伝統のディズニーと細田守イズム
2021年7月16日に公開された『竜とそばかすの姫』。既に紹介されている通り、本作は1991年に公開されたディズニーのアニメ映画『美女と野獣』がインスパイア先の一つとして挙げられている。
1991年の『美女と野獣』は、1989年の『リトル・マーメイド』から始まったディズニー・ルネサンスを代表する1作で、アニメ映画として初めてアカデミー作品賞にノミネートされたことでも知られている名作だ。
『竜とそばかすの姫』におけるネットの歌姫ベルと正体不明の“竜”の交流は、この美女ベルと野獣の交流を踏まえて描かれている。『美女と野獣』で特に印象的だった、3DCGで描かれたホールで2人がダンスをするシーンも、『竜とそばかすの姫』の中でしっかり踏襲されている。
もはや古典となったアニメ『美女と野獣』は楽曲も素晴らしいが、現在の視線からキャラクターの描き方を見ると若干の不足感もある。
単なる実写化にあらず! 巧みなアレンジでブラッシュアップ
まず主人公のベル。アニメ映画のベルは“本を読むのが好き”で、“自分が暮らす凡庸な村ではないどこかにあこがれている”というキャラクターとして描かれている。読んでいる本が「ジャックと豆の木」や「眠れる森の美女」ということから、よくいえば“夢見がち”、皮肉っぽく言えば“現実逃避のために読書をするタイプ”であることがわかる。こういうキャラクターであると、野獣との出会いも「退屈な現実を非現実にしてくれる出来事だから嬉しかったのではないか?」とも見えてしまう。
このあたりのニュアンスがきっちり調整されているのが、2017年に公開された、1991年のアニメ映画をリメイクした実写版だ。
冒頭のベルがどんなキャラクターかを見せる歌「朝の風景」の基本は、ほとんど変わらない。ただ、ベルの読んでいる本が童話から(明言はされていないが)「ロミオとジュリエット」になり、しかもその感想で強調されるポイントも、悲劇的恋愛への陶酔ではなく、想像力を駆使して知らない街を旅する面白さになっている。
つまり、アニメ映画が提案したベルが“読書で空想に浸ることが好き”という、とりようによっては少しクセのあるキャラクターだったのに対し、実写映画はわずかの改変でもって“世界の広がりに思いを馳せる知的好奇心の持ち主”という大変ハリウッド映画らしい主人公像としてベルを描き出したのだ。これは大変巧みなアレンジだった。そして、このベルがシェイクスピアを読んでいたことが野獣との接点にもなってくる。
アニメが切り拓いた表現の精度を磨き上げた実写版
もうひとつアニメ映画で気になるところ、というと、ラストで野獣から人間に戻った王子があまり魅力的なデザインをしていないこと。観客は上映中にずっと見ていた野獣の姿に愛着を感じているから、人間に戻った姿がさほどうれしくないのである。これはひとえにアニメーションのキャラクターとして野獣のほうがずっとおもしろくデザインされ、それが愛嬌ある演技をたくさん披露したところから生まれている。
一方、実写版は生身の役者を撮影するメディアである。だから野獣の顔についても、王子を演じたダン・スティーヴンスの面影を色濃く残しており、人間に戻った時も決して「見慣れない人が突然現れた」というふうにはならない。そして観客は、王子の顔の中に野獣の面影を見つけ出して、納得するのである。アニメ映画が先行して切り拓いた表現を、さらに精度をあげて磨き上げた実写映画版。2つを比較するとアッチとコッチのそれぞれの魅力が際立って見えてくる。
なお、ここで指摘した2つのポイント(ベルの動機のあり方、野獣と人間の姿の関係性)は、『竜とそばかすの姫』でも重要なポイントなのである。そちらも注意して見ると作品を一層深く楽しめるはずだ。
文:藤津亮太
『美女と野獣』はディズニープラスで配信中
『竜とそばかすの姫』は2021年7月16日(金)より上映中