桜木紫乃の直木賞受賞作を映画化した『ホテルローヤル』が、2020年11月13日(金)より公開される。北海道・釧路湿原を望むラブホテルを舞台にした7編の連作を、現代と過去を交錯させた一つの物語として紡ぎ出したのは、『百円の恋』(2014年)や2019年のNetflix国内視聴ランキング1位を獲得した『全裸監督』などを手掛けた武正晴監督だ。
ラブホテルという“非日常”の空間で浮き彫りになる人間模様を描いた本作について、武監督に話を伺った。
「波瑠さんの外見や演技の性質も含めて、今回の雅代役にピッタリだった」
―本作の製作に至った経緯を教えてください
最初はプロデューサーの推薦ですね。『百円の恋』(2014年)を観てもらった頃だから、多分2015年ぐらいだと思います。「映画化したいと思ってる原作でこういうのがあるんですけど読んでみませんか」っていう感じで、それがきっかけですね。ぼくは基本的に原作ものってあんまり得意じゃないんです。どちらかというと、自分でやるときはオリジナル作品を考えるほうなので。映画を観ることのほうが多いので、普段はそんなに小説も読まないんですよ。最近どういうものが流行っているとかも分からないので、面白いって推薦されて読むことのほうが多くて。プロデューサーから面白いものがあると勧められて、確かに面白かったのですぐ気に入りました。
―原作は連作になっていますが、映画化するにあたって難しさはなかったですか?
その部分もよかったですね、洒落てるなと思って。連作なので、全部が繋がっているという面白さと、『ホテルローヤル』っていうタイトルどおり一本のリンクが貼られていて、それが全ての裏側に繋がってくるっていう、読み解いていく面白さがあります。映画化するにあたって行間の裏とか、書かれていない部分も含めて繋いでいくのを考えるのは楽しい仕事だなと思いました。
―その原作を今回、グランド・ホテル方式(群像劇)にした理由は?
短編を撮るわけにはいかないので、それしか手がないなと思って。オムニバス形式の原作の良さを入れるとすれば、一つのホテルが舞台になっているので、そこに登場人物が集結できないかなと。雅代という人が主人公になるっていうのは読んでて分かったので、狂言回しの雅代が色んな年代記に出てきて、最後にホテルを出ていくまでっていう見え方が一つですね。もう一つ縦糸を通すために、何を拠り所にしたらいいのかなっていうところで原作を読み解いていくと、どうやら作家の桜木さんが一つの部屋を軸にしているとわかってきたので、その部屋を中心に何か映画を作れないかと考えました。
ホテルというよりも部屋を中心に構成していくやり方となると、当然セットっていう発想が生まれるので、セットありきで撮っていけるようなシナリオで構成してみようかと。時代と時代を繋いでいくのをワンシーン・ワンカットで撮ってみたりするのも、セットがあればできる。あとは昼夜の変化だとか季節の移り変わり。ラブホテルの一室って、なかなか昼も夜も表現できないんですけど、そこをあえて表現していくっていうのは非常に映画的だなと思ったので。
―主人公に波瑠さんをキャスティングしたことで、作品にどんな変化が生まれましたか?
雅代というキャラクターを表現するにあたって、芯の強い部分を出すところだとか、狂言回し的に親との距離感を保って一人でずっと観察してるという静かな演技を、波瑠さんだったらできるかなという印象でしたね。高校生ぐらいから三十歳ぐらいまでの十数年について年齢的なバランスも取れるという勝算もあったので、波瑠さんの持っている外見や演技の性質も含めて、今回の雅代にはピッタリだったのではないかなと。初めて一緒にお仕事しましたけど、実際に演じてもらうと雅代っていう人物を分かっている感じがして、すごく助かりました。役を作るという上でも雅代を非常に理解してる方だなと思いましたね。
―関東近郊で撮らずに、ロケ地に釧路を選んだ理由は?
原作者の桜木さんが北海道在住なんです。ほかの作品を読んでも、北海道や釧路にこだわって作品を書かれているので、そこは我々もやはりこだわらないといけないなと思って。その面白さに乗っからないでどうするんだ? せっかく釧路っていう場所があるのに、釧路湿原に行かないでどうするんだ? っていう思いはありましたね。
―劇中に登場するホテルは実際にあるのでしょうか?
ホテルローヤル自体はもうなくなってしまったんですけど、その近くで撮影しましたね。ホテルをお借りすることが最大の難関だったんですけど、非常に協力的にやっていただけたので本当に助かりました。
工藤栄一、井筒和幸、石井隆……「憧れがあって、常に影響を受けている」
―2020年11月27日(金)公開の『アンダードッグ』も拝見したのですが、武監督の作品は時間経過の表現がとても印象的だと感じました。
映画術の一つの技でもあるんですけど、それをどこかで試したいなといつも思っています。それに加えて、もうちょっと演劇的な手法というか、ずっと長回しで撮ってみる舞台装置というか、演劇的要素と映画的要素を取り入れるっていうことは常に考えていますね。
―作品冒頭のホテルの部屋のフラッシュバックは、『シャイニング』(1980年)の影響を感じました。
どうなんでしょう、例えばホテルの廊下で双子のことをパッと見るシーンからの影響なんかはあるかもしれないですね。ホラー映画によくある、過去にそこにいた人たちが一瞬フィルムに映ったんじゃないかなっていうような。
あの導入部分というのは、“廃墟”が一つのテーマだから、そこに忍び込む人の心理として、そういうドキドキ感みたいなものを期待しているところはありますよね。あそこにかつていた人たちの言霊じゃないけど、そういうものから入っていったらどうかなと思って。そういう部分で言うと、『シャイニング』は一つの良い例ではありますね。子どもの時に観てよく覚えてる映画の一つなので、必ず影響を受けてると思います。
―他に武監督が影響を受けた作品や監督は?
それはもう無数ですよ、数えきれない。今回の『ホテルローヤル』でいうと、『ホテル・ニューハンプシャー』(1984年)や、『ある日どこかで』(1980年)っていうホテルを舞台にしている映画も観直しました。『ホテル・ニューハンプシャー』のお父さんの感じが似てるかな。急に「ホテルを作るんだ」って言い始めて、娘役のジョディ・フォスターが困惑したり。そういうところは、ひさしぶりに観ると影響を受けてるのかなって気がします。原作のジョン・アーヴィングの不思議な世界観だと思うんですけど、桜木さんの作家性やアーヴィングの寓話性は嫌いじゃないかな。『ガープの世界』(1982年)なんかもそうですし、そういった好きなものに近いからこそやってて面白かったんだと思います。
―工藤栄一さんや井筒和幸さん、石井隆さんといった錚々たる監督の現場に参加されていますが、その影響はありますか?
全部ありますよ。工藤さんの現場は忘れられないし、井筒さんの演出方法とか石井さんの世界観とか。真似をしているわけではないですが、憧れがあって、常に影響を受けていると思います。本当にその人たちの映画が好きで付いていましたし、実際に現場で学んだことも多かった。いまでも忘れられない瞬間というのがあります。あの名匠たちの映画術を自分もやれないかな、と思いながら映画を作っていますね。
「現在の世の中を描く時に、コロナ抜きでは観る人たちが全く共感できなくなると思う」
―同月に2本、2020年だけで4本の作品が公開されるということで、多作ですね。
多作というより、たまたま重なっちゃっただけです。『ホテルローヤル』も企画から公開まで5年かかりましたからね。映画って時間がかかるし、突発的に始まったりすることもある。『嘘八百 京町ロワイヤル』や『銃2020』(共に2020年)は続編ということもあって、急に始まったりしました。『アンダードッグ』は『百円の恋』を観た方が声をかけてくれて、比較的トントン拍子で動きましたね。時間のかかる作品もある日突然動くので、そのタイミングだけだと思うんです。今年はそういう年だったっていうことで。2014年公開の『百円の恋』から6年経った時に、そのおかげで作れた映画たちっていうことだと思います。
―それでも同じ月に2本公開というのはハイペースですよね。
びっくりですね。『アンダードッグ』はまだできたてのホヤホヤなので、まさか2020年内に上映するとは思っていなかったです。それもコロナの影響下のいたずらのような気もしますけどね。コロナの影響でちょっとタイミングが変わったっていうのもあるんでしょう。
🎥ビデオレポート
— #東京国際映画祭 #TIFFJP (@tiff_site) November 4, 2020
[2020.10.31]
オープニング上映
『アンダードッグ』Q&A@Movie_UNDERDOG
武 正晴(監督)
足立 紳(原作/脚本)@shin_adachi_https://t.co/aThy0UbskF#東京国際映画祭 #TIFFJP #映画館に行こう pic.twitter.com/3YWS0ATPBh
―監督ご自身に新型コロナウイルスの影響は?
いま作っている作品に対しては無いですけど、これから新しく企画を考える時に、現代劇を描くならコロナ抜きでは作劇できないんじゃないかな。過去を描いたりするなら大丈夫でしょうけど、現在のアップデートされていく世の中を描くドラマを作る時に、観る人たちが全く共感できなくなると思うから、コロナ抜きでは映画もドラマも作れなくなると思います。とはいえ、映画でもコロナのことを描くってなると……。ぼくとしてはコロナをテーマにするっていうのはないかもしれないけど、影響は必ず受けるんじゃないですかね。
これからのドラマ作りは簡単ではないなって思います。ある時期で全部解消してなくなってくれればいいんですけど、そうじゃない限りは、例えば2020~2021年の設定を描くとなるとコロナを描かないわけにはいかないので、どうすればいいのかなっていう。でも、そこでまた新しい作劇が生まれてくるような気もします。何かアイデアがいっぱい浮かんだりね。
「原作に惚れた素晴らしいキャストやスタッフがいい仕事をしてくれました」
―今後はどんな作品を撮っていきたいですか?
『百円の恋』の前から作っているシナリオ群があるんですが、なかなかそれが映画になっていかない。足立紳さんと一緒に作って、彼が書いてくれたシナリオで面白い本がまだ2、3あるんですよ。それをなんとかこの数年で映画にしたい。だいぶ時間をかけてますけど、なかなか日本映画界でオリジナルのシナリオが映画になるのって難しいので。ちょっとずつですけど、そういう難しかったものがいろんな作品を作っていくなかで動いているので、そういうものを実現したいなと思ってます。『ホテルローヤル』や『アンダードッグ』を観てくれた人たちが声をかけてくれないかなと思いながら、足立さんが書いてくれた本を実現していきたいなと思っています。それには時間もかかりますけどね。
―それでは『ホテルローヤル』をご覧になる皆さんにメッセージをお願いします。
本当に素晴らしい原作を、本当にいいキャストで撮影できたと思っています。これがコロナの前に撮れて本当に良かった。何よりも原作に惚れた素晴らしいキャスト・スタッフが集まってくれて、いい仕事をしてくれました。ぜひ原作も読んで、映画も観ていただいて、桜木さんの書かれた『ホテルローヤル』という世界を存分に楽しんでいただければと思っています。なかなかこういう作品には巡り会えないと思うので、観ていただいた方々がどんどん広げてくれたらうれしいですね。見どころは、とにかくキャストの素晴らしさ。日本を代表する素敵なキャストのコラボレーションというものを観ていただけたら幸いです。
『ホテルローヤル』は2020年11月13日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開