監督・斎藤工、大いに語る
その独特な画風と唯一無二の表現力で絶大な人気を誇る漫画家・大橋裕之の幻の初期作集を実写映画化した『ゾッキ』が、2021年4月2日(金)より全国公開(3月20日より蒲郡市、3月26日より愛知県内で先行公開あり)。
今回は、『ゾッキ』で竹中直人と山田孝之と共に監督として共同制作を行った斎藤工にロングインタビューを敢行。撮影エピソードやキャスティング秘話に続き、自身の映画原体験や敬愛する名監督たちへの想い、そして映画界の今後のビジョンに至るまで、超・濃密なインタビューを全3回に分けてお贈りする。
いつも心にフレデリック・ワイズマンを
―余白というか自分の中になかったものと、事故のように出会って幅ができたり、引き出しになったり、色々あると思うのですが、“自分を壊す事故のような映画”というと何を思い浮かべますか?
フレデリック・ワイズマンの『ボクシング・ジム』(2010年)。アメリカ・テキサスの田舎町にある小汚いボクシングジムを撮った映画なんですけど、ワイズマンってとにかく筋書きを用意しないので、そこに集う人たちに思いきりドラマを起こして欲しいとも思ってないっていう(笑)。そういうことが、やっぱりすごく勇気のいることで。
ドキュメンタリーっていろんな手法があると思うんですけど、森達也さんは「土俵を作って、あとは相撲をとってもらう」。でもワイズマンは、むしろ土俵を平らにして構えさせないというか。だから他の作品(『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』[2016年])でも、パティ・スミスが空気的に映されてるというのは衝撃的で。彼は朝鮮戦争に従軍していて、そのあと刑務所に入り、出所して撮ったのがデビュー作『チチカット・フォーリーズ』(1967年)。1991年まで裁判にかけられて映画館で上映できなかった。
そのあと病院や学校、いろんな場所をとにかく撮る。映画スターを撮るのが映画だと思ってたのにワイズマンは場所、すなわち時間を撮ってるんだということに気づいて。(『ニューヨーク公共図書館』は)3時間くらいあるのでやはりしんどい時間も来るんですけど、ドキュメンタリーって編集次第だと僕は思っていて。彼がどの時間を切り取って一本にしたか、というのが見終わって完成する。
彼自身ボクシングファンなんですよね、習っていた時期もあって。僕もジムに通っていたことがあるんですけど、試合の体感を植え付けるために3分おきにゴングが鳴るんですよ。ジム自体にリズムがあって、そのリズムで編集したり、足元のフットワークだけ映していたり。顔と同じくらい足元が映ってる。そこに来る、中高年になってからボクシングを始めた人とか、日本だったら絶対に民放のドラマにならないような、何気ない普通の人たちが画面の中央にいて。“躍動しない躍動”みたいなものがある。ワイズマン作品に価値を見出せる人間にならないといけないんだっていう、ショックみたいなのはありました。衝撃でしたね。
―ワイズマンはもう90代ですが、まだ元気に撮っていますよね。
2020年にも新作(『City Hall(原題)』)を発表しましたね。彼の撮り方は、現場を見ていないので分からないですが、おそらくディレクション自体はローカロリーだと思うんですよ。据え置きで、(監督がその場に)いない時も絶対あるだろうし。でも、いつどの場所を撮ってどう仕上げるかというのが彼の映画製作だと思うので、自分がディレクションや制作側で入る現場は、どうしてもそこにいる人を撮りすぎちゃう。でも『ゾッキ』でいう蒲郡だって場所を撮る、その空間ロケーションに僕らも身を置く。だからロケハンもありますけど、それを忘れちゃうと現代的なマンガのコマ割りみたいな、いわゆる“損をしないコンテンツ”的な映画の作り方になってしまう。それを全面的に批判はしないですが、ワイズマンをどこかに置いておかないと、自分の場合は映画を作れないなと。ひとつの画角みたいな人です。
「父とは会話はなくても、映画のDVDを送り合うという関係(笑)」
―映画ファンになった“きっかけの作品”はありますか?
今振り返ると、父親にビデオ(VHS)で見せられた小津(安二郎)監督の晩年の作品『お早よう』(1959年)ですね、子供たちがメインの作品なんですよ。当時はそれほど思っていなかったんですが、小津作品という先入観がないというか、そんなことを全く意識していなかった小学生の頃に見たんです。オナラをいかに大きく出せるかを頑張る少年の話なんですが、軽石を食べたらおならが出るみたいな噂があったり、オナラが出る体操をしたり。大爆笑っていう感じではないんですけど、ずっと笑いながら見ていて、その体操を真似した記憶もあるくらい、僕の中では娯楽映画としてめちゃくちゃ面白かった印象です。
そこからだんだん映画カルチャーに没入してハマってく頃に、「あれ、これ見てるな?」みたいな。映画史を遡っていった時に、あれ小津だったんだということがそこで判明するっていう。でも、心動いた体感があるのが大きかったです。
今見直してもちょっとワイズマンと近くて、僕らが今の情報化社会の中で「これが価値だ」と思うものとは逆の、無駄な部分。“無駄であることが美学である”ということが分かってくるというか。アングルがどうこうっていうより、小津さんの描いてるものの大衆性、それにものすごく感化されました。結局、僕が目指してるところって『お早よう』なんだなっていうことが今となっても、これからも。
―原点というか、お父さんが布石を打ってくれた?
どうなんですかね。結構、意識的だったと思います。(父は)成瀬巳喜男が大好きなんですよ。二十歳になった時に成瀬作品のDVDボックスをプレゼントされて、「そろそろ見てもいいかもしれない」って言われて。今となっては超ありがたいんですけど、どうですかね……あまり理解しようとは思わなかったですね。むしろ二十歳で成瀬は、まだちょっと早いと思いました。当時まだ映画の世界に入ったくらいの頃で、そこは通らないと話にならないという存在ではあったんですが。
―『浮雲』(1955年)など、かなり大人のお話ですよね。
小津もそうなんですが、なぜその人の作品が世界で評価されているのかに言及すべきだとは思いましたね。父は、なぜか“黒澤明が日本映画だ”ということにちょっとアンチなところがあって。それも感じつつ、それをふまえて見る黒澤の面白さもあった。ただ父とだけ映画の対話をしていると、同世代と話が合わなくなっちゃって。だから僕は僕で、現代のものを父に投げていくっていう反撃に出ました。例えばデヴィッド・クローネンバーグの『イースタン・プロミス』(2007年)みたいな現代の最前線を、むしろ報告する。父は父で「昔のこういうのを見ろ」と。だから会話はないんですけど、DVDの送り合いみたいなことが(笑)。映画を媒介としてコミュニケーションをとる親子の距離は変わらない。面白いなと思いながら、いまだにやってますね。
―そういうことができるのも、映画のポテンシャルですよね。
映画は、いかに娯楽性を保ちながら時代の先を映し出し、生き残るべきか?
僕は黒木和雄さんが好きなんですが、黒木さんの作品は、あの時代(70年代)に『原子力戦争 Lost Love』(1978年)とかを撮っていて、原発に黒木さんと原田芳雄さんだけで役のまま突入していく、あの感じ。やっぱり3.11以降に見直すと、映画の持つ未来への提唱が浮き彫りになるし、ジャーナリスティックなものだなと思いますね。娯楽性に言及しつつ今を見て、未来を、先を見るということ。しかも、時代の移ろいの速度が倍速になっていくなかで何を見るか? というのが、映画の生き残りに課せられてる状況なのかなと。
そういう意味では、今思うと『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)はアカデミー賞で作品賞を獲ってもよかったなと思うくらい、時代っていうものを捉えていた。ああいう作品こそ、より評価されてもよかったかなと思ったり。歴史を遡ると、未来を描いてる人とそうじゃない人に分かれるっていうところが面白いなと、親とのやり取りでも思いました。名画って予言者でしかないんですよね。
―数ある映画が消えていくなか、今でも観られている時点で、何かを予言してるんでしょうね。
数年後に起きることの予言書というものが、今作られるべき映画でもあって。だから、常に変わっていく最新のものを最前線で捉えていくというより、変わらないものは何か? というところに気付けるかということが、今日挙げたワイズマンや小津、成瀬が描いている人間模様で。もしかしたら、シェイクスピアの時代から変わっていない人間の業とか欲とか性とか、江戸時代でも兄弟同士で殺し合いがあったりするわけですから、そういった普遍性って逆に、時代がうつろうなかだからこそ余計に際立つ。ミニマリストが増えてきているというのも、本質に迫る材料がいくらでもあるからなのかなっていう気はしていますね。
【第3回】に続く
取材・文:稲田浩
撮影:大場潤也
『ゾッキ』は2021年4月2日(金)より全国公開(3月20日より蒲郡市、3月26日より愛知県内で先行公開あり)
『ゾッキ』
ある女は、「秘密は大事に、なるべくたくさん持て」と助言する祖父が告白した、秘密の数に腰を抜かす。
ある男は、あてがないというアテを頼りに、ママチャリで“南”を目指す旅に出る。
ある少年は、成り行きでついた「嘘」をきっかけに、やっとできた友だちから“いるはずのない自分の姉”に恋をしたと告げられ、頭を悩ませる。
ある青年は、今は消息不明の父と体験した幼い日の奇妙な出来事を思い出していた。
そして、日々なんとなくアルバイトに勤しむひとりの少年は、“ある事件”が海の向こうの国で起こったことを知る――
制作年: | 2020 |
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監督: | |
出演: |
2021年4月2日(金)より全国公開(3月20日より蒲郡市、3月26日より愛知県内で先行公開あり)