コッテコテの「メイド・イン・ジャパン」三国志
世界屈指の歴史ロマン、三国志。遠き中国の地で繰り広げられたその戦史は、後に多くの歴史家の研究対象や天才作家たちの題材となり、後世に生きる者たちを魅了した。
日本では吉川英治氏や北方謙三氏の小説に始まり、私の幼少期には再放送の「人形劇 三国志」(1982年)がテレビで異彩を放っていたし、小学校の図書室には横山光輝「三国志」が数少ない漫画コーナーにズラっと並んでいた。中学校ではパソコン室にあったPC98で先生の目を盗みながら光栄(現・コーエー)の「三國志」を遊び、高校~大学時代は「真・三國無双」で脳が溶けるほど敵将を討ち取った。漫画「蒼天航路」もリアルタイムで連載され、とにかく漫画でもゲームでも、なんならSDガンダム(「SDガンダム三国伝」)でも、その果てしなき深い沼への入り口がどこにでも用意されているのは、三国志が至高のエンタメたる所以だ。
そもそも日本において、三国志のような壮大すぎる物語を映画にするだなんて、チャレンジでしかない。2008年に公開された超大作映画『レッドクリフ PartⅠ/PartⅡ』(2008年、2009年)で三国志の映像表現は頂点に達し、さらに2010年には中国で25億円をかけてドラマ「三国志 Three Kingdoms」が製作され、登場人物300人、エキストラには15万人が参加したという。最近では2017年にやはり中国で“ifもの”である「三国志 Secret of Three Kingdoms」が人気を博し、錚々たる新解釈の実写化がされてきた。誰もが知るように、日本の映画界はハリウッドや中国と比べ制作費が乏しい現実がある。壮大な題材を取り上げれば取り上げるほど、その差は顕著になってしまう。
しかし、あえて「新解釈」と掲げ、監督も出演者もロケ地もコッテコテの「メイド・イン・ジャパン」で製作されたのが、福田雄一監督の『新解釈・三國志』だ。
登場人物300人の「Three Kingdoms」に比べ、こちらは主要キャスト20人! しかし、その20人のビジュアルと存在感は特濃だ。メインビジュアルには主役側の国<蜀>の君主・劉備役の大泉洋を中心に、敵国側である<魏>の君主・曹操役の小栗旬、そして福田作品のレギュラーであるムロツヨシ(孔明)、佐藤二朗(董卓)が並び立ち、『アオイホノオ』(2014年)や『勇者ヨシヒコと導かれし七人』(2016年)、『銀魂』シリーズ(2017年ほか)、『今日から俺は!!』(2018年ほか)といった福田作品で活躍する橋本環奈(黄夫人)、賀来賢人(周瑜)、山本美月(小喬)、そして山田孝之(黄巾)らが集う。
さらに、この豪将たちを演じるキャストが大集合したメインビジュアルのイラストVer.を手がけるのは、まさに日本の本家本元、コーエー「三國志」のジャケットを手掛ける歴史イラストの第一人者、長野剛ご本人である! 私はこの名前を見て「あ、この映画、本気だ」と震えた次第だ。
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— 映画『新解釈・三國志』4/21(水)ブルーレイ&DVDが出陣!! (@new_sangokushi) October 14, 2020
ポスタービジュアル解禁📜
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超豪華キャスト陣が全員集合したポスターが完成👏
さらに!
三國志リアルイラストの第一人者であるイラストレーター #長野剛 氏の描き下ろしビジュアルとの両A面、“新解釈”な豪華ビジュアルが誕生💥
映画 #新解釈三國志 は #12月11日公開 です🎬 pic.twitter.com/0HEyidGPYP
『新解釈・三國志』の“新解釈”とは?
福田雄一監督は偉大だ。ゲームなんて1秒もやったことがないうちの母は『勇者ヨシヒコ』にどハマりして「ドラゴンクエスト」を知ることとなったくらいに……全力で偏った知識ではあるが。近年では、30年近く前の名作漫画「今日から俺は!!」を現代の大ヒットコンテンツとして成功させた。そんな福田監督が描く世界最大の古典「三国志」は、過剰なほどに福田マジックが炸裂している。
物語は劉備・関羽・張飛が義兄弟の契りを交わす、かの有名な「桃園の誓い」からスタートする。ただこの桃園の誓い、わかる人ならわかる“大変な間違い”がある。とはいえ、気付いたところでツッコむのも野暮だ……と思ってしまう程度の“大変な間違い”なのだが、そこに関してのぬかりは当然なく、ここぞというタイミングでしっかり大泉洋がツッコんでくれる。この“間”こそが、おなじみの福田マジック。尺を割いてでも受け手が笑えるだけの余白を残し、観客に笑いどころをしっかりと明示する。これこそがドラクエや少年漫画を老若男女全対象のエンタメに昇華した、“元ネタはわからなくても笑える”、“わかればさらに笑える”福田演出の妙技だ。
三国志というサーガの大きさからすれば全く尺が足りないであろう2時間弱の上映時間の中で、桃園の誓い後も<黄巾の乱>や<虎牢関の戦い>における“三英戦呂布”、貂蝉による“美女連環の計”、<長坂の戦い>における“趙雲単騎駆け”、孔明を迎える“三顧の礼”、そして魏と呉・蜀が大河を挟んで決戦する<赤壁の戦い>……と、三国志の名場面が次々と展開されていく。
三国志前半の大きな見せ場である三英戦呂布は、呂布と劉備・関羽・張飛が激しく刃を交える一大バトルだが、ここも未だかつてなかった斬新な“新解釈”がなされている。三国志を知らない人でも問題なく楽しめるし、三国志好きの人ならば「こうくるか?」と唸る驚きのポイントがある。三顧の礼は、まさに大泉洋×ムロツヨシワールドの真骨頂。そして必然的に壮大なスケールで描かれなければならない赤壁の戦いも……?
他作品からの影響
前述のとおり、三国志はこれまで多くの作品の題材になってきたからして、どの入り口から入ったかによってそのキャラクターに対するイメージは大きく異なる。本作を共に鑑賞した「三国志検定」一級のテクノミュージシャン・おもしろ三国志氏は、この作品を「『SWEET三国志』の実写のようだった」と語っていた。三国志の漫画作品としては異端の存在である「SWEET三国志」(片山まさゆき 著)。そのキャラ設定を明かすとそのままネタバレになってしまうので言及は避けるが、「本来のイメージとは違う人物像」としてはかなりリンクしている所があるので、興味がある人は一読してみてほしい。
また、趙雲の阿斗(劉備の子)救出劇は『レッドクリフ』のオマージュとも見て取れ、劇中の音楽も同作からインスパイアされたと思しきものがあるので、こちらもファンの人は気にしてみてはいかがだろうか。
そして、やはり日本で三国志を語る上で欠かせないのはコーエーの存在であると、この映画を経てより実感する。そもそも「青→魏」「赤→呉」「緑→蜀」という色分けはコーエーのゲーム由来であるし、おもしろ氏いわく、趙雲のイケメンキャラもコーエーが作り出したものであるという(確かに横山三国志の趙雲はドカベンであった)。趙雲は中国でも最も人気がある人物だそうで、劉備を差し置いての過剰なヒーロー度はここでも見て取れる。
そして三国志最大のヒットコンテンツであろう「真・三國無双」の影響はさらに顕著で、呂布が一般兵を蹴散らす様や、許褚が砕棒(巨大な鉄球が先端についた武器)を持っているあたりは、実にそのまんま。ただ私自身、三国志へ本格的にのめり込んだきっかけが「無双」なだけにこの画に違和感はなく、意外にもスッと飲み込めたという人も少なくないだろう。コーエー凄し。
かように福田監督独自の“新解釈”を加えつつも「多くの日本人が抱く一般的な三国志像」もしっかり取り入れており、実写化で起こりがちなイメージの破綻がなく、絶妙なバランスでギャグテイストを含め成立しているのがこの映画の強いところだ。
非三国志者も安心して楽しめる爆笑歴史サーガ
三国志は、未体験者にとってはハードルの高いコンテンツかもしれない。このレビューを読んで、なんだが難しそうだな……と感じた方も多いだろう。しかし、そこは今回、福田監督作品でお馴染みの有名キャスト陣のおかげで入り込みやすいだろうし、ゼロベースで世界屈指のサーガを体験できるまたとない機会でもある。
もちろん三国志ファンの方も、福田監督がこの超巨大なテーマをいかなるエンターテインメントに仕立て上げているか、各々の“私の好きな三国志”と照らし合わせつつ鑑賞してもらいたい。
私としてはムロツヨシに泣いて馬謖を切って欲しいし、死せるムロツヨシに生ける仲達を走らせてほしいので、赤壁以降の『続・新解釈』も熱望したいところだ。
文:大内ライダー
『新解釈・三國志』は2020年12月11日(金)より公開