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伊坂幸太郎と『地獄の警備員』との奇妙な関係とは? 松重豊演じる“恐怖の警備員”がデジタルリマスターで29年ぶりに蘇る!

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ライター:#松崎健夫
伊坂幸太郎と『地獄の警備員』との奇妙な関係とは? 松重豊演じる“恐怖の警備員”がデジタルリマスターで29年ぶりに蘇る!
『地獄の警備員』©株式会社ディ・モールト・ベネ

伊坂幸太郎作品に登場する“黒澤”とは何者か

作家・伊坂幸太郎の小説を横断する登場人物がいる。“黒澤”という名の人物だ。彼は泥棒稼業を本業としながら、副業で探偵を営んでいるという設定。「重力ピエロ」や「フィッシュストーリー」、「ホワイトラビット」や「首折り男のための協奏曲」に収録された短編といった、伊坂幸太郎の異なる作品に“黒澤”は度々登場し、彼は意図せず事件に巻き込まれる。そして、なんとなく事件を解決させ、時折、悩みを抱える人たちへ含蓄に満ちた名言をも吐く。文字面を追う限りだが、“黒澤”には独自の男の美学のようなものを感じさせ、クールで、とてもかっこいい。伊坂ワールドを代表する、読者にも人気のキャラクターなのだ。

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ちなみに、“黒澤”の下の名前は明かされていない。「ラッシュライフ」には彼の同級生が登場し、彼のことを“黒澤”と呼んでいる。だから、苗字は“黒澤”に違いないのだろう。彼の素性は、その断片しか判らないのだ。そんな匿名性を帯びた神秘的なキャラクター造形が、“黒澤”の魅力なのである。ここまで書けば、勘のいい方ならお気付きだろう。“黒澤”のモデルとなっているのは、伊坂幸太郎が敬愛する黒沢清監督なのだ。

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その影響や大! 自著に黒沢清作品からの引用を散りばめた伊坂幸太郎

伊坂幸太郎は宮城県仙台市在住。その影響もあって、彼の小説は仙台を舞台にした作品が多い。その仙台では、2001年から「ショートピース!仙台短篇映画祭」が開催され、2021年も2月14日からの開催を予定している。第7回(2007年)で黒沢清監督の特集上映が組まれた際には、伊坂が「黒沢清のススメ」という文章を寄稿。そこには、<黒沢清の映画を観ると「映画とはこういうものだと思うんですよ」と、いつもそう言われている気がしてならない>と記されている。さらに『地獄の警備員』(1992年)を例に挙げ、「知りたいか? それを知るには勇気がいるぞ」という劇中の台詞を文中に引用しているのである。この台詞は、ビルの警備員として雇われた元・力士の富士丸(松重豊)が、商社で働く秋子(久野真紀子)を脅す際に発するもの。伊坂は、<殺人鬼が吐くのに、これほど怖い台詞はない>とも記している。

『地獄の警備員』©株式会社ディ・モールト・ベネ

実はこの台詞、伊坂幸太郎の小説「モダンタイムス」の冒頭でも引用されているのだ。椅子に縛られた主人公は、拷問請負人から<勇気はあるか?>と問われる。そんな物騒な状況で物語の幕が明ける「モダンタイムス」の主人公と拷問請負人との関係は、『地獄の警備員』の終盤で富士丸から「それを知るには勇気がいるぞ」と脅される秋子との関係を想起させるのだ。そもそもこの台詞は、ニーチェの言葉を引用したものなのだと黒沢清監督が述懐しているので、単なる偶然のようにも思える。しかし、近未来を舞台にした「モダンタイムス」の作中には、<『地獄の警備員』って知ってます?(中略)20世紀の映画らしいんですけど>という記述があるのだ。さらには、<元力士の警備員が人を殺しまわる話>なのだという説明まで成されている。伊坂幸太郎の小説は音楽や映画からの引用が多いことでも知られているが、特に黒沢清監督作品からの影響が大きいことを窺わせるのである。

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例えば、先述の「ラッシュライフ」には画廊が登場する。物語の根幹には、絵画の売買をめぐる人間関係によって生じた憎悪が横たわっているのだ。そして『地獄の警備員』の舞台となるのも、絵画を取引する商社。劇中では、秋子がフランシスコ・デ・ゴヤの絵画「わが子を食らうサトゥルヌス」を眺めるショットがあるが、「ラッシュライフ」では、画商だった“黒澤”の同級生が、理想の画家としてゴヤを挙げるというくだりがある。また“黒澤”は、同級生に対して「逃げ足が速いんだよ」と、泥棒としての逃げ足の速さを自認する場面があるが、『地獄の警備員』には「俺、逃げ足早いから大丈夫、絶対捕まんないよ」と秋子の同僚である吉岡(諏訪太朗)が語る場面まである。

『地獄の警備員』©株式会社ディ・モールト・ベネ

公開当時のインタビューでは、<面白いと言われる大抵の映画で、必ず人が死ぬ(中略)映画はスクリーン上で人を殺すことによって、1年、また1年と今日まで生きのびることができた>と黒沢清監督が語っているが、伊坂幸太郎の小説でも「人を殺す」という行為が何度も描かれてきたという経緯がある。ここまでくれば、これらの符合が単なる偶然だとは思えなくなってくるに違いない。

『地獄の警備員』©株式会社ディ・モールト・ベネ

松重豊の映画デビュー作!『地獄の警備員』の恐怖が29年ぶりに蘇る!

今回、デジタルリマスター版として29年ぶりに蘇った黒沢清監督の『地獄の警備員』。感情を抑制した発声で淡々と語り、商社の社員たちを恐怖のどん底へ突き落とす殺人鬼・富士丸を演じた松重豊は、これが映画デビュー作だった。彼には、「豊」という命名の由来が二代目・豊山という力士であり、自身も好角家だという奇縁まである。『地獄の警備員』の企画は「警備員としてビルに住む殺人鬼の話なら、低予算で製作できるはず」という発想から生まれている。

商社の入る高層ビルが舞台になっていることから、当時は『ダイ・ハード』(1988年)と比較する批評や宣伝も散見され、『マニアック・コップ』(1988年)の影響も指摘されていたという時代性の中にあった。そして、クレジットには「ディレクターズ・カンパニー」の名称も見つけることができる。通称“ディレカン”は1992年に会社が休眠することになるので、1992年に公開された『地獄の警備員』は末期の作品だったということが判る。

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『太陽を盗んだ男』(1979年)の長谷川和彦を中心にした“ディレカン”は、池田敏春、石井聰亙(現・岳龍)、井筒和幸、大森一樹、相米慎二、高橋伴明、根岸吉太郎、そして最年少だった黒沢清という9人の(当時の)新進映画監督たちが、大手映画会社の制約から離れ、自由な映画製作の場を求めて1982年に設立した映画製作会社だった。黒沢清いわく「当時の日本映画に存在しなかったホラー活劇をやりたかった」というオリジナル脚本の『地獄の警備員』にも、“ディレカン”の精神や姿勢を見いだすことができる。さらに注目すべきは、黒沢清監督と縁深い、後に映画監督となる人物たちがスタッフとして参加している点。例えば、助監督に佐々木浩久、監督助手に青山真治、録音助手に井口奈己、出演や制作宣伝に篠崎誠の名前を見つけることができる。そんな時代性もこの映画の魅力のひとつだろう。

伊坂幸太郎は『ラッシュライフ』(2009年)が映画化された際、誌面で黒沢清と対談。そのことを「ご褒美」と称していた。対談の中でも(この映画では堺雅人が演じた)“黒澤”のモデルが黒沢清本人であることを、伊坂の口から直接伝えている。一方で、オムニバス形式で製作された本作について、黒沢清は「4人の監督がそれぞれ皆勝手な方向を向いているような強い個性がある」と評していた。『ラッシュライフ』は、黒沢が教鞭を執る東京藝術大学大学院の教え子たちが監督した作品だったからだ。監督の中には、後に『宮本から君へ』(2019年)を監督する真利子哲也や、『スパイの妻』(2020年)の脚本を手がける野原位の名前などがあり、彼らに対しては「ずば抜けた才能もあるけど癖もある」とも評していた。『地獄の警備員』が紡ぐ、黒沢清監督と伊坂幸太郎の奇妙な関係は、時代性とともに現在へと繋がっているのである。

『ラッシュライフ』の劇中、板尾創路演じるリストラされた会社員が、場所取りを巡ってホームレスと一悶着起きそうになるという場面がある。実は、ここでホームレス役を演じているのが黒沢清なのだ。そして、その姿を某駅前で撮影したのは、誰であろう、筆者だったりするのである。

文:松崎健夫

『地獄の警備員』は2021年2月13(土)より新宿K’s cinemaにて上映

【出典】
「ラッシュライフ」「3652 伊坂幸太郎エッセイ集」伊坂幸太郎・著(新潮社)
「モダンタイムス」伊坂幸太郎・著(講談社)
「キネマ旬報」2009年6月下旬号(キネマ旬報社)
『地獄の警備員』劇場パンフレット
・ショートピース!仙台短篇映画祭「黒沢清のススメ」2007年
・スポニチ 2013年11月17日

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『地獄の警備員』

バブル景気で急成長を遂げる総合商社に二人の新人がやってきた。ひとりは絵画取引を担当する秋子。そしてもうひとりは巨体の警備員・富士丸。元力士の富士丸は兄弟子とその愛人を殺害。しかし精神鑑定の結果無罪宣告されていた要注意人物だった。秋子が慣れない仕事に追われる日々の中、警備室では目を覆うばかりの惨劇が始まっていた。恐怖の一夜を支配する警備員の影が迫る!

制作年: 1992
監督:
出演: