二夜連続ゴスペル真っ向勝負
1972年、すでに21枚ものアルバムと11枚のナンバーワンヒットシングルを世に送り出していた“レディ・ソウル”の異名を持つアレサ・フランクリン。彼女が挑んだ二夜連続ゴスペル真っ向勝負ライブレコーディングが『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』として映画化されました。
音盤としては既に同年に発売されていますが、そもそも映像としても発表する計画があったものの技術的な問題で未完成・未発表だった作品が、ついに完成、公開となった運び。だいたい50年、寝かされてました。半世紀前かあ。
熱狂する会場、すべての聴衆が“ゾーン”にイン
アレサはレコーディングに当たり、聴衆を入れたライブレコーディングにこだわったと言います。それにはいくつもの理由が、複合的にあると思われます。
彼女は牧師の父とゴスペル歌手の母の間に生まれています。幼少の頃に両親は別居、父方に育てられたアレサは教会で父の説法を聞き、集まった人々とゴスペルを歌いながら育った。自分を育てた歌を、自分を育てた環境で歌うんだという気持ち。そして、そこで起こる奇跡をアレサは知っていた。それを残したかったし、「ていうか、そうじゃなければゴスペルじゃねえから」という強い意志があったのではないか。
音楽やそれが鳴る現場への愛情の一方で、相反するネガティブな記憶も彼女は持っていたと思われます。父親は牧師にも関わらずけっこうな漁色家だったらしい。それに愛想をつかせ別居した母は彼女が10才の時に病死。代わりを務めたのは父親のガールフレンドたちでした。また、アレサ本人は12才と15才の時に出産を経験しています。波乱万丈すぎ!
第一夜、登場するアレサの顔はどこか強張っています。決意を感じる表情です。緊張感がたまらない序盤。演奏するに連れ、自分の発する歌と言葉、そして会場に集まった人々のムードに乗って気持ちがテイクオフ、ほぐれていく様子がリアル。目が離せない。
そして終盤、表題になっている「アメイジング・グレイス」が始まる。これがやばい。歌い出しからもうなんかアレサ、人じゃないみたいな感じなんです。「媒介」のような存在に昇華。もう存在自体が歌、みたいな怖さ。そう、ちょっと怖いとすら思ったな僕は。それを見て、聴いて、バックでブ厚いコーラスでもってアレサを支えるゴスペル聖歌隊の若者たちが、ひとりまたひとりと興奮状態に突入。立ち上がり、叫び始めます。その人数がだんだん増えていく。そしてあれよあれよという間に聴衆含め、会場全体がゾーンにイン! トランシー! やばい。
生きている実感、溶け合うパワー、これがゴスペルか
僕は本作を見て、ああこれがゴスペルなんですねと思った。しかし冷静になっている暇はない。曲の中盤の聖歌隊ソロパート、温まりまくっててブチ上がり。その間にちょっと一休みしてたアレサが再び立ち上がり歌い出す。ああ、これはもう行ってしまっている。さっきテイクオフを見届けたはずなのに、アレサはすでに我々の銀河の先、遥か彼方。人間の世界に帰ってこられるのか、見てるこっちが心配になる歌いっぷり。スッゲー。うわー。人間ってスッゲー。見惚れた。瞬間、俺は唐突にピカーン! と光を得るに至りましたよ。生きている実感ゲーーーット! パワーを感じる、自分の。
けれど、自我のありかが分からない。自分は確実に自分だし、しっかり一人分のパワーを理解するが、溶け合って全体でもある。これがゴスペルかー!!! 最高に気持ちいいぜ!!!!
アレサの歌声はもちろん、公民権運動に揺れた1960年代直後の黒人たちのパワーのほとばしりを感じられるビンビン系映画。ふむふむとカルチャー感じるものいいですけれど、此処はひとつ心を解き放って、映画と一緒に最高気持ちいいトランシーな状態に突入するのもオススメです。
文:夏目知幸
『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』は2021年5月28日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開
『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』
2018年8月16日、惜しくもこの世をさってしまった「ソウルの女王」アレサ・フランクリン。1972年1月13日、14日、ロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で行われたライブを収録したライブ・アルバム「AMAZING GRACE」は、300万枚以上の販売を記録し大ヒット。史上最高のゴスペル・アルバムとして今も尚輝き続けている。
その感動的な夜が遂に映像で蘇る。コーネル・デュプリー(ギター)、チャック・レイニー(ベース)、バーナード・パーディー(ドラム)らに加えサザン・カリフォルニア・コミュニティ聖歌隊をバックに、アレサが自らのルーツである“ゴスペル”を感動的に歌い上げた今や伝説となっているこのライブは、実はドキュメンタリー映画としても撮影されていた。当時監督を務めたのは、映画『愛と哀しみの果て』(1985年)で知られアカデミー賞を受賞しているシドニー・ポラック。アルバム発売の翌年に公開される予定だったが、カットの始めと終わりのカチンコがなかったために音と映像をシンクロさせることができないというトラブルに見舞われ、未完のまま頓挫することに。しかしいま、長年の月日が経てテクノロジーの発展も後押しし、遂に映画が完成。音楽史を塗り替えたといわれる幻のライブが、日本で初めてスクリーンに登場する!
制作年: | 2018 |
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出演: |
2021年5月28日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開