石川慶監督のSF大作で難役に挑戦
数々のSF文学賞に輝き、長編「三体」の英訳も手掛けたケン・リュウの短篇小説「円弧(アーク)」が、『愚行録』(2017年)『蜜蜂と遠雷』(2019年)の実力派、石川慶監督によって実写映画化された。
2021年6月25日(金)に劇場公開を迎える『Arc アーク』は、人類で初めて永遠の命を手にした女性の物語。遺体を永久保存する技術「プラスティネーション」を人体に応用する計画の初代被験者となったリナ。100歳を超えた彼女は、変わり続ける時代を見つめながら自らの人生を振り返ってゆく。
「見た目は若いまま、心だけが年齢を重ねていく」難役に挑戦したのは、当代きっての演技派として急成長を遂げつつある芳根京子。これまでにない役柄に、オファーを受けたときは即決できなかったというが、重圧を力に変え、圧巻の演技を披露。作品の根幹を自らの演技で体現した神々しいまでの存在感には、多くの観客がひれ伏すのではないか。
こちらの問いかけに、明確かつ即答する芳根は、利発さの塊。それでいて笑顔も絶やさないはつらつとした部分が、大きな魅力だ。『Arc アーク』と共に駆け抜けた期間、そしていま現在の彼女の想いを聞いた。
自分がここにいられるのは当たり前じゃない
―2021年は『ファーストラヴ』『コントが始まる』『半径5メートル』『Arc アーク』と立て続けに公開・放送され、大活躍の年ですが、ご自身にとって、いまはどういう時期ですか?
すごく大きな人生の想像でいうと、いずれ結婚もしたいな、子どもも欲しいなと考えているのですが、20代は「大変だー!」と思うくらい仕事をしたいと思っています。
どの現場に行っても、本当によく先輩方から「若いから大丈夫! 体力があるうちに働いときな」と言われるんです(笑)。私自身もずっとこの仕事をしていたいからこそ、20代はつぶれちゃうんじゃないかと思うくらい色々な作品に関わっていきたいです。
自分がこの仕事を始めたのはスカウトがきっかけだったので、元々が想像していた人生ではなかったんですよね。朝ドラを経験できるなんて思ってもいませんでしたし。そうした経験があって、自分の想像力の乏しさを感じたからこそ「こうなっていたい」と思わない。「どういう風になっているんだろう?」と楽しみに生きています。
―これまでに周りの方々からかけられた言葉で、いまの芳根さんを形作っているものは?
デビュー作品のドラマ『ラスト♡シンデレラ』(2013年)でプロデューサーの方から言われた「これからどれだけ色々な作品に参加するようになっても、謙虚な気持ちを忘れないでね」という言葉ですね。当時は16歳でしたが、自分の中でずっと大切に持っています。
自分がここにいられるのは決して当たり前じゃないから、その感謝の気持ちは決して忘れないようにしようと思いますし、そういう人間でありたいと思っています。
―以前お話を伺った際、「自分のせいで役が死なないようにしたい」とおっしゃっていましたが、その言葉にも通じますね。ちなみに芳根さんがいま、演技をするうえでルーティンにしていることはありますか?
あまり決めていることはなくて、寝ることくらい(笑)。寝られるときに寝る!
作品が重なっていると、よく「どうやって演じ分けているの?」「どうやって切り替えているの?」と聞かれるのですが、別にスイッチがあるわけではないんです。ただ、その瞬間に自分が何をすべきかを考えたら、必然的にそうなる。だから、これといって「次はこういう役だからこうしなきゃ」というものがないんですよね。
きっと私は「頭で細かく考えて作っていく」タイプじゃないんだと思います。その瞬間瞬間、そのシーンをどう最高に持っていけるかを感覚で突き詰めていくと、自然と演技が出てくる。今回の『Arc アーク』も、年齢ごとに「その瞬間瞬間で、どういうリナでありたいか」だけを考えながらやっていきました。
肉体の老化を伴わない“心だけが老人”をどう演じていくのか
―劇中では10代から100代までを身ひとつで演じていますが、あくまで「その瞬間」に集中したのですね。
そうですね。最初は、「こういう変化が起こるから、逆算して若いときを演じた方がいいんじゃないか」とも思ったのですが、17歳のリナを撮っているときに「これは逆算じゃない、その瞬間にどういうリナがいるべきかだ」と気づいたんです。
そもそも17歳や30歳は想像がつくけれど、それより上になると想像がつかなくて。石川監督とも「現場に行ってから考えましょう」という結論になりました。だから前もって作り込むものではなかったというのもありますね。
というのも、いままで年齢が上の人を演じる際に「老化現象」が切り離せなかったと思うんです。声や姿勢の変化など、すべてが老化に伴うものですよね。でも本作では「それを除いたときに何が残るか」を描くから、「おばあちゃんを見て研究する」といったものが通用しない。
―これまでの常識では測れない役だからこそ、そうしたことが起こるのですね。
だから逆に、30歳を演じることが一番難しかったです。撮影当時、23歳だった私にとって30歳というのは、近いけれどすごく遠い距離感でもありました。しかもリナは会社のトップになっていて、それがどんな感じなのか掴むのが難しかったですね。
100歳を超えてしまったら、その年齢のリアルがわからない人も多いと思うんです。でも、30歳だったら指摘されたら何も言えない。そういった意味でも、怖くはありました。
―なるほど、「わからない」要素が多い100歳以上のリナのほうが、自由度も広がっていく。
石川さんのお話で「なるほどな」と思ったのは、「年齢が上がっていくと大体のことを経験できているから、最短距離で物事を進められる」ということ。「やってみないとわからない」ことがきっとなくなっているから、それを表現できたらいいよね、とは話していました。
―現場で作っていくものが多かった反面、プラスティネーションの儀式の動きは、非常に計算されているように感じました。
あの部分に関しては、完全にアートを作る感覚でひたすら練習を重ねましたね。お芝居は正解がないけれど、プラスティネーションの部分においては確かな状態だったので、どの角度が綺麗か振付担当の方にたくさんご指導いただきました。装置が撮影現場にずっと置いてあったので、暇さえあれば練習していましたね。
石川監督は、絶対に否定をしない
―芳根さんの演技の素晴らしさに「感性の豊かさ」があると感じているのですが、『Arc アーク』では「触れる」という行為が感性を増幅させていたのでしょうか。
『Arc アーク』の撮影では香川県に1カ月滞在して、このお仕事だけに集中できたんです。お芝居をするうえでは最高の環境でしたね。こんな贅沢なことが許されるんだ! と思いましたし、それが大きかった気はします。
10代のときは地方に行きっぱなしでお仕事をすることもあったのですが、20歳を超えてからはそういう経験がなくなったんです。久々だったこともあって、余計に贅沢に感じましたね。
―香川で撮影された後半のシーンは、劇中だとモノクロで表現されています。その演出は最初からご存じでしたか?
衣裳合わせのときに、皆さんがiPad越しに私を見ていたんです。「何をしているんだろう」と思ってパッと見たら白黒で(笑)。それで知りました。
―実際の衣裳は、かなりカラフルなものもあったとお聞きしました。
そうですね。リナが常に仕事の時に来ているジャケットは、実は紫色でした。色があってもすごく素敵な衣裳が多かったです。
https://www.instagram.com/p/CPab7RWh1lR/
―今回は、現場で撮ったものが変換されて完成形になる作品だと思います。そういった作品を経験されて、いかがでしたか?
石川監督だから、というのが大きかったですね。撮影中は「どういう風につながるんだろう」とずっとワクワクしていました。だから特にギャップを感じることはなく、完成品もまっさらな状態で観られました。「さすが、石川監督だ」と思いましたね。
―今作のオファーを受けようと決意した背景には、石川監督の存在が大きかったと聞きました。芳根さんにとって、石川監督の魅力とは?
石川監督は、絶対に否定をしないんです。撮影時はまず段取りを行って、それをベースに組み立てていくのですが、私が「違うな」と感じたら、「いま違ったよね」と言ってくれるし、それを否定することなく「じゃあこうやってみようか」と導いてくれる。ベースをすごく大切にしてくれるんです。
先日も石川監督とお話ししていたら、「皆さんの“いいとこどり”をしたい。皆さんからもらうもので組み立てるのが得意なんです」とおっしゃっていましたね。石川監督のおかげで、お芝居って楽しいなと常に現場で思い続けられました。
https://twitter.com/Arc_movie0625/status/1403260715566354433
終わった作品の余韻には浸りたいけど、引きずりたくはない
―お話を聞いていて思ったのは、「瞬間を全力で生きる」演技スタイルだと、フィジカルもそうですがメンタルを常に新鮮に保つ必要があるのかなと。この部分はいかがですか?
とにかく喋る! 作品が終わると、友だちや家族に思い出話を喋るんです。そうすると自分の中で終止符が打てて、「よし、この作品は終わった。次に行こう!」と思えるんです。それは意識して行っていますね。
余韻には浸りたいけど、引きずりたくはないんです。それで他の作品で演じる役が引っ張られてしまったら本末転倒ですし。健康状態的にも、気持ちがずーんと落ち込む役をずっと引っ張るわけにもいかないし、撮影が終わった後はちゃんと自分の中で「終わった」という区切りを明確につけるようにしています。
―『Arc アーク』という挑戦に満ちた作品を経験して、芳根さんの一番の財産になったものは何でしょう?
やっぱり、この作品を乗り越えたことが自分の強みになるかと思います。どれだけ経験をしても自信というものを持てないのですが、「自分がこの作品を乗り越えた」という事実は揺るがない。そう思うと、ちょっと強くなれる気がしますね。
取材・文:SYO
撮影:落合由夏
『Arc アーク』は2021年6月25日(金)より全国公開
『Arc アーク』
舞台はそう遠くない未来。
17歳で人生に自由を求め、生まれたばかりの息子と別れて放浪生活を送っていたリナは、19歳で師となるエマと出会い、彼女の下で<ボディワークス>を作るという仕事に就く。
それは最愛の存在を亡くした人々のために、遺体を生きていた姿のまま保存できるように施術(プラスティネーション)する仕事であった。エマの弟・天音はこの技術を発展させ、遂にストップエイジングによる「不老不死」を完成させる。
リナはその施術を受けた世界初の女性となり、30歳の身体のまま永遠の人生を生きていくことになるが……。
制作年: | 2021 |
---|---|
監督: | |
出演: |
2021年6月25日(金)より全国公開