターキャストが集結し、前作の主演を務めた神木隆之介さんも「加藤」先生という気になる名前で出演している。さらに、1966年に3部作が公開された『大魔神』が、55年の時を経てスクリーンに復活。妖怪、魔神、怪獣に人間と、まさに「これぞ夏休み映画」という祭り感だ。
今回は、前作に続き「妖怪」を呼び出し、令和の日本に解き放とうとしている三池崇史監督に、なぜ今「妖怪」なのか? そして、大魔神の復活の経緯をお聞きしてきた!
「荒俣さんだって、俺から見たら妖怪です(笑)」
―三池監督、本日はよろしくお願いします。まず、今という時代にもう一度「妖怪映画」を作ることについて、監督としてはどのような心持ちでしょうか?
漠然とした不安を感じる世の中だから、妖怪たちがそろそろ「メッセージを聞けよ」と言ってるんです。そのメッセージっていうのは、前回(2005年)の時と基本的には同じなんですけど、今は妖怪たちの言葉がより理解しやすい時代なんだと思いますね。人間の側に、耳を傾けようとする気持ちが出てきた、とも言えます。
―ある意味で「妖怪映画を作るにふさわしい時代」が今、来ているということでしょうか?
それは作っている我々の意思というよりも、「作らされている」という感じですね。不思議なことに妖怪の作品って、いつの時代も絶えないんですよ。
妖怪っていうのは、夜になって闇が深まった時に「ここから先は、妖怪の時間ですよ」って“出てきちゃう”ものなんですね。そういう考え方じゃないと、「妖怪」という題材を扱うのは危険。単純に映画の一つのキャラクターやジャンルとして扱っちゃうのは、意味の無いことですね。
妖怪というのは、ちょっと厄介なところもあるけど、重要な“友人”なんです。人間の中にも妖怪はいますからね。製作総指揮の荒俣宏さんも、角川会長も、俺から見たら妖怪ですよ(笑)。
「エンターテインメントは、懐かしい記憶を蘇らせる起爆剤でもある」
―『妖怪大戦争 ガーディアンズ』を拝見して、前作の『妖怪大戦争』から活劇的な側面がさらに強くなったと感じました。よりファミリーで楽しめる「夏休み冒険映画」感が強まったと思うのですが、そのあたりの変化について聞かせてください。
前作は、もちろん子供も楽しめたら良いけれど、「もう子供ではなくなってしまった人たち」に対して作っているところもありました。そういう二つの異なる面を、一つに混ぜ合わせないで、そのまま重ねている……っていう印象なんです。
でも今回は、世代とかジャンルとか関係なく、ごちゃ混ぜ。だから子供には、子供なりの楽しみ方をしてほしい。この映画を見て泣いちゃう子、結構いると思うんです。20年後くらいに「この映画で泣いてたよね」なんて家族の前でいじられたりね(笑)。そういう、ちょっとしたトラウマや思い出を作るのも、映画の楽しみ方の一つだと思います。
―前作も、色々な面で結構なトラウマムービーだと思いますし、やっぱり子供たちには怖がってほしいですよね。
子供の頃、テレビをつけっぱなしにしてると、昔の怪談映画が始まって、怖い思いをしてチャンネルを変えた。でも、そのシーンが脳裏に焼き付いてるんです。記憶の中で、それを見た爺ちゃんの家のテレビや居間のありようとか、爺ちゃん婆ちゃんの笑顔だったり、料理だったり……そういうものともリンクしている。「怖かった」っていう思い出は、なんとも言えない懐かしさがあるんですね。
映画自体を思い出すのではなくて、それにまつわる色々な記憶と結びついている。記憶っていうのは、時間とともに失われていくんじゃなくて、思い出せなくなっているだけで蓄積していくんです。だから出会った人たち、別れた人たち、この世からいなくなった人たちと過ごした時間も、取り出せないだけで、どこかに残っている。映画に限らずエンターテインメントというものは、それを思い出すきっかけを作る一つの起爆剤的な役割を持っているんだろうね。
「現代を舞台にすると、当時の大魔神では小さすぎる」
―本作の大きなトピックとして、大魔神が1966年から55年ぶりにスクリーンに復活します。この大魔神復活の経緯について、詳しく教えていただけますか?
実は、この大魔神の復活に関しては歴史があってね。これまでも、大映のDNAを受け継いでいる角川の中で『大魔神』を映画として復活させたいよね、という動きがあったんです。それで台本を作ってみるとね、現代の社会に対して大魔神というのは、すごくフィットしにくいんです。
一つの理由は、大魔神は5メートルくらいと小さいことです。元は時代劇なので、5メートルでも屋根の上から顔が出るくらいで十分だったんですが、僕らが考えた『大魔神』の最終決戦の舞台は、(当時)みなとみらいが出来たばかりの横浜だったんです。
―え、現代を舞台にする予定だったんですか!?
そうです。そうすると、ビルを大魔神のサイズに合わせて作るのは、予算的に難しいんですね。約1/2のサイズのミニチュアですから、窓のサッシまで作り込まないといけない(笑)。でも身長20メートルだと、それはもう大魔神ではなくウルトラマンになってしまう。
だから『大魔神』に関しては、以前そういう企画があってダメになったりしたわけですが、いつかは復活させたいよねという想いはあったんですね。それは、意義があるとか興行的な話というよりは、単純に「面白いよね」ってことです。海外ではDCやマーベルもそうですが、古いものでも平気で暴れることができる、そういう映画って良いじゃん? と。
例えば『ヤッターマン』(2008年)なども、作っていて楽しいんですよね。子供のころに感じた面白さをそのまま解凍して、今の子供たちに届ける面白さというものがある。
―そういった企画があったんですね。ちなみに、今回の大魔神はサイズ的にはどうなっているんですか?
今回の大魔神は10メートル弱になっています。子供が見たら「うわ~……」となる、すごく怖いもの。でも大人の目から見ると「意外とこんなもんなんだ」っていう、そういう範囲で許されるかなと。子供からしたら、角川大映撮影所の入り口にある約5メートルの大魔神像も、ものすごく大きいものに見えると思うんです。
大魔神は有名なキャラクターではあるんだけど、地味な存在でしょ? その大魔神を今の子供たちに「ヤベーな、なんだこいつ!?」って思わせる。しかも大魔神そのものは謎のまま、「何だったんだ、アイツ……。でもヤベーらしいぞ、アイツに頼る前に自分たちで何とかしなくちゃ」ってね(笑)。
「思念、怨念の塊である妖怪獣はとても強大で、しかも筋が通っている」
―大魔神の「荒ぶる神」という側面が、しっかりと受け継がれていたのが嬉しかったです。
もともとそういう存在だからね。『大魔神』は回を追うごとに人間の味方になっていった。それはシリーズものの宿命だけど、荒ぶる神のままだったら、もっとシリーズも続いたんじゃないかな。
―そして、その大魔神と戦う今回の敵は「妖怪獣」ですが、この妖怪獣とはどんな存在なのでしょうか?
思念、怨念の塊が形になって、一つの凶暴な巨大生命体になっている。怪獣の根源的な要素ですよね。勝ち目がないくらい強大で、しかも筋が通ってるんです。むしろ彼らを忘れ去って、支配者のように振る舞っている人間に非があるよね、という。そういう存在を、暴力でねじ伏せて勝ったことにしても意味がない、というのが荒俣さんの発想なんです。
じゃあどうするべきなのか? っていうのを、妖怪に教えてもらおうということ。理屈でいくと、自然に対する畏怖だとかって、すごくステレオタイプになってしまうんですが、妖怪を通すことによってそれを素直に受け取ることができるという部分が、われわれ作り手にもあるんですね。
―それでは最後に、今の時代の子供たちに『妖怪大戦争 ガーディアンズ』を、どんな風に楽しんでほしいですか?
幼稚園くらいの子が、お兄ちゃんや家族が行くっていうからついて行って、泣いちゃった、っていうのが良いですね。その子が見ている様々なシーンは、それぞれどんな風に見えているんだろうか? と。そういう子がたくさん来てくれると嬉しいです。
取材・文:タカハシヒョウリ
『妖怪大戦争 ガーディアンズ』は2021年8月13日(金)より全国公開
『妖怪大戦争 ガーディアンズ』
フォッサマグナに眠る古代の化石たちが一つに結集し、巨大な妖怪獣へと姿を変えた! 向かう先は東京。このまま妖怪獣の進撃を許せば、人間も妖怪たちもタダでは済まない。
この危機に妖怪たちは、伝説の武神『大魔神』の力を借りるため、伝説の妖怪ハンター・渡辺綱の血を受け継ぐ気弱な少年・渡辺ケイに白羽の矢を立てる。しかし、ひょんなことから、ケイと間違えて弟のダイが妖怪たちに連れ去られてしまう! ダイを助けるため、ケイは謎の妖怪剣士・狐面の女の導きで大魔神のもとへ向かうが、人間嫌いの狸の大妖怪・隠神刑部がケイと妖怪たちに待ったをかける。
そして渡辺綱の末裔であるケイの命を狙う、鬼の一族が姿を現わすのだった。はたして、選ばれた少年・ケイは弟を救い、大魔神をよみがえらせ、妖怪獣を止めることができるのか? すべてを巻き込んだ妖怪大戦争がついに始まる!
制作年: | 2021 |
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監督: | |
出演: |
2021年8月13日(金)より全国公開