スウェーデンの名匠による5年ぶりの新作!
『ホモ・サピエンスの涙』のロイ・アンダーソン監督は1943年、スウェーデン生まれ。1970年に『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』でデビューしてから、本作を含めても長編を6作品撮っている。しかし、彼の映画を見た上でその製作過程を知れば寡作ぶりにも納得できると思う。
アンダーソン監督についてよく言われていることだが、すべてのシーンが絵画のようで、ほとんど全て固定カメラを用いてワンカットで撮影されている。また、ほぼ全て彼の運営する巨大な<Studio 24>にセットを組んで撮影されていて、精巧かつリアルではあるが現実感はなく、さらにファンタジーとも違う、まさに彼の頭の中の世界がスクリーン上に立ち上がる。一度見たら忘れないその映像のタッチは美意識が徹底的に張り巡らされていて、ワンシーンを撮影するのに途方もない時間と制作費がかかっていそうなところは過去作にも通じていて、今回も強くそう思った。
脆さに自覚的でいることで、生の強さや美しさがより強く表現できる
『ホモ・サピエンスの涙』はアンダーソン監督の5年ぶりとなる新作だが、前作までの作風とまず違っているのは、わかりやすいコメディ的な要素が抑えられているところ。その場の空気の違和感を詰め込んで、思わずクスリとさせるようなシーンを作ることに長けた監督だと思っていたが、そういったものは見受けられなかった。
希望のあるシーンもあるにはあるが、より印象が強く残るのは不安に苛まれたり、悲嘆に暮れるもの、怒りをあらわにするもの、そういった人々であり、現れては次のシーンに切り替わり、そのシークエンスはこれから来る災いを前にした人々を描いた黙示録のようだった。
しかし監督はインタビューで、多く影響を受けてきた歴史上の偉大な絵画には悲劇的なものが多いが、むしろ悲劇を描くことでエネルギーを変換してきたと解釈していることや、人間の脆さを描くこと、脆さに自覚的でいることで生の強さや美しさがより強く表現できるといった旨を述べており、本作は作風の変化ではなく透徹した彼の哲学がコメディとは違った形で反映されたに過ぎないのではないかと感じた。
美術批評家の椹木野衣氏も述べているが、映画全体を見渡したときにコロナ禍での人々の暮らしを予期していたかのような性質がある。ただ、それは監督が人生というものを思考した時に、このコロナの状況でさえ内包するような地点まで到達して映画として形にしていたからこそ僕も予言的だなと感じたのだろうし、今のような困難な状況にあっても希望を見いだせるよ、と伝えてくれているような力強いメッセージがある映画だと思った。おすすめです。
文:川辺素(ミツメ)
『ホモ・サピエンスの涙』は2020年11月20日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国
『ホモ・サピエンスの涙』
この世に絶望し、信じるものを失った牧師。戦禍に見舞われた街を上空から眺めるカップル…悲しみは永遠のように感じられるが、長くは続かない。これから愛に出会う青年。陽気な音楽にあわせて踊るティーンエイジャー……幸せはほんの一瞬でも、永遠に心に残り続ける――。
制作年: | 2019 |
---|---|
監督: | |
出演: |
2020年11月20日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国