1979年10月、朴正熙大統領暗殺――
どこの国にもいわゆるスパイみたいな役割、そしてスパイが属する情報機関、諜報部みたいなものは存在する。なので、もちろん韓国にも大韓民国国家情報院というのがあって、その前々身の機関が「韓国中央情報部(略称KCIA)」だ。
KCIAは、1961年にパク・チョンヒ(朴正熙:のちに大統領となり1963年から1979年まで政権が続く)によるクーデター成功の1ヵ月後に設立された。その存在の大義名分は主に北朝鮮工作員の情報収集と摘発、そして反政府運動の監視や摘発といったところだったが、そのやり口は大変ハードなもので、拉致監禁は朝飯前。一般市民でさえ容疑がかかると拷問、殺害もされていたという。国内外で広く活動し、メンバーは大統領とも友人関係だったりとかなりの権力を誇っていたことから、とにかく恐れられていた。本作『KCIA 南山の部長たち』は、そんなKCIAの部長であったキム・ジェギュ(金載圭)による1979年10月26日のパク・チョンヒ大統領暗殺事件を描いている。
悪名高いKCIA部長をイ・ビョンホンが熱演! 彼はなぜ大統領を殺したのか?
本作でキム・ジェギュを演じるのはイ・ビョンホン。しかし、映画の冒頭でわざわざ「これはフィクションである」とお断りしていることから、役名はキム・ギュピョンに変更されている。本作は日本でも「実録KCIA―『南山と呼ばれた男たち』」として翻訳出版(1994年:講談社刊)されたノンフィクション・ルポ本を基にした、「あくまでもフィクション作品」なのだ。
映画は大統領暗殺決行の40日前からスタート。元KCIA部長パク・ヨンガク(クァク・ドウォン)がアメリカへ亡命し、聴聞会でパク・チョンヒ大統領の腐敗っぷりを大告発。さらには回顧録も執筆中とのことで、カンカンになった大統領の命を受けてコトの始末を頼まれたのが、パク・ヨンガクと友人関係にあったKCIA現部長キム・ジェギュだった……というところから、大統領暗殺に至る40日間を丁寧に描いてゆく。
劇中で米外交官が放った「KCIAはマフィアなのか?」というセリフに象徴されるように、誰もが誰かを騙し騙され、早々に“仁義なき戦い”状態へと突入。そうなるとやっぱり役者たちの演技合戦がサイコーで、終始脂汗を額に浮かせながら困惑、緊張、憤怒を静かに炸裂させるイ・ビョンホンを筆頭に、『アシュラ』(2016年)、『哭声/コクソン』(2016年)、『ザ・メイヤー 特別市民』(2017年)などで憎たらしい悪役、調子こいたバカを演じさせたら右に出るものはいないクァク・ドウォンは大統領告発でやっぱり怪気炎を挙げていて死亡フラグ立ちっぱなしだし、役作りか? かなり太ったイ・ヒジュンは大統領へ媚びへつらいタカ派姿勢を崩さない大統領警護室長役で、イ・ビョンホンと対立し、すぐに戦車を出動させるヤバい奴だ。そしてイ・ソンミンは、『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』(2018年)での北朝鮮対外交渉担当官リ所長の得体の知れなさを遥かに超える、権力に溺れ大義を見失い身勝手にも程がある大統領を演じている。
呼吸を忘れるほどの緊迫感! 重厚な映像とドキュメンタリーのような生々しさ
映画の終盤はもちろん大統領暗殺を描いているのだが、大友克洋・矢作俊彦の漫画「気分はもう戦争」でも描かれていたりするので、どんな感じだったかはわりと知っている方はいるかもしれない。しかし、本作の射殺場面はまるでドキュメンタリーを観ているかのような、生々しさ抜群の距離感で暗殺を活写。久々に呼吸を忘れるほどの緊迫感だった。
監督のウ・ミンホはこれまで、生活費に困った貧乏スパイを描いた『スパイな奴ら』(2012年)、「政治と金」を復讐劇として描いた『インサイダーズ/内部者たち』(2015年)と、本作も含めてなにかとスパイものに取り憑かれている模様。『インサイダーズ/内部者たち』以来5年ぶりの新作だが、重厚で高級感ある場面とドキュメンタリー・タッチなザラついた場面との行き来がおそろしくスムースで、その手腕はかなりアップデートされている。
政治事件を描いていることから「なんだ小難しい映画か……」と敬遠する方もいるかと思うが、実録映画ファンならずとも手に汗握って楽しめるので観逃し厳禁。一級のポリティカル・サスペンス・スリラーだ。
文:市川力夫
『KCIA 南山の部長たち』は2021年1月22日(金)より全国公開
『KCIA 南山の部長たち』
1979年10月26日、大韓民国大統領直属の諜報機関である中央情報部(通称:KCIA)部長キム・ギュピョンが大統領を射殺した。大統領に次ぐ強大な権力と情報を握っていたとも言われるKCIAのトップがなぜ? さかのぼること40日前、KCIA元部長パク・ヨンガクが亡命先であるアメリカの下院議会聴聞会で韓国大統領の腐敗を告発する証言を行った。更には回顧録を執筆中だともいう。激怒した大統領に事態の収拾を命じられたキム部長は、アメリカに渡り、かつての友人でもある裏切り者ヨンガクに接触する。それが、やがて自らの運命をも狂わせる哀しき暗闘の幕開けとも知らず……。
制作年: | 2020 |
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出演: |
2021年1月22日(金)より全国公開